第8話 カリスマ
勝利。
栄光。
名誉。
お前の欲望のカタチは何だ?
人がお前に付き従うのは"憧れ"ているからだ。夢中にさせてやらねば…。その為にすべてを差し出せるか?
一人は皆の為に、皆は勝利の為に。
さてその勝利を手にした時、お前は皆に何を与えてやれるのだ?
「魔導国の冒険者、でございますか?」
執事ノーラックは聞き返す。帝城から帰ったレイナースが、明日からの任務とその理由について語った事を。
「そうですわ。」
ノーラックは無言で思案する。
昼間の一件から、城内は蜂の巣を突いたような騒ぎに違いない。そんな状況で最強戦力の一人である四騎士が自宅待機を命じられるなど、閉め出されたのと同義だ。
裏切り、乃至は反乱を疑われているなら、監視の目も強まっているだろう。
生活に関するやり取りですら、誤解を招かないようにより注意が必要となる。
さらに「陛下の前で、潜んでいた曲者を捕らえた。」といった話もされていたが、ただ陛下側が内乱の種になる前に始末するかを判断しようとしたら、先に動かれてしまい暗殺は取り止めただけに思う。
処刑は証拠が確定せぬ為に保留、隔離して観察…と言った所か。
聞き及ぶ聖王国九色の一人のように、その力に魅かれる者はいても出世とは無縁であっただろう。
出世し地位を得られればこそ、かつて彼女の行動に付いて来てくれた多くの者たちに、新たな生活をさせられるようになった。最もレイナースの行動結果による「あいつら陛下を裏切るかも…」の噂や、女性陣への仕打ちもあるが…。
さらに今回はあの魔導国へ赴くと言う。
過去から関わりのある皆には、レイナースが自覚なく直接質そうとするのを抑え、やんわりと目的を匂わせつつ意向を聞いてはいるが、当然芳しくはない。
今の騎士団での暮らしを失い、家族や未来を背負ってアンデッドの国へ行く。一家心中、自殺願望があると思われるだけだ。
魔導王による王国軍虐殺や、行って帰って来れた商人や旅人などの話も帝国民に広がりつつあり、「寧ろ帝国より魔導国の方が安全、…かも?」とする考えの者も増えるやもしれないが、当然に二の足は踏む。
その中で、魔導王が呼び込もうとしている組織に早期参入を果たすのは、悪魔が出るか魔王が出るか。どちらもかの国では存在が確認されている。
「それで、冒険者となる詳細を練るようにという事ですな。」
駄目であろう、この計画も。というか、魔導国に行く事自体が。
レイナースが確固として頷く。執事も、承知しましたとばかりに微笑む。
「さぁ、お嬢様もお疲れでしょう。今夜は早めにお休みになられ、明日からも帝城任務への復帰が叶いますよう、皇帝陛下にお頼みしなければ…」
「ノーラック。」
お嬢様は冷徹な声をお出しになられる。よい提案だと確信しているのであるが。
「長年に亘って、私だけでなく皆を支えて来た貴方にしか出来ない事ですわ。最良の采配を、ノーラック・イナンウ。」
主の左目が見つめる。
常の苛立ちや怒りを抑えた、難事に覚悟を持って挑む騎士の瞳が。
これが私の最後の仕事となるだろう。幼少時よりお仕えしてきたが、その別れとなる事も。蘇る思い出を胸に、深く礼をして応える。
「お任せください、お嬢様。」
帝国での、“重爆”への評価は地に落ちた。ならば、せめて向かう先の魔導国にて重用される困難な道を模索する事が、この国より送る者としての奉公となろう。
「城より秘書官の方が来られるまでに三日はかかるのであれば、それまでに屋敷の整理は出来る範囲内で進めておこうと思います。お嬢様の新たな旅立ちにも、多くの準備は必要でしょう。」
レイナースが呪われて
今まで仕えてくれた他の使用人にも、今後について紹介状を作成したり、賃金の支払いも含め様々な点で労わらねばなるまい。…他の四騎士のお屋敷と比べると、その、従業員にも色々とあったのだ。特に女性。
「ただ、私物の整理はいかがいたしましょう?」
贈り物や買い足した家具などもある。
「任せますわ。」
「それでは、商人の方と相談して決めたいと思います。」
取引のある商人が魔導国と行き来するならば、エ・ランテルで荷物を置ける倉庫の手配もお願いしなければなるまい。
「それで、どの位の人数を引き連れて行けて? 小隊全員は?」
これには渋い返事をせざるをえない。
「先ずは、金銭的には途方もなく難しいです。帝国民40人を養うのと、帝国騎士40人を養うのは必要経費がまるで違います。ましてや冒険者となれば、装備の維持にかける費用は青天井となります。お嬢様だけでも底無しの金食い虫であるのに、こちらで用意できる資金はすぐに底を尽きます。」
レイナースは不愉快そうだが、ない袖は振ぬこちらはもっと面白くない事実を理解して欲しい。
「次に、魔導国は冒険者をどれだけ集めたいのか不明です。これは、向こうの冒険者組合からの情報も集めなければなりませんが、一都市しかない国で、もし余るほど志願者が殺到すれば、それだけ回せる仕事も減るでしょう。また、帝国出身者で一勢力を築くという条件も考慮すると、少なすぎてもいけません。」
仕事を求めて魔導国に行く冒険者も、どれだけいるのか読めない。国の組織として属するというのも、判断基準として難しい。
組合の「国に属さない」という建前を無視した試みだからだ。
「帝国のアダマンタイト級冒険者“漣八連”以上の人数は必要では、という意見はありますわね。」
構成員が9人以上となると、別の問題がある。
「となれば三つ目ですが、お嬢様と行動を共にしてくださる方々を、私の方で確認し判断しました中ではおそらく5か6名。抱えている物事を解決するなどの条件を達成して、他に1~2名に絞られると思います。」
その数に対してか、ガタッと椅子から腰を浮かせるレイナース。
「お嬢様。ここまでの数に選抜しましたのは私です。この度はご本人の意志だけでなく、家族の方々の意見も交えております。」
歯を噛みしめる音が響く。
「…それはどうして、ノーラック?」
執事は涼し気に受け流し、人差し指を立てる。
「一つ、かつてのお家の騒動では義憤や同情にせよ、お嬢様を助け支えるに足る理がございました。今回は、お嬢様個人の願いの成就です。昔からの義理や忠誠を盾にするのは憚られます。」
今度は中指も立てる。
「二つ、望まぬ強制によって生じるであろう家族の不和は、やがて不満の種となり、決定的な断絶となりかねません。人の恨みの恐ろしさは、お嬢様が身をもって痛感しておられましょう。」
親指を立てる。
「三つ、成功もせぬままに皆を引き連れて全滅しては、目も当てられません。支援など出来る事があれば、とおっしゃってくだされた方も居られます。橋頭堡を築く事で、後続も続くでしょう。」
主の、「皆が私の盾となる為に…」という言葉は、聞かなかった事にする。
「それでも、私の小隊から5から8名しかいないとは…。」
根に持たれるのは危険だし、事実とも違う点は訂正しなければなるまい。
「お嬢様、まだ確定はしておりません。そして再度言いますが、判断しましたのは私です。それと、小隊だけからではなく、お嬢様の日頃の可愛がりによって隊にいられなくなった女性の方からも、健気にも勇気を奮い立たせて名乗りを上げてくださいましたよ。」
女性と聞いて、レイナースは嫌そうな顔をする。他の要素である可能性も否定しないが。
「しかしながら、一番大事なのはお嬢様がどういう冒険者を組織したいのかの方針を決める事ではないでしょうか? 目指す場所を決めねば、到着する事も出来ません。」
今度はレイナースが思考を巡らせる。数万、数千でぶつかり合う戦争ではなく、冒険者の形態は自分にお馴染みのモンスター討伐に近い。
だが今も昔も、所属では支援や物資が充実していた為、小隊も維持できた。
対して冒険者は、少数精鋭を掻き集めた威力偵察班に近い。
レイナース特別小隊の場合は、大体40名で構成される。1小隊は4分隊であり、1分隊は10名でこれがさらに2班に分かれる。1班は5名となり、これを最小単位として任務に当たる。
「1班5名であれば、冒険者の平均人数かしら?」
ノーラックは思い出すように天を見上げる。
「私の記憶からも、その人数かと。目標を2班10名とされますれば、9人以上とはなりますが?」
小隊であれば、他に人がいるので5名でもいいが、分隊規模だと班が奇数の場合、個人行動を取らせてしまう状況になると安全確保の面で危うい。
「最低でも二人一組、ですかしら? 1分隊2班12名を基本にすれば、四人一組でも三つ可能ですし。」
考えればそれだけ不安要素が出てくる。
「さらに支援、輜重を揃えるとなれば2分隊…。」
執事が窘める。
「お嬢様、増えてます。では、十二人でよろしいですね?」
レイナースは不服もあるが、問題は別にある。
「ですが、私の小隊からはそれほど集まらないのでしょう? あの裏切り者の群れからは…。」
これも数日かけて諭さなければ、と決心しつつも、ノーラックは己が考えを話す。
「様々な方面にお話を通さなければならないでしょうが、何も魔導国に興味がある、行きたいと考えていますのは、お嬢様だけではないでしょう。そうした皆様から賛同して来てくださる方を探してみたいと思います。」
「冒険者組合にでも行きますの?」
主人の素朴な疑問に、執事は困ったものだと首を振る。
「それでは組合からの要らぬお叱りを受けるでしょう。冒険者の魔導国への流出に力は貸せん、と。」
不満で膨れたレイナースに、努めて優しく勧める。
「お嬢様、今夜はもうお休みを。明日は少し動きたいと思いますが、必要な時はお力をお貸しくださいますか?」
「いいでしょう。それまでは何をしようかしら。」
ノーラックは、まるで我が子に向けるように優しく微笑む。
「お嬢様は破壊する事にかけましては天才でございます。ですので一日、鎧を相手に槍の修練に勤しむというのはいかがでしょうか?」
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