第7話 手練
才ある者も。
能ある者も。
楽しむ者には敵わない。
挫折するのは、才能ではなく得る物がないからだ。なら、いつだって愉快な事は忘れずにいようじゃないか。
まぁ、世の中には他人を傷つけるのが、楽しくて楽しくて堪らないって奴がいるのも、無常だけれど事実だよねぇ…。
宮廷魔術師の一人、アルネラ・ネイビルブは失意のどん底にあった。
皇帝陛下より命じられ、
帝国が<
今回、近衛に属する
結果は散々であった。
バハルス帝国は能力主義であるが、裏を返せば無能には厳しい。攻撃・補助と戦闘に特化する魔法習熟に努め、第四位階までも使えるようになったが、出世コースから今日この日に転落するかもしれないとなれば、際限なく落ち込みもする。
(ああ、もう…陛下の真ん前でミスなんてしたくなかったよぅ…。)
今はこの会議室に十二箇所ある、壁の幻影マジックアイテムの裏に潜んでいる。この幻と組みになっている眼鏡を装備すると、隠し部屋が見えるようになる。反対側の壁の五人も丸見えなので、同じように陛下と“重爆”らの会話を注視している姿はシュールだ。
近衛への命令は即応。不審な動きあらば、即制圧または処分。
アルネラも即座に動けるよう<
(失敗できない、間違えない、攻撃魔法も対個人! 私は
やるとなれば任務を確実に果たし、失点を取り戻す。もし、反乱が確実であるならば、これを阻止し騎士最高位の四騎士を討ち取ったとなれば、陛下の信も出世の道も取り戻せよう。
もう、先ほどの惨めな思いは味わいたくはない。
おのれ四騎士(ニンブル様は除く(⋈◍>◡<◍)。✧♡)、この怨み…ハラサデオクベキカ。
ふと、陛下が左手の平を肩ほどまで挙げる。
あれは、段階の引き下げの
あの挑発的な言辞から、陛下は何か会話の糸口を見つけられたのであろうか? 油断は出来ないが、戦闘はなるべく避けるおつもりかもしれない。
直接魔法を叩き込める機会は来ない確率が、少し上がるとなると残念だが。
その瞬間、"重爆"の左手がブレる様に見え、戦闘訓練の賜物か急所を腕で即座に庇った時には、すでに腹部を何かが貫いていた。
ニンブルが皇帝の前に立ちはだかる……のを尻目に、机を蹴り飛ばして駆けだしたレイナースは、ナイフを投げた先、壁に向かって突進していた。
何を!? とロウネが問う間もなく、壁から人がすり抜けて来た。
「あいっ!……たぁいッ!!?」
苦悶の声を上げる壁人間に、レイナースが飛び掛かる。
「怨嗟の
そんなにおいがあるのかは分からないが、"重爆"はそれに気付けたのだろう。手刀を繰り出すと……その手が止まる。
「女?!」
ロウネが叫ぶと、レイナースは女壁人間の髪を鷲掴み、右顔を殴りつける。
「せいっ! ですわ!」
「あぎゃッ!?」
そこで掴んでいた手を放し、首筋に打撃を加えて気絶させる。
「っぶ…!」
え、なに? 酷過ぎない?
そこでロウネは見てしまったのだが、他にも何人か壁から生えている壁人間がいて、何故かレイナースに顔を殴られた挙句に昏倒させられた仲間を、心配そうに見守っている。
やがて視線にハッとして、壁に消えて行った。あ、此処は暗殺部屋も兼ねてるんだ。今、知った。自分の命もDANZEN危ないって事も同時に。
レイナースは、殴った相手の顔が腫れ上がっているのを満足気に見下ろしており、他の刺客には気付いていないようだった。…どれだけ他の女性の顔面を憎んでいるというのか?
「陛下、お怪我は?」
すごくいい表情で"重爆"が尋ねる。
「…いや、平気だ。」
「しかし、こんな所に潜んでいるとは…。ニンブルも感じられなかったようですわね。」
声に「しっかりしてくださいます?」という非難の色がある。
「え、ああ…その、はい。」
何と言えばいいのか分からなかったが、とりあえず今ここでは、女に生まれなくてよかったなぁ、と思う。
「近衛兵、この女を捕縛。調べ上げて背後関係を洗いなさい。」
武器を抜こうか迷っていた壁際の近衛は、返事もしどろもどろだ。
「えっと…では、私の近くの床に……寝かせておきましょう、か?」
"重爆"は訝しむ。
「陛下のお傍に、置いておくわけにはいきませんでしょう?」
「あ、いえ…本当に大丈夫だと思います。見ていますので。」
困惑を深める彼女だが、これが芝居とも限らない以上、近衛も少ない人数を割いて部屋を離れられない。
「いえ、帝城守護は私の…」と言い募るレイナースに、机と椅子の位置を直し終えたロウネが語りかける。
「ロックブルズ様、アノック様と四騎士の二人がおられますし、ここは陛下とのお話を進めてもよろしいかと。会議の時間もありますので、こちらへ。」
まだ不満が見て取れるが、陛下の事を言われると席に着く。
「いざこざもあったが、話で終るのか?」
ジルクニフは今の騒ぎでも、二人の裏切りは半信半疑に思う。何某かの忠義は感じるが、信用には至らない。武力をこちらに向けては来なかったので、会話で帝城さらには帝国から追い出せるように仕向けられれば、それがいいかもしれない。
「陛下。」と、ロウネ・ヴァミリオン。
「ここからは、私の方から説明させていただけないでしょうか?」
ジルクニフはレイナースを見ると、彼女は頷く。秘書官に先を進めるよう顎でしゃくる。
「ありがとうございます。先ず、ロックブルズ様の願いは呪いを解く事。その知識が魔導国にないか、あるいは力を借りれないか、との想いもあったようです。帝国との同盟関係があれば、そうした協力が得られるかもしれぬ、と。」
それは勘付いていたので、驚きはない。が、帝国の代償を考えると、気軽に頼めるものではない。
「そこに本日の闘技場での件を聞いたのだそうです。魔導国の冒険者勧誘、それに乗ることで解呪方法に近付けないかとも。」
あの国の冒険者になるというのか? ジルクニフにはピンと来ない話でも、庇護下に入れるという点では早くて確実だろう。
「であれば、問題はない。帝国が貸与しているものを返却さえすれば、そなたが魔導国に行くのを止めるような事はせぬ。」
だが、レイナースは不満気だ。
「それでは、陛下に恩を返したとは言えませんわ。」
それも信用はない。寧ろ、帝国の不安要素、帝城内の危険物がさっさと魔導国に行ってくれるのであれば、それだけで恩返しになる。
今は不確定要素をとにかく減らしておきたいのだ。
「そこが難しいと感じるのですが、私は陛下だけでなく、帝国全体にも益となる形を取れれば良いかと考えます。」
「ほう。」と関心を示したものの、ジルクニフにはそれもいまいち理解できない。ニンブルも同様のようだ。
「そのような事が可能なのですか?」
ロウネは難しい顔をしつつも続ける。
「正直、魔導王陛下の思考はまったく読めません。しかし、あれだけの軍事力を持つ国が、人間主体国家の帝国で呼び掛けを行った理由があるはずです。」
皇帝と"激風"はピクリと反応するが、努めて表情には出さない。魔導王が闘技場に現れた真の理由を。
「アンデッド軍団には出来ず、生者である人には出来る事を冒険者に求めているのであれば、帝国から…それも騎士団から有用なモデルケースを率先して提示できれば、この国に人材アリと判断させる事も出来るのではないでしょうか? その門は狭くとも、人類の未来により可能性が開けるはずです。」
二人の表情から、若干ではあれど理解できたことが伺える。
「そうですの?」とレイナース。
「…少し黙っていただけますか?」
貴女が話を躓かせてどうするの?
「かの国はあまりに強大です。帝国を護り、帝国民にも生き残れる道を少しでも増やせればと、魔導国冒険者組織への初期参加計画の実行支援を進言いたします。」
ジルクニフはふと上に視線を向ける。冒険者云々は魔導王の計画だ。洗脳されていると思わしきロウネが進めてきたという事は、拒絶するのは悪手だろう。危うくなったレイナースも追い出せるのは一石二鳥とさえ言える。
が、問題は投じる一石の量だ。この場合は費用であるが、多くても少なくても問題が生じる。
アダマンタイト級の装備を揃えれば、国の多数の政策が滞るのは間違いない。
帝国騎士団から送る冒険者志望が白銀級の物だ、と国が侮られるのも拙い。
となれば、ミスリル・オリハルコン…。長年、装備の強化には余念はないが、それでも大きな出費だ。帝国内で使うのではなく、他国に持ち出すのだから。
「冒険者は複数人が基本だが、何人を想定しているのだ?」
「四じゅ…」と言いかけるレイナースを止める。「もう少しだけ、静かに、お願いします。」
「昔からの配下の方からとロックブルズ様は考えているようですが、全員は無理であろうと思います。魔導国が賃金をどのようにするかは、まだ不明ですので、おそらく維持費用で破綻します。」
「しかし、冒険者と言っても様々ですが、帝国勢力として存在感を示すのであれば、"漣八連"以上の人数が必要なのでは?」
皇帝は頷く。"重爆"の頬は膨らむ。
「レイナース、お前が魔導国に行くのは止めん。個人資産もそうだ、持って行け。だが、貸与品も騎士団員も帝国の財産だ。これは許可できん。帝国として支援を前面に出すのも却下だ、普通に魔導国へ向かう冒険者にも同等の事をせねば不満が噴出する。」
目前のレイナースの不満が噴出する前に、さらに話を進める。
「騎士団を自主的に退団する者は、その限りではない。正式装備品を悪用されるのは堪らんので勿論やれんが、個人で揃えた武具はその者の物だ。しかし、人数が決まらないのであれば、具体的に言えん。先ずはそれからだ。ロウネ。」
「はっ!」
「秘書官を一人、この件には付ける。お前は計画の詳細を記し引継ぎを行い、会議のサポートに回れ。」
「…はい。」
ロウネはこれ以上ないと言えるほど目に見えて落ち込むが、未だに疑いが晴れぬ者を決定までの間、張り付けておく事は出来ない。魔導国に全てを公開するような真似は、属国となってから自己証明の為に必要かもしれないが。
「下がってよい。」
閑職の継続に哀愁は漂わせても礼儀と忠誠は欠くまいと、ロウネ・ヴァミリオンは姿勢を正し退室していった。
「そして、レイナース。」
「はい。」
「ロウネに言った通り秘書官を一人付けるが、早くて3日後だ。」
彼女の急ぎたい気持ちが顔に出ている。だが、国家の前には無意味だ。特に国から去る者であれば。
「帝城守護の任はバジウッドと交代、明日からは自分の屋敷にて冒険者として魔導国に向かう計画を完成させよ。以上だ。」
隔離の為でもあったが、レイナースは専念させてくれる事を喜んだのか、感謝を捧げて元の部屋へと戻って行った。
ただ、ジルクニフはそれで終われない。
帝城で暴れるような状況は発生しなかったが、次も何をしでかすか予測がつかない存在のままなのは変わっていないのだ。
「情報局に連絡し、"重爆"の屋敷を監視。出入りのあった者も全員調べよ。そして、ニンブル。」
「はい。」
「彼女はその、大丈夫なのか?」
視線の先には、部屋にいた近衛の神官による遠距離回復魔法で腹部の傷は癒えていたが、未だに床で気絶しているアルネラがいた。
四騎士の部屋の扉を警備の者が開くと、中にいたのは機嫌の良さそうなバジウッドに届け物を頼んだ二人。共にテーブルに着いて、軽食を口にしていた。
レイナースの姿を見ると、二人は起立をし敬礼。バジウッドは食べながら「ご苦労さん」と、軽く労う。
「どうしましたの?」
疑問を口にすると、そりゃこっちのセリフ、とバジウッド。
「いい夢を見れたと起きてみれば、あんたはいない。聞けば、近衛と陛下の所に行ったというし、秘書官も居たとか訳判んねぇ上に、頼まれ事から帰ったという二人は、交代時間になっても戻らない誰かさんの為に律儀に待ってる。なら、ちっと付き合ってくれないかと、
「ごちそうになってますよ。」ゼファーが言い、ロイドは頭を下げる。
状況は理解したが、少し呆れる。"雷光"は食事も大事だか、それより気兼ねなく触れ合える戦友を求める。自分としては、食べる時だけでなくとも静けさが欲しい。
「それにしても、いい夢、ですの?」
この男はいつも明るいが、気分も良さそうな姿は最近減っていた気がしないでもない。バジウッドは照れたような笑顔をする。
「それが、夢の中に妻たちが現れてな…。繰り返し愛の言葉を囁くんだ。絆の深さってのを、感じちまってな。」
うっとりと遠くを見る。
悪夢に魘されるレイナースだが、その喜びは少し理解出来た。夢の中に女たちが出てきたのであれば、
「それで、あなた方はどうしましたの?」
鶏肉とレタスのサンドをぱくつきながら「このソース、うっまいなぁ。なんだろ?」と喜ぶゼファーと、「本当だな。」と同意しつつバジウッドに感謝を述べているロイドに問う。
二人は、"雷光"の好意と、"重爆"の仕打ちを見比べる。
「報告もなしってんじゃ、後で怒るでしょうよ…。」
「それに
ロイドがレイナースの目をまっすぐに見ながら伝える。
「レイナース様が『どうしたいのか?』、と。」
それが最も重要なのです、とも。
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