第6話 ごまかし
電話:ボクにその仕事、任せてもらえないかなってね。
電話:この日までに連絡くれれば、絶対に間に合うからさ!
電話:はい、書類もキッチリ届きました! これでOKっすよ!
電話:音信不通
電話:音信不通
電話:「いえ、こちらに連絡は一切来ていませんね。予定表にも……ない、ですね。それ、本当にうちの子会社なんでしょうか? 確認してみますけど、その日は無理かと、はい。」
電話:音信不通
期日:過ぎる
電話:音信不通、次いで親会社へ確認
電話、子会社より:いやぁ、ボクも上司に言われた通りしただけなんで。ボクも上司も責任というか、誰も悪くないんすよ。誰も、悪くなんてないんすよ、本当。
目を閉じ、椅子の背凭れに体重を預けると、ジルクニフは今日の疲労を実感した。油断をすると睡魔に取り込まれそうだ。
先の一件が効いている事もあるかもしれないが、当の
「も、申し訳ございません陛下…。このような結果で本当にすみません。」
「言うな。よい、そなたにミスはないのは目の前で見ている。」
許す、と言えども彼女は素直に受け取れまい。目を開ければ、しゅんと落ち込んでしまっている。
「それより、今からに備えよ。奴の性格だ、女であるお前が真っ先に狙われるかもしれん。」
皇帝の言葉に表情を引き締める。
「はっ!油断せず、警戒いたします。」
気持ちが切り替わったようで何よりだった。ジルクニフが頷くと、女魔法詠唱者は礼をして下がる。
傍に立つニンブルも、表情には出さないが惑いは隠せない。
「何とも……、残念、です。」
そんなニンブルに、机の引き出しから瓶を一つ取り出し、声をかける。
「精神集中の魔法薬だ。今のは過去として忘れよ。頼みにしているのだからな。」
四騎士“激風”は「ありがとうございます。」と飲み干す。
そう、頭から追い出せ。もしかしたら、帝城内での戦闘になるかもしれないのだから。
たかだか数分前の事など………。
「それでは、頂戴します。」
戦闘・補助魔法では優秀であるが、<
“重爆”、裏切りの予兆あり。…などと多くの者に告げれば、今以上の混乱は必至であるし、レイナースに気付かれずにバジウッドにだけ接触できる腕前の
それに、帝国情報局に伝えるのも大事に成りかねない。彼らも無能の烙印を押されないために、裏事実の独自調査に乗り出されても困る。今いる人間のみで対処する為に、レイナース移動開始は近衛による手信号で確認したくらいだ。
その為もあり、帝国では信憑性からほとんど採らない方法…<伝言>魔法のみで任務を告げ、即座に動いてもらうという一か八かの賭けに出る。
巻物は効果を発動し、対象とに繋がりを感じる。
「こちら
帝国の所属毎に割り当てられたものと、伝令あるいは重要人物個人のものである暗号によって、発信者と対象がどこの誰であるかは秘匿する為の対策である。それでも秘密が漏れている場合も考え、この魔法だけで信頼は出来ないのだが。
しかし、今は非常時だ。これだけで信用され反応して欲しかった。
再度、暗号を送り「返事されたし。」と告げる。
「う…」と男の眠そうな呻き声が聞こえる。この時間なら、夜に備えて仮眠交代をしていたのかもしれない。でも、よかった。通じている。
「只今より、新たな任務を告げる。」
「う…、んん。……分かってるーよ。」
返事は危ういが、急いでもらうしかない。
「至急、廊下にいる…」
「…覚えてる、さ。お前との……、出会いは。ふむぅ。」
「ん?!」
何か様子がおかしい。暗号でもないのに、会話が成立していないように思う。
「忘れ…られない…、その…乳房の重み、…も。…ぶこ。」
「え、あの…?」無意識に胸を隠す。
ふと見れば、皇帝も"激風"も、不思議そうな顔でこちらを見ている。
時間がないのに! 急いで指令だけでも伝えようと「廊下で待つ…」と続ける間にも、これから第8ラウンドだの、濡れて照り返すお前の×××だのをブツブツと繰り返す。
若干、内股になりつつも、平静な声音を維持しようと努める。羞恥から大声を上げたり怒るのは、短慮な性格だと評価が下がる事になり、忠節の末に辿り着いた地位も生活も同時に落ちかねない。
蒼褪める。低位の魔法も使いこなせないと判断されるのは、心外も極まる。出来る事なら、いますぐに「違うんです!」と釈明したかった。
(ああ、もぅ! 陛下の前だってのに、何てこと言うのよッ! こいつ……バカ! 下半身! この…、四騎士ぃっ!!)
二人の視線が気になる。事の推移を心配しているのは分かるのだが、卑猥な言葉を意識に連発されているせいで、今度は赤面し変な想像をしてしまう。
この寝言セクハラ男が早く起きて、成功で終らせて欲しかった。
「指令を告げる、廊下の……あっ!」
プッと、魔法の繋がりが切れる。
しばらく、静まり返る間があった。
自分は慈悲を懇願するような顔をしているのかもしれない。ただ会話の内容が判らない者たちには、その結果と理由までは認識が出来ない。
身体をもじもじさせ顔色を青くしたり赤くしたりする女が、何故か同じ文を連続で喋り続けていただけに見えるだろう。なので、<
「…指令は何度となく伝えましたが、"雷光"…殿が理解されたかは、確証がありません。」
皇帝は真顔で頷く。
「それは見ていた。しかし、あやつはどんな反応をしていたのだ?」
端からは余程奇怪であったに違いない。彼女は項垂れて答える。
「…ひ、卑猥な言葉を。寝惚けていた様子で、譫言のように…呟くのみでした。こちらの言葉に、通常の返事はありませんでし、た。」
誰も皆、何と言ってみようもなく、貴重な時間はただ流れ去るのみ。
ジルクニフは、静かに息を吐く。
上手くいかないものだ。特にここ最近は、何かにつけて不幸が想像の斜め横から襲い掛かってくる。
もしかすれば、毎日を魔法の研究に費やしてきたじいも、大賢者フールーダ・パラダインもこんな焦燥に身を焦がされてきたのかもしれないな。しみじみと、そう思った。
はたして、じいの年まで生きる事が出来たなら、今日という日を笑って「思い出話だ」と人に語れるような時がくるだろうか?
戸惑い、怒り、呆れ、後悔、驚嘆、悲しみ、絶望…、それら全てを乗り越えて来たのだと、胸を張れるだろうか。いつかの、未来に。
だが、それは今現在ではない。
近衛が扉を開けて、目的の人物の到着を報せる。
"重爆"レイナース・ロックブルズとロウネ・ヴァミリオンが、来た。
部屋には先ず、4人の近衛兵が入った。二名は警護として皇帝陛下の傍、左右の壁にそれぞれ立つ。
残りはレイナースとロウネが入ると、"重爆"の槍を一人が受け取り、もう一人が扉を閉めて両脇で待つ。
皇帝ジルクニフは専用の大机に座し、"激風"が護衛として傍にいた。
小規模の会議に使われる場所で、全体が白一色の中、皇帝の後ろの壁いっぱいの巨大な絵画がかかっている。『カッツェ平野の戦い』、王国との初戦を描いたもので両国の騎兵が並ぶ。この時の大勝利で帝国騎士の精強さは知られ、王国側は根本的に戦術から変えざるを得なくなった。
他の絵も飾ってあったはずだが、今は外されており、中央に長机と椅子が二脚のみ。
「先ずは座れ。」と勧める皇帝に二度辞し、三度目の言葉に礼を捧げ着席する。
呼びつけたものの、やはりジルクニフにも迷いがある。
もしロウネが洗脳されているとしても、処分すると魔導国が別の手を打ってくるだろうし、地位のままにして重要機密を洩らされても困る。妥協策が飼い殺しだったが、四騎士と接触した事で危険度が増した。
レイナースは、個人で裏切ってくれるなら、彼女との個人的な約定でもあるしそれは構わない。だが、洗脳疑惑の者と結託、或いは操られて城内で暴れられると被害と混乱が大きすぎる上に、タイミングが喫急であり、放置できなくなった。
ただ、レイナースは堂々と自信あり気に見え、ロウネの方が何かあるのではと怯えている。…前者が主導をしている、という事もあり得るのか?
いずれにせよ、騒動の芽は摘む。
バハルス帝国の未来を賭けた決断に、全員が纏らねばならぬ超重要な会議から皇帝が離れている現状も拙いが、国内でも実力者である者たちが揃って動乱を起こす事態を収拾するためには、隔離か抹殺かも含めてジルクニフ以上の適任は存在し得ない。
権力が皇帝に集中しすぎる弊害の一面だな、と思う。自分で即断即決が出来なければ改革も不可能であったが、逆に最終的に裁決する人間が他にいないのだ。
…本当に、儘ならない。
が、魔導国の息が掛かっていると思われる者を、勝手気ままにはさせられぬ。
迅速に解決するならば、この部屋を措いて他にない。
「さて、それでは聞かせてくれるか? 片や帝城守護を命じ、片や秘書官室で職務の限定を命じたはずのお前たちが、その範疇を逸脱していた理由を、な。」
皇帝からの問いに、秘書官は申し訳なさそうになり、"重爆"は不敵に笑う。
「さすがは陛下ですわ。まだ動いてから二時間と経っていませんのに、もうお気付きとは。」
ヒヤリとした空気が部屋を走る。
最も驚いているのはロウネだったが。
「ロックブルズ様、もう少し言葉を選ばれては?」
それだと誤解されません? と暗に忠告したつもりであったが、返って来たのは不快気な一睨み。
「すでに陛下は察しておられる様子。であれば、腹を括りなさいな。私が秘書官室へと出向いた際に、覚悟は決まっていたでしょう?」
あの時は何の相談かも知りませんし、勝手に人の内心を決めないで欲しい! と抗議する前に、「ほう。」と冷たい声が届く。
「…さすれば、以前からの計画があった、という事か?」
緊張があった。
主な仕事から外されていた理由を自覚していたロウネは「謀反を疑われている?!」と思い至り、安易な発言が出来ない。下手な事を言えば、わずかに構えた"激風"の剣閃が襲うだろう。
「これは異なことを。陛下も私の願いは、前々からご存じのはずですわ。」
“重爆”は動じない。
(
ぞくりと背筋に悪寒がする。それは、この場には我々が気付けぬだけで、魔導国の刺客も潜んでいるのでは? ニンブルや近衛もその考えに至ったのか、微かに鎧の擦れる音が鳴る。
ロウネの挙動がおかしいのは、洗脳されたのはこやつではなく、潜んでいる魔導国の存在に怯えているだけなのか?
(ならば敵はレイナースに潜伏者か!?)
それも彼女の平然とした様子から、かなり強力に違いない。帝城で騒動の起こらぬようにこの状況を作ったが、そのような伏兵がいるのなら、逆にこちらが追い詰められている。
遥かにマズい! 城内混乱どころではなく、皇帝暗殺など、この情勢下にあってはならない大事変だ。墓穴を掘るにも限度がある。
(下手は打てない、な。こちらから動く事も…。おのれ!)
“重爆”からの動きはない。ならば、話し合いでこの場を収める事が出来るかどうかだ。ジルクニフが左手を肩の高さまで上げる。この部屋に潜む帝国の精鋭たちへの合図を意味する、指示を即応から警戒待機へ。
「何か話があるのなら、聞かせてもらおう。」
皇帝の言葉にレイナースは首肯する。
そして、凄まじい速度で投げナイフが放たれた。その動きに反応し、皇帝の前に立てたのはニンブルのみ。
レイナースは、すでに机を蹴倒し、躍りかかっていた。
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