一日目

 電車とバスを乗り継ぎ、青い山に分け入って、ようやくその屋敷に辿り着いた。


 玄関のベルを鳴らすと、人の良さそうな小太りの中年の女が出てきた。

 自己紹介をすると、女は笑顔を見せて私を屋敷の中へと案内した。


 薄暗い六畳の和室に通される。年老いて痩せ細った男が、分厚い座布団の上に和服を着せられて正座している。頭は禿げあがっていた。眠っているのか、目覚めているのか判然としない。半目を開けて少し俯き、口をもごもご動かしている。

 確かにいつ死んでもおかしくないような見た目ではあるが、どんな妖怪老人が出てくるのかと思って身構えていたのに拍子抜けしてしまった。田舎の縁側を覗けば、いくらでも見つけられそうな容姿であった。枯れ切っていて生命力はほとんど感じないが、なぜか背筋だけは真直ぐに伸びていた。


 女が私のことを老人に紹介してくれた。

 女は淀みなく私との親戚関係を老人に説明したが、聞いている私のほうが混乱してしまった。それくらい、私と老人の血の繋がりは薄かった。

 一方の老人は理解したのか、していないないのか、ほとんど反応しなかった。相変わらず一定の速度で口をもごもご動かしている。最近ずっとこの調子なのだと女が言い訳をした。


 部屋を出るときに、ちらりと振り返ると、老人が微かに頭を上下させていた。

 私にはそれが頷いているように見えた。


 夜には一同を集めての宴会が開かれた。老人の姿はなかった。

 葬式とはいえ、本人がまだ生きているせいか暗い雰囲気ではなかったが、どことなくぎこちない印象を受けた。人数は十五名ほどだろうか。子どももいる。何人かに話しかけられ、自己紹介と世間話をした。このような集まりは十数年ぶりだったようで、世代も変わりお互いに初対面の同士の組み合わせもいくつかあったようだった。それでも、誰も顔見知りがいないのは私一人だった。


 途中、手洗いに立った折、老人の部屋の前を通った。襖が開いていて部屋の中が見えた。どうやら老人に食事が与えられているようだ。私を最初に出迎えた女が、一口ずつ匙で食べさせていた。相変わらずの半目で口をもごもご動かし、感情は読み取れない。女は慣れた様子で時折話しかけながら、食事を介助していた。


 その後も宴会は続いた。

 話の合う相手を見つけ、私は飲みすぎ、気がつくと自室で寝ていた。

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