第2話 突然の衝撃
事故にせよ、災害にせよ、予期せぬ時に起こると、やはり被害は増す。
想定を超えるからこそ、対処が出来ず後手後手に回る。
万難を排したとて、更なる災厄もまた発生する。
天と地が裏返るような出来事も、不意に訪れる。
備えおれ。
帝城の守護。レイナース・ロックブルズ、本日の任務である。
この所、こうした仕事ばかりではあるが、実の所、やれる事はあまりない。帝国騎士は練度も高く、警備体制は近隣諸国と比べても優れているからだ。
基礎鍛錬から様々な知識を教えられる上に、カッツェ平野を始めとしたモンスター討伐で実戦形式によって叩き上げられる。
移動の無い拠点防衛の現場でも、緊急事態を念頭に置いた各種訓練も定期的に行い、騎士たちの緊張感を失う事の無いよう計画されている。
そうした警備状況の確認と管理は、寧ろ近衛との結び付きが強い。
四騎士は、問題が発生したら事実確認と増援の支持、同じく守護の任に付いている戦闘要員と共に現場に急行して、これに対処する。平時においては待機とそう変わりないが、有事の際は誰よりも早い対応を求められる為、遊んでいられるような立場でもない。
今も割り当てられている特別室に居るように、帝国騎士の中でも四騎士の待遇は良いが、責任もまた大きい為に身軽ではない。
かつて「呪いを解けるのであれば、陛下にだって剣を向ける。」とは宣言しているが、「常時バカをやらかします。でへへ。」のような愚行を許されている訳ではないのは当然だ。
自分は呪われてはいても、騎士だ。
とはいえ、魔導国なら解呪も可能なのではないかと期待と興味を示している事を、皇帝も勘付いている上でのこの現状維持であるならば、まずい予感もする。
皇帝自らによる意図的なレイナース遮断であれば、打破するために強行してもしなくても、主導権を握る事は出来なくなる可能性が高い。
魔導王はもちろんのこと、あの"鮮血帝"とも明確に敵対するのは得策ではない。
歯噛みをする。
あまりに持ち札も情報も足りない。
執事のノーラックが商人から入手した書類も読んでいるが、自分を遥かに上回るアンデッド騎士が領地巡回やエ・ランテル防衛や治安維持にウロウロしていると言う。
何の冗談?
魔導国には、力で売り込める要素が一切無い。
レイナースは信仰形魔法も使えるが、アンデッドの支配する国では、評価が最悪なのではないだろうか。商人に書かれている中では、エ・ランテルの神殿は無事らしいが、幻術や精神支配を受けて帝国に帰還されているのかもしれない。
住人も、不安はあれど生活は出来ているらしいが、これだって実際はゾンビの群れだとしたら?
記されている内容は、どこまで信頼していいものか判断に迷う。情報としては確かな確率は高いと思いたいが、アンデッドの強さや戦場での虐殺から連想される魔導王のイメージと、都市生活の報告内容はとてもではないがチグハグに過ぎる。
これは、王国のアダマンタイト級冒険者である漆黒のモモンに因る所が大きいのか。
エ・ランテルが魔導王に譲渡された日の顛末は、正に英雄と呼ぶに相応しい。自分には魔導王の一行と対峙することなど、到底不可能だ。
もしかすれば、頼るとしたらモモンが一番現実的だろうか。
噂通りの人物であれば、レイナースに協力してくれる可能性は非常に高い。しかし、英雄モモンを介しての要求を、魔導王が叶えてくれるかが問題だ。拒絶されてしまえば、そこで希望は潰える。
解決の見えない難題に、頭が痛い。
ここまで怒りやに激情に耐えて悩んでいるのは、帝国広しと言えども私だけに違いない。
目的は、顔の呪いを解くことだ。これは絶対条件。
自分で解呪する事も諦めた事はないが、未だに実現は出来ない。これには更なる上位魔法の習得が必須と思われるが、時間がどれだけかかるかも不明で、さらには憶える事が出来ない魔法であった場合は、その時点で詰む。
バハルス帝国では、首席宮廷魔術師の力があっても未だに解く方法は見つかっていない。皇帝からは理解と協力もあるが、絶対ではない。今まで通り忠誠を尽くす間は力を貸してくれるだろうが、もし魔導国と戦争になった場合などは願いを叶える前に死を迎えるだろう。単に魔導国の側へ付くというなら、皇帝からも暗黙の了解は得られると思うが、悔しいが私を迎えても向こうには特に恩恵がなさそうではある。
アインズ・ウール・ゴウン魔導国は、その持っているであろう知識は計り知れず、最も呪いを解ける可能性が高い。しかし、レイナースの力では協力を引き出せるかも怪しいほど軍事力に秀でている。出過ぎている。故に現状では、私の願いを叶える事は出来るかもしれないが、向こうが望む物を全く提供出来そうにない。アンデッド兵として使役される結末すらある。
エ・ランテルの漆黒のモモンを頼るのは、魔導国に近付けるという意味では、最も安全で確実に思う。モモン自身も、超稀少アイテムを持っていたり、この近隣では知られていない知識も豊富らしいが、難敵の討伐や大悪魔撃退などの話は聞いても、癒しや回復の力を耳にした事はない。相棒も"美姫”と呼ばれる魔力系の
決定的な事実を掴んではいないので、推論ばかりになる。故に、解決に踏み出せない。失敗は絶対に出来ないのだから。
ただ、判明しているのは、鮮血帝にせよ、魔導王にせよ、モモンにせよ、強大に過ぎるのだ。誰と敵対しても悪い方向に向かう事は、ほぼ確実だろう。
安定は皇帝。
本命は魔導王。
穴場は漆黒。
賭けるのは自らの人生そのものの目標というのが、実に腹立たしい。
かつての自分の油断が恨めしい。その感情に触発されたのか、顔の右側から滲むように出てくる膿を、ハンカチで拭う。
膿で黄ばんだ白い布を見て、怒りが沸々と湧く。元凶はお前だと言うのに、なんて浅ましい。
そして、ハンカチに込められた魔法の効果で、汚れから元の白さに戻っていくのも、不快にさせる。今の私が<
思考が危険な方向に向かうのはまずい。
今は何かと諫めてくれるノーラックもいない。
貴族だった昔からの部下たちの意見も、参考にしてもいいかもしれない。
最近、婉曲的に「魔導国なら呪いを解く方法も知ってそうだから、一緒に行く?」と聞くと、多くの皆が急用を思い出したり、周りを警戒したりと行動がおかしかったが。
帝国騎士としての自覚は欲しい。奇行は厳に慎むべきだ。
その事をノーラックに話すと、溜息と共に「私の方で皆様の意見を纏めておきます。」と言っていたが、世話の焼けることだ。
それでも、家を追放された苦難の時も、私を庇ったり付き従ってきた者たちであり、四騎士になってからの部下より信頼している。
過去、ロックブルズ家は私兵を抱えており、貴族の娘であるレイナースもこれに参加し、領内のモンスター討伐をしていた。以前から武芸にて頭角を現していたが、怪物との戦闘を繰り返すことで急成長していった事もあり、兵たちとの付き合いも長い。
呪いに纏わる騒動の時、両親はレイナースの復讐によって貴族家としては滅んだが、その私兵たちの扱いは様々であった。
レイナースに同情したり賛同した者は、同じく貴族家から冷遇もされたが、その後は彼女の周りに多く採用された。
領主の側に付いた者も、同じく粛清に巻き込まれたり、帝国軍に所属しているがレイナースとは距離を置いていたりする。
いざこざから離れ、帝国民としての暮らしを選んだ者もいる。
この時にレイナースに従った者たちの多くから、特別小隊を編成して任務に当たる事もあるが、これが警備や守護になると
王国との戦争で、帝国騎士が自滅による死者が出た上に、魔導王の放った魔法のあまりの凄惨さに心が壊れた者までおり、直接戦闘した訳でもないのに被害が出てしまい、未だ混乱があるのも原因にある。
帝国騎士は、それ専業であるが故に精強であるが、簡単には替えが利かない。人数が減った分、皆の仕事や負担が増えるのだ。
ただ、今日は私の警備に何名か配置されていたので、待機している者もいるはずだ。
机の上に置かれているマジックアイテム、連動ベルを鳴らす。
これは、ベルを鳴らすと対となるもう一つのベルも鳴るという道具で、簡単な報せの際に使われる。ここでは、隣接する部屋と連動している。
扉がノックされ、開かれる。
「はい。」
待機している連絡員の一人が要件の確認に来る。
「そこに、私の隊の者はいて?」
待機していた部屋を再確認し、答える。
「二名おられます。」
「ここへ。」
「はい。」と一礼すると、その男と入れ替わるように二人が入室し、扉を閉める。
ゼファーとロイドだ。しかし、どこか緊張しているように見える。
「どうかして?」と尋ねれば、二人は顔を見合わせる。
「いえ、それを聞きたいのはこちらでして、呼んだ理由はなんですか?お嬢」
ゼファーが問い、ロイドが頷く。
レイナースは溜息を吐いて、呆れたように返す。
「お前の言葉遣いも変わりませんね。今はいいのですけれど、聞きたいことがありまして…」と、話そうとすると、ゼファーが小さく手を挙げて遮る。
「そりゃあ、魔導国に関して、ですか?」
そうですわ、と答えると、男二人が目で会話している。先ほどから何だというのか?
「その辺の話はイナンウさんにしていますし、あんまりあの国がどうこうで動きますと、情報局の連中に目を付けられちまいますよ。お嬢も俺らも、立場を悪くしちゃヤバいでしょう?」
ゼファーの言葉にロイドは黙っているが、実際にはレイナースの周辺はすでに情報局の監視が強化されているのは感じている。皆が。
目の前の本人は、拳を握り込んで舌打ちをしている。
あの事件以来、精神的に不安定であるのが常態化しているのに、戦闘力も権力も増しているという、なんとも困ったちゃんになってしまった。
これで、監視されていますなどと告げれば、局に槍で突入しかねない怖さがある。
自分達の仲間内にも「魔導国には近寄りたくないです。」という意見があると知られれば、「裏切者には死を」と襲って来そうだと言うのに。
ただ、呪いを解いてやりたいという思いは、貴族令嬢だった時からの部下は強い。当時のレイナースの意志や行動は、忘れられない。
戻れるのであれば、それに協力したい。
今現在は、体は大人で頭脳は子供のじゃじゃ馬が、率先して竜の口に飛び込みたがっているようにしか見えないが…。
「それでも、あのフールーダ・パラダインが私の前で『この大陸の頂点、
気にならないか、と問われれば、なるに決まっている。動向1つ、魔法1つで大きな被害は確実なのだから。
が、「私の為にも」と続けられると、どこか腑に落ちない。
いや、まぁ、力になりたいとは思いますけどね…。本当に。
「レイナース様」とロイドが話しかけると同時に、隣からの扉が慌てたように強く叩かれる。
「何事か!」の声に、連絡員が急いで報告に来る。
「はっ! 皇帝陛下より<
連絡の言葉が頭に入ってこない。
え?
アインズ・ウール・ゴウン?
魔導王…陛下?
秘密裏に入国とは、密入国と違うの?
闘技場? なぜ?
武王?
どういうことなのか? その場にいる誰もが誤情報を疑うが、遠くに緊急を告げるラッパの音が聞こえ、城に近づいてくる。
あの音は早馬が向かっている。恐らくは、<伝言>の魔法と同じ報告を持って。
理解を半ば諦め、警護を引き連れて、皇帝陛下の到着を迎えるべく、城門へと急いだ。
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