第2話 リア充を異世界に召喚したとある女神とそこの住人達の末路(その2)

「……よく死にませんでしたわね……」


 太ったミイラみたいな姿でかろうじて謁見を果たした女神Aの報告に、上司の大女神は絶対零度よりも冷ややかな表情と口調で応えました。昇格と任命早々、任地の異世界を魔王軍に滅ぼされるという大失態を犯してくれては、ねぎらいの言葉など吐くわけがありませんでした。むしろ天界に生還して来る方が迷惑でした。死ねば後腐れがなくなってありがたいのに、生きて還ってきた以上、女神Aに対する今回の処遇に頭を抱え込むハメになったので、本当に迷惑でした。大女神の上司、大女神長に対して、部下の失態をどう弁解して処遇すればいいのかを。

 だが、ねぎらいの言葉を期待していた女神Aは、舌打ちをこらえる表情で、けど舌打ちしました。幸い、頭部も血まみれの包帯で分厚く覆われていた上に、無音だったので、大女神には気づかれませんでした。


『…………………………………………』


 しばらくの間、両者の間に不機嫌な沈黙が高濃度で漂いましたが、必死にそれを払いのけた大女神は、「次の任地で今回の失態を挽回しなさい」と、部下の女神Aに伝えました。

 退室した女神Aは、瀕死の身体を神殿の治療室まで千鳥足で自力搬送し、なんとか完治してもらうと、即座に次の任地へ赴きました。上司のツラなど見たくもない一心で。

 そして、任地の異世界に設置されてある王都神殿の召喚用魔法陣から、今度ばかりは定石セオリー通りに、リア充以外の青少年を召喚しました。

 なのに召喚されたその青年はリア充ことリア充Aでした。


『――――――――――――――――』


 一度ならず二度までも、同じ過ちを、よりによって同じ青年で繰り返してしまった女神Aは、完治したはずの全身の傷口が限界まで開く悪夢に青ざめました。思考停止はしたものの、それも一瞬で、二瞬目以降はどうやってこの事態を隠蔽するかに、思考の処理能力リソースを全振りしました。

 それに対して、当人の承諾もなくまた強制召喚された病人服姿のリア充Aは、前回よりも早く茫然自失の状態から回復すると、そんな女神Aの姿を認めた瞬間、即座に浴びせました。

 歓喜と感謝の嵐を。


「!?!?!?!?!?!?!?!?」


 激昂と怒号の嵐を受けると恐怖していた女神Aは、メダパニ状態でリア充Aに取られた両手を縦に大きく振られました。その間、リア充Aの歓喜と感謝と言葉を、決壊したダムの如く存分に浴びせられましたが、思考停止フリーズ状態に移行した女神Aの耳には一滴も入りませんでした。そして、ようやく最初の一滴が入ったそれは、


「転移術を授けてくれたら魔王討伐してもいいよ」


でした。

 その条件に、思考停止フリーズ状態から回復した女神Aは首を傾げました。普通なら伝説のハクがついた高性能の武具や強力な魔法を要求するのが、誉れ高い勇者として召喚された青少年の欲求だと、女神の職業を指南してくれた先輩の教えでしたが、結局、「リア充だからそんなものを要求するのかな?」と、曖昧な結論で納得しました。

 とはいえ、女神が勇者に転移術を授けるのは、これも女神の業務規程違反に抵触するので、前述の要求ならまだしも、召喚にも使えるそれを二つ返事で授けるわけにはいきませんでした。でも、その要求を受け入れなかったら、前回が前回なだけに、なにをするかわからない恐怖が、魔王の存在よりも大きい以上、「大女神には内緒よ」という条件つきで授けました。

 女神Aから転移術を授けられたリア充Aは、神殿から王都の広場に出ると、さっそく勇者としての行動を開始しました。

 前回と同様、まずは入念な準備で、その内容も前回も同様でした。

 その行動を上空から観察していた女神Aは、途方もない不安に駆られました。今回も前回の同じ結果――否、末路になるのではないかと。

 勇者召喚の報とその勇者の協力要請を受けた地元の異世界住人たちも、過去のリア充Aがしでかした別の異世界での所業を知る由が、むろん、あるわけもなく、これで現在侵攻中の魔王軍を撃退してくれると、赤子さながらの無邪気さで喜んでいました。

 女神Aがリア充Aの真実を伝えてないのは、この一事だけで明白でした。

 そして、前回と同じ準備内容と仲間パーティー編成でそれが終わると、ただちにその仲間を率いて魔王討伐のために進発しました。

 それを見送った王都の住人たちは、討伐したも当然といいたげな安堵さで王都内へ戻りました。

 しかし、女神Aは天界へ戻りませんでした。

 理由は言わずもがなです。

 かといって、神風特攻同然の魔王討伐に向かう勇者と同行する勇気など、これもあるわけもなく、三桁に及ぶ胃薬の錠剤を分単位のペースで呑み込みながら、王都上空で勇者の帰還を待っていました。

 そして、胃薬の錠剤摂取数が四桁に達しようとしたその時、ついに来ました。

 勇者とその仲間一行パーティーが。

 一人も欠けることなく、王都に戻ってきたのです。


「魔王ならキチンと討伐したぞ」


 その首を、勇者帰還の報を受けて集まった王都の民衆に掲げて見せると、凄まじいまでの歓喜が、この異世界の住人たちから沸き上がりました。

 上空からそれを知った女神Aは、オトコよりも無いムネを撫でおろしました。トン単位の重量を誇る不安がそこに滞積していたので、危うく昇天しそうになりました。

 (女)神なのに。

 そして、勇者としての使命を果たしたリア充Aは、この異世界の住人からの宴を、社交儀礼的に受けると、なんの未練もなく元の世界に帰還しました。

 女神Aから授かった転移術で。


「魔王を討伐したら、ちゃんと元の世界に帰してあげるのに、そんなに信用がないのかしら?」


 心底不思議がる女神Aであったが、それも長続きせず、この旨を自身の手柄として上司の大女神に報告しました。そして、大女神からお褒めの言葉を受けた後、次の任地が決まるまで、自宅警備員引きニートの生活を満喫すべく、天界の一軒家で引き籠りました。


「どうなっているのよォッ?! これはァッ!?」


 というお叱りの言葉を、同上司に受けるまで。

 不快と不機嫌にしかめた表情でそれをこうむった女神Aは、言われるがままに、魔王が討伐された平和な異世界へ舞い戻りました。

 そして、そこで繰り広げられている光景に、誰よりも自身の眼を疑う光景を、ふたたび目撃しました。

 平和とは無縁の光景に。

 それは、前回それよりもさらに輪をかけた阿鼻叫喚の地獄絵図でした。

 しかも、それをもたらしたのは、討伐したはずの魔王軍ではなく、正体不明の軍隊でした。

 それも、UFOクラスの。

 その軍隊の歩兵はほぼ緑系統の暗い色彩の出で立ちで、剣や槍などといったありきたりな白兵戦用の武器をいっさい持ってはいませんでした。持っているのは、ゴツゴツとした黒色のこん棒らしき物を、なぜか目線の高さで水平に構え、その先端からは軽快な音を立てて小さな火を噴いています。その合間を縫って、全身に着けている掌サイズの様々な形状の物を掴んでは、用途不明の使い方や、理解不能の挙動を、色々と並行しながら進軍しています。

 歩兵と随伴しているそれも、騎馬や馬車には 到底見えませんでした。

 馬なしで自走する原理不明の乗り物でした。

 形状も様々で、中には、歩兵が持っているような物が搭載している乗り物もあれば、長大な筒を左右に動かしては、その先端から歩兵の武器らしきそれとは比較にならない轟音と大きな火を噴き、先端が指し示した遠い方角から爆発を爆音が、少し遅れて上がります。


「!???????????????????????????????????」


 またパルプンテ状態になった女神Aは、異星人エイリアンとしか喩えようのない謎の軍隊に、どのように対処すればいいのか、まったくわかりませんでした。わかっているのは、このままでは前回の二の舞を踏んでしまうのが確実だと。白兵戦用の武器や攻撃魔法とは完全に異なる敵軍の遠距離攻撃方法と手段に、現地の異世界住人たちは果敢に抵抗するものの、白兵主体の上に、相手よりも距離が短い攻撃魔法では、それが届く前に、屍の山地や山脈を、グランドキャニオンばりに次々と築き上げ、カスリ傷すらつけらぬまま一方的に殺戮されていきます。


「少しは抵抗らしい抵抗をしなさいよ、まったく」


 それができれば勇者は要らないのが、各異世界の住人たちの要望で構築した天界の勇者召喚魔王討伐システムなのに、そんな経緯などすでに失念済みの女神Aは、自分勝手な文句を垂れた直後、途轍もない衝撃を受けて意識ごと吹き飛び、黒煙の放物線を描きながら地上に墜落しました。

 その衝撃で朦朧ながらも意識が回復した女神Aは、地面についていた顔面を上げると、その足元に立っている人物との顔が合いました。


「久しぶりだなァ。この疫病女神がっ!」


 地面を這いずっている『疫病女神』に対して、憎悪の塊としか形容のしようがない口調と表情で吐き捨てたのは、この異世界を魔王の手から救ったはずの勇者ことリア充Aでした。


「てめェのおかげで現実世界むこうでも異世界ここ以上の辛酸を舐めさせられたぜェ」


 散々な苦労の末、なんとか現実世界に戻ったリア充Aを待ち受けていたのは、異世界住人たちよりも人でなしな畜生ブタどもの社会的な冷遇でした。

 元の世界に帰還すべく、異世界で悪戦苦闘している間に、現実世界では『失踪』扱いされていたリア充Aの会社は、競争相手ライバルの同業者ことリア充Bにハイエナのごとく吸収合併されていました。そのライバルに嘘八百を吹き込まれた婚約者も、無人島からの帰還さながらな姿で再会したリア充Aに、求婚プロポーズ時にはめてもらった婚約指輪を、時速一八〇kmのトルネード投法で返却して、新たに婚約したリア充Bと共に立ち去りました。立ち去られたリア充Aは、額に深く食い込んだ婚約指輪の摘出手術を受けたついでに、その執刀医に、現実世界から居なくなってから、今までの間に体験した出来事を余すことなく打ち明けると、「あなたは極度の精神異常者です」という診断を下され、そのまま精神病院へ直行されました。

 異世界だけでなく、現実世界でも自宅警備員引きニートを強制されたリア充Aは、生ける死体と化しました。ビー玉みたいな両眼には、哀れみの眼差しで介護する看護師の姿が、日課のように規則正しく映りました。それが老衰死するまで続くんだなと想像すると、それすら億劫になり、これを最後に思考停止する直前、その両眼に映った光景が、白一色の病室から、中世ヨーロッパ風の神殿内に激変しました。そして、その視界に見覚えのある女神Aの姿を認めると、一瞬にして察知しました。

 現実世界の畜生ブタどもに報復できる絶好のチャンスが到来した事を。

 狂喜乱舞したリア充Aは、こちらの事情を知らずにそれを与えてくれた女神Aもその対象に含めると、条件付きで魔王討伐を引き受けたのでした。

 畜生ブタどもの報復を終えた後に。

 女神Aが任地の異世界を放置して天界で引き籠っている間に、リア充Aは、女神Aから授かった転移術を使って、現実世界の自国内で異世界の転生や転移を願って止まない人生の負け組どもを、願望通りに転移させると、これを皮切りに、現実世界の人類に、異世界の存在を認知させるべく、膨大な原材料資源や希少金属レアメタルが眠る異世界の価値観を最大限に利用した様々な事業に着手・展開しました。

 現実世界と異世界を転移術で何千回も往復しては、その異世界を隅々まで調査リサーチして判明した末の、極上の成果でした。

 そして、その活動が各業界の著名人たちに次々と認められると、自国の政府も、異世界の存在を公認しました。

 ついにそこまでこぎつけたリア充Aは、自分を現実社会の最底辺にまで叩き落した畜生ブタどもに、容赦のない社会的な報復を徹底的に加えました。

 その結果、執行猶予なしの実刑判決を受けた畜生ブタどもが、精神病院よりも過酷な刑務所ブタ箱にブチ込めたところで、ようやく復讐の炎が鎮火しました。

 ――こうして、異世界関連の新事業を三ダースほど立ち上げたことで、吸収合併された自社の比ではない天文学的な利益を挙げたリア充Aの名誉は、挽回を通り越して、世界的な実業家すら凌ぐ成功者として名声を得ました。

 しかし、『元』婚約者の愛までは挽回できませんでした。

 強化ガラスの仕切り越しに、互いの愛を確かめ合うリア充Bとその婚約者の姿を、刑務所ブタ箱の面会室にある監視カメラをハッキングして監視モニタリングしていたリア充Aは、これまでの行為で落ち着いたはずの復讐の炎が、鎮火不可能の規模で再燃し、その矛先は、これもどうでもよくなっていたはずの女神Aとそこの異世界住人たちに向けられました。

 完全に復讐鬼となり果てたリア充Aは、それを果たすべく、スカイツリーの高さまで築いた巨万の富みを、すべて、自衛隊とは名ばかりの派兵を、その異世界に対して実施させる工作につぎ込みました。

 無論、魔王を利用してひとつめの異世界を滅ぼさせた悪魔的な智略も、存分に発揮されました。

 自衛隊による異世界への派兵が国会で決議されたのは、ほどなくでした。

 自国の選挙権保有者なら、総理大臣やホームレスに関係なく、千万単位の実弾カネを無差別に撃ち込んだ行為が決定打となりました。

 憲法上禁忌タブーであるはずの国外派兵も、異世界へ繋がる通路ゲートを、国内の各所にある陸上自衛隊の某基地のひとつに、リア充Aが転移術で設置したので、国際法や物理学に照らし合わせても、他国への侵略行為に該当せず、それでも、表向きは地底人エイリアンの侵略に対する先制的自衛権やられる前にやれの行使として、国内外に発表や喧伝をしました。

  つまり、異世界の住人たちを、人権のない害虫として認定したのです。

 無論、その裏にある本音は、出兵先の異世界に眠る膨大な原材料資源や希少金属レアメタル、そして、魔法という得体の知れない力の独占でした。


「――で、戻ってきたのさ。今度は自衛隊を引き連れてな」


 異世界派遣軍の民間最高顧問官として、現在従軍中のリア充Aは、現実世界に戻ってから今までの経緯を、瀕死の女神Aに怨嗟を込めて長々と説明しました。そして、リア充Aの専属士官から、リア充Aが提供した情報の通り、膨大な原材料資源や希少金属レアメタルをすべて発見・確認したので、転移術による現実世界への迅速な転送の依頼を、派遣軍司令官の名義で伝達されました。


「どうやら異世界住人どもの『駆除』は終わったみたいだな」


 そのように判断したリア充Aは、派遣軍司令官からの依頼に応じるべく、女神Aをその場に残して立ち去りました。 

 害虫ゴミでも見るような一瞥を残して。


「……ま、待て……」


 女神Aは弱々しい声で制止を掛けましたが、それは凄まじい爆音とそれを発する謎の飛行物体によって、リア充Aの後姿ごとさえぎられました。

 それは墜落する前まで両翼で空中停止ホバリングしていた女神Aを、なんのためらいもなく空対空ミサイルで撃墜した攻撃ヘリでした。


れ」


 そして、リア充Aからノールックの命令を受けた攻撃ヘリのパイロットは、瀕死の女神Aに、ありったけのミサイルを撃ち込みました。

 包囲していた一ダースの僚機も、それに倣いました。

 そして、最後の一人となったこの異世界の生き残りも、その巻き添えを食ってくたばりました。


 ――こうして、異世界は自衛隊に滅ぼされました。


                                〈終わり〉



 

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