第5話 権利争い

「あの絵を撤去しなさいよ!」

「あなたの排斥・弾圧行為よりも、表現の自由が尊重されます。」

「私が不快だって言ってんのよ!」

「あなたの利己・他罰的な感情は、他人の権利を侵害する根拠には成り得ません。」

「子供に悪影響を与えているのに!」

「感性の違う個々人に対して特定の影響を確定し得る事象は、長年の研究でも否定されています。もし仮に、あなたの言う"影響"があるとするならば、?」


 バハルス帝国最高権力者は、皇帝ジルクニフである。日々多忙を極めるのも、最終決定権を持つ者が確認し、責任を持たねばならないからだ。

 "鮮血帝"の血の改革により、多くの貴族が粛清され、皇帝の権力は増し、帝国民の生活は向上した。ただ現状は、貴族の貯えた財を奪い、政策に回しただけに過ぎず、が枯渇すれば景気の冬が来る。

 今の勢いがある内に、次代、次次代、……七代先の繁栄すら確約できる国家の基礎を固めねば、血で血を洗う覇道を突き進んだ甲斐がない。

 富の集中も、収奪で己の財を蓄えるだけの貴族たちのように、多くの貧者を生み出し国力の減衰を招く。もし現在の好景気下で、こうした強欲の怪物が他の権力者だけでなく、帝国民の中から多数現れれば、元の木阿弥だ。

 人が動けば、物も動く。それを潤滑に回すのが財で、非常時の為に蓄え有事には放出するのは国家の役目であり、金は経済活動の中でグルグルと民の手から手へ回ってもらわなければ、血が止まるのと同じだ。

 そうなれば、未来に再び血を盛大に流さねばならなくなる。

 皇帝の権力は絶大であるが、その根拠と証明をする組織も必要だ。その絶対者が狂気に侵される、死亡した場合も帝国を支えるような強固さがなくてはならない。

 決定する、責任を負う者がなく、ただ問題を放置し時間を浪費し被害を拡大し続けるようでも、破綻が目に見えている凶行を止められぬのも、どちらも駄目だ。

 未来への指針を立て、基準となる法を制定し、適正な範囲内での政策を立案し、問題が発生したら法を根拠に裁く。同じ問題が頻出するのであれば、相互の協力の下、都度修正を行う。

 打たれど突かれど、その衝撃を散らし倒れる事の無い、柔軟にして強靭なる帝国の基礎、その中枢…それを造り上げて見せる。

 その為にも、大前提を決定した今回の宮廷会議も、問題なく終えねばならない。

 事実、魔導国への属国化の難題にも、ジルクニフの方針を基準に草案はその原型が見えてきていた。帝国の法改正や、どこまで譲り何を守るか、相手を見縊らず此方を侮らせない折衝点など議論する内容も、自分の想定より細かな部分まで挙げられている。

 ここに皇帝は、期待していた以上の集合知の結晶を見る。お前たちこそ帝国の財宝、そう実感し内心安堵する。口元にはいつもの笑みが戻ってきていた。

 この局面、帝国は見事乗り越えてみせる!

 そこに、扉を微かに叩く音がする。警備と近衛が秘書官と共に入室し、白銀近衛隊長がその確認をすると皇帝の席に近づいてくる。

 すっと首筋を風が撫でるような感じがした。

 嫌な予感しかしない。

 隊長は聞いた話を耳打ちすると、ジルクニフの顔が固まるのが自分でも解った。

(ロウネと…"重爆"だと? このタイミングで、まさか……。)

 いや、そんな、と否定してみても、確信は何一つ得られない。

 帝城を支える柱。美と威とを示す礎。だが、それも内部から破裂したら…? いったいどうなるのか、考えたくもなかった。

 それでも迷っている時間はない。属国となる話すら諸国に報せる前に、よりにもよって帝都の中心、この城内で動乱ともなれば、同盟国の危機を鎮圧と称して…アレが、魔導国が動く。

「ニンブル。」

 名を呼ばれると、困惑が目に浮かぶ。「え、厄介事ですか? 今?」という心の声が手に取るように理解できた。その気持ちは一緒だから、うん。

「警護は白金近衛に一任し、を厚くした部屋を用意してくれるか? 相手の格は最上位だ。」

 “激風”は表情を硬くするも、瞬時に覚悟を決めたのだろう。強く肯く。

「奴の近くにいる、状況にも依るが間に合わないかもしれん。その可能性も考慮して、精鋭を選んでくれ。」


 連れてこられたロウネは、レイナースとテーブルを挟んで対面の長椅子に座る。警備役が淹れてくれたお茶で、渇ききった喉を潤す。侍従がいないのは、レイナースが守護のメインについているからだろう。

 四騎士の仮眠しているようだ。その間に何らかの話を進めたいようだが、彼女は半ば任務を放棄しているのではなかろうか?

 仕事が割り振られない秘書官が言えた事ではないような気もするが。

「ところで、お話とはなんでしょうか?」

 いい内容とは思えない。

「あなたが魔導国の事をだれだけ知っているのかにも因りますが…。」

 いきなりキナ臭さを超えて、火薬庫に放り込まれた気分だ。やだもぅ帰りたい。ワタクシ、そこの操り人形かもしれない疑惑を向けられているんですけど?

「今日の闘技場の件はご存じでしょう?」

「いえ、今はほぼすべての情報から隔離されていますので。」

 すると、レイナースは「コイツで大丈夫かな?」という目をする。正直な方だ。チクショーメ。

「知恵をお借りしたいのは、魔導国が冒険者勧誘をしたという事に関連しての事ですわ。」

「…冒険者? あれだけ強力な魔導国が、ですか?」

 同じような疑問も質問もあったのだろうし、共通認識がなければ会話も議論も進まない。“重爆”は闘技場の出来事を話せる限り教えてくれた。

 はっきり言えば、「アンデッドの考えは理解不能。」としか思えなかったが、事実に沿って現実を語ればいい。どれほど荒唐無稽であれ、言語化が出来れば検証もまた行える。

 シナリオや小説と同じだ。“面白さ”の定義を出来ない人は、話を自己検証して“面白く”する事も不可能になる。やがて、判断基準の確立も言語化もし得ない自己を正当化する為に「面白さは人それぞれ!」などと言い出す。

 個々人の好悪と、作話の技術とは、明確に違う。SHOW☆GIで架空戦記を演じていた、ロウネ・ザ・シナリオライターにはそれが解る。

「なるほど。説明、ありがとうございます。今日、何があったのかは大筋の理解が出来ました。」

 前提は一応の共有をした。肝心なのは、ここからだ。

「それで、のでしょうか?」

 ロウネとしても、目的が判らなければ提案のしようがない。眼光鋭く、レイナースの表情が戦士のになる。

「私の目的はこの呪いを解くことですわ。帝国でも未だ叶わぬこの願いに、魔導国の力を借りる。もしあの国ですら解呪が出来ないとしても、冒険者として支援を受けつつ望みの成就する方法を各地で探す。その為に皇帝の承認と帝国からの援助を取り付け、安全安心確実に魔導国での活動を行える保障を得ることですわ。」

 なんかチョコバナナストロベリージャム生イチゴバニラアイスのせ生クリームトリプル増量ウエハース付きマンゴートッピングの包み菓子オーダーみたいなのが来た。胸焼けもセットで。

「…そこまでは困難かと。」

 否定よりの譲歩を求める。要求水準、高すぎません? と。

「あなたなら出来るでしょう?」

 その言葉にロウネはいなづまに打たれるようなショックを受けた、なのです。コレを切っ掛けに自分への嫌疑を晴らし、国政に再び参画する機会を得たかった。

 社会あるいは共同体に参加したいのであれば、最も手っ取り早いのは仕事をする事だ。それが、希望と生活向上の両方に繋がるなら、さらに良い。「すみっコで息してて。」みたいな職場は、もう本当に心の底から嫌だった。

 レイナースとしては、秘書官なら誰でも良く、行ったら明らかに暇だったのが一人いただけではあるが。

 ロウネは再度お茶を飲む。苦味と爽やかさと、なにより味わいが先ほどよりも豊かに感じられた。

「確認したいのですが、魔導国の冒険者となるのはお一人でですか?」

 ほとんどが多人数で構成されるが、何事にも例外はある。腕前というか特殊な雇用条件の為に、その分野に特化して一人で仕事を受けているような冒険者も、帝国の組合には何人かいたはずだ。

「いえ。人数までは決まっていませんが、関わりのある者たちを中心に希望者を募るつもりですわ。」

「何人が理想、などは?」

 そこは考えていなかったのか、レイナースはしばし考え込む。

「私に協力してくれる者を、拒みたくはありませんわね。」

 "重爆"は敵対する者は親とて殺す。女性に対しても呪いに由来するのか、敵意を顕わにする。そうでなければ、気に入らない行動に舌打ちや殺気を放つくらいで……いい事がないな。

 昔からの部下も女性以外は重用している様子なので、力を貸してくれる者は邪険にしない一般論は通じる、程度であろうか。

 しかし、人数に具体性が欠ける。

「それでは際限がない、とも受け取れます。魔導国が、どれだけの国家所属の冒険者を欲しているのか不明です。」

 記憶では、レイナースが特別小隊を編成する時は、40名前後だったと思うが、それは騎士団であるから可能なのだ。

 魔導国には、殺戮と暴力を具現化したようなアンデッド軍団がいる。

 帝国では、騎士たちが街道の治安維持も行うので、新米冒険者などは、例えば王国よりもずっと少ない。強力なアンデッドが国内を巡回警備している魔導国においては、その新米の収入源すらなさそうに思う。

「大人数で向かっても、受け入れてもらえるのか判りません。賃金も既存の冒険者組合と同じ出来高制を採用している場合、もし収入が乏しいどころか無収入の期間が発生したなら、彼らを養えるのですか?」

 レイナースは期待に満ちて言う。

「その為の帝国からの援助です。」

「ロックブルズ様…。冒険者やワーカーなどは、その維持にどれだけのお金が必要か理解されていますか? 国内の問題が増大している帝国に、国外の所属となるだろう人達の分の余裕は、そうないですよ?」

 重要な情報には触れられないロウネではあるが、断片からでも帝国の状況が悪化しているのは分かる。

 というか、四騎士の方が軍隊とはどれだけ金食い虫かを理解していないというのは、大問題だ。魔導王による、王国軍への凄惨な虐殺が原因の帝国騎士団の被害だけで、皇帝陛下は頭を抱えているだろうに。

 即座に眉間に皺を作ってこちらを睨む、鎧を着ている騎士っぽい女を見て思う。

 貴族の私兵にはそれ相応の費用が掛かるし、ロックブルズ家の騒動からも困難に直面しているのだから、元貴族令嬢とはいえ、お金の遣り繰りの苦味は経験しているのかとも思ったが、別の人物が支えていたと考えるのが妥当かもしれない。

 金銭は、木に生っているとか、泉から湧くと思っているような気さえする。

「おそらく、ロックブルズ様が騎士団を退団され、陛下に魔導国の冒険者となる旨を伝えれば、従者として数名と共に送り出していただけるのではないでしょうか。」

 "重爆"の問題は、四騎士として採用された当時から懸念されていた。それが一応は綺麗に解決するのだから、皇帝陛下も止めないだろう。

「それでは、初手から有用性を証明できませんでしょう? 魔導国側に解呪を願える程の魅力が、こちらには在ると先ずは示し、協力を取り付けなければならないのですから。」

 解呪それが目的なのが、帝国と"重爆"を隔てる壁だろう。帝国も知恵を働かせてきたが、単に大多数ある問題の一つにしか過ぎない。レイナースは人生を賭けている、時には他人の命まで。

 だから個人の為に、無限に他者の財産までも引き出そうとする。帝国はそうではない、常に全体の利益を考えねば。

「構成人数、規模を維持する予算とその管理まで考えるには、判断材料が少ないですね。ただ、初めから魔導国の役に立てると証明するのは難しいのではないでしょうか?」

 魔導王の募集要項は、聞いた話から強いて挙げるなら"未知を求める、世界を知りたいと思う者で冒険者を夢見る者"だろうか?

 夢見るなら一文無しでも条件には当て嵌まるが、それで採用されるかは謎だ。

 恐れて近寄らぬ者が大半に思うが、魔導国に行こうと決意する段階で、冒険者の要項は満たしているくらいには、怖い者知らずの夢追い人だが。

「そして、陛下に何かしらの恩を返す必要もありますわ。」

 難題、増えちゃったよ。「え、それで予算を欲しがっていたんですか?」と聞きたくなる。

「つまりは、魔導国に行く事で皇帝陛下に益となる事柄を加える、と。」

 レイナースは頷く。

 益々、一人で行くプランが有効なのではなかろうか? 陛下もお喜びになりましょう。……とは、言えない。

「検討してみます。」

 そう答えた時、扉が叩かれる音がした。部屋の警備が「失礼します。」と入ってくる。

「近衛の方から、陛下がお呼びです。」

「そうですか。すぐに向かいますわ。」

 レイナースが立ち上がると、警備は困惑したように付け加える。

「その、ヴァミリオン殿も、との事です。」

「私も、ですか?」と聞き返したものの、陛下からの言だ。「はい。」と答えて、部屋を出ると確かに近衛兵がいる。しかも、三人。

 四騎士は平然としたものだが、疑われている立場の秘書官は戦々恐々としている。いま呼び出される理由は、一つではないだろうか?

 つまり、裏切者と洗脳者の結託、という筋書きで、二人の行動が疑われているのでは、と。

 下手に声を出すと、近衛の剣が振るわれそうで、ロウネはじっと口を噤む。

 四騎士の部屋に来る時よりも、さらに肩を落としたロウネ・ヴァミリオンは、屈強な騎士たちの囲まれて皇帝の待つ部屋へと歩んで行った。


 レイナースのから戻ったゼファーとロイドは、報告と警備任務への復帰の為に城の廊下を進むと、「レイナース様?」とロイドが呟く。

 ゼファーも先を見れば、曲がり角に消えて行った。

「確かにいたけど、秘書官っぽいのと近衛もいたぞ?」

 組み合わせとしては、あり得なくはないが、妙な感じがする。

 二人は顔を見合わせて、首を傾げた。

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