第2話 目覚めとクラス割り

「…………知らない天井だ」


 よし! 『人生で一度は言ってみたい台詞せりふランキング第7位』を自然に言えたぞ!


 って、そんなことはどうでもいい。今の俺はベッドに寝かされているらしい。とりあえず落ち着いて現状を把握しよう。


 確か俺は、入学式に出席するために向かったルディア学園の校門で、突如謎の爆風によって吹き飛ばされて、走馬灯が頭をよぎって、地面に激突して気絶したんだっけか。


 とりあえず掛け布団をどけて、上体を起こす。少し痛みを感じたものの、特に動きに支障はなかった。服装は、…………制服のままか。


 周りを見渡してみると、俺が寝かされているベッドと同じものが数十と並べられており、いくつかのベッドに制服を着た生徒たちが寝かされていた。俺と同じように爆風によって吹き飛ばされた被害者なのだろうか?


 この部屋で起きているのは俺だけのようだ。窓から見える太陽の位置からして、今はお昼時だろうか? 校門に到着したのは日が昇り始めてからすぐだったので、ずいぶん長い間寝ていたらしい。入学式ももう終わっているだろうなぁ。


「クソっ、入学式は学園物イベントの宝庫だっていうのによぉ」


 そう。古今東西あらゆる学園物において、入学式というのは大きな意味を持つ。


 入学式。それは学生たちの新たな門出を祝う場であると同時に、新たな人間関係を築くための場でもあるのだ。古事記にもそう書いてある。


 実際、俺が読んだ数々の学園物語でも、入学式で隣の席に座っている奴はその後、友人引き立て役やサブヒロインになったりしている。


 すなわち、入学式とは学園生活にいろどりを添えるための人材を探す場なのだ。俺も、美少女が隣に座っていた時のために、自然に声をかけて友好を深めるための仮想訓練イメージトレーニングを入念にしておいたのだ。謎の爆風のせいで訓練の成果が発揮されることはなかったのだが。


「入学式、出たかったなー」


 俺以外誰も起きていない部屋で一人ぼやいていると、扉が開く音がした。


 扉がある方に顔を向けると、一人のけだるそうな中年男性が部屋に入ってきた。


 猫背気味の背中に、ぼさぼさとした黒い髪、手入れされている様子のない青髭、やる気というか生気の感じられない死んだ魚のような目、病的なまでに青白い肌。どこを見ても健康な要素が見当たらない。


 野暮ったい青色のシャツの上に白衣を羽織っており、学園の教員であることがうかがえる。その手には、書類の束が握られている



「何だお前、入学式なんぞに出たかったのか?」


 部屋の外で独り言を聞かれたのか、唐突のそんなことを聞かれた。


「えぇ、まぁ。人間関係を作るにはいい機会ですし」


「あー、うちの入学式は割と厳しくてな。会場に入ったら私語厳禁なんだ。だから、お前が思っていたようなことは起こんねえぞ」


「え、マジですか…………」


「マジだ。入学式なんて、お偉いさんたちが長ったらしく台本を読むだけの行事なんだよ」


 入学式の残酷な現実を突きつけられた。しかし、先生の愚痴はまだ続く。


「しかも、お前ら生徒は座れるからいいが、俺たち教師陣はずっと立ったままなんだぞ?」


「うわぁ。それは、何というか、…………ご愁傷さまです」


「本っ当に、腰とか背骨に負担がかかるんだよなぁ」


 そう言って、先生は背筋をグーっと伸ばす。


 確かに、長々と背筋を正して立たされるのは、中々きつい。特にこの先生のように猫背の人にとっては、軽い拷問のようなものなのかもしれない。


「あー、そうだ。お前、名前は?」


「アルトって言います。新入生です」


 無難に答えると、先生は手元の書類をめくり始めた。


「…………えーアルト、アルトっと。お、あったあった」


 そう言うと、先生はこちらに一枚の紙を差し出す。


「これに、今日の連絡事項とか、これからどうすればいいかの指示とかが書いてあるから。よく読んどけよ」


 受け取った紙には、寮の部屋番号やクラスと出席番号などの、おそらく今日伝えられるはずだった情報が記されている。


「それと怪我は、治癒魔術で体の負担にならない範囲で治しておいたから、もうベッドから出ても大丈夫だぞ」


 そう言われたので、ベッドから降りる。ベッドの隣に揃えて置かれていた靴を履き、その横に置かれていた学生カバンを、自分の物か確認してから持つ。


「そんじゃ、後はその紙に書かれている内容に従って動け。以上」


「分かりました。それと、先生の名前は?」



「俺か? あー、ヘックスだ。ヘックス・アルカディア。一応この学園の養護教諭をしている。怪我したらここに来い」



 俺は、ヘックス先生に一礼した後、保健室らしき部屋を出た。養護教諭はナイスバディのお姉さんというイメージが強かったのだが、現実は違うらしい。


 とりあえずは、先生に言われた通りに、紙に書いてある指示に従って動こう。


 えーと何々? 自分のクラスの教室に向かって、担任から寮の鍵を受け取り、朝の事件に対する説明を受けたら、その後は日暮れまで自由時間。


 割とすんなり終わりそうだ。とっとと用事を済ませて、自由時間中にこの学園内を探索してみるか。



~~脇役移動中~~



「えーと、この教室であってるよな?」


 紙に記されている地図に従い、広大な校舎を歩くことしばらく。自分が所属することになる『1年4組』の教室の前に到着した。


 さすがは国立の学園というべきか。教室というか、小さめの講堂のような大きさだ。扉まで大きい。まぁ、教師の中には規格外にでかい人もいるらしいし、そういうことを考えれば当然の設計なのだろうか?


 コンコン。


「失礼しまーす」


 二回ノックした後、扉を開ける。大きさに反して扉はすんなり開いた。どうやら、扉に描かれている魔法陣はただの装飾ではないらしい。


 教室の中には、教卓の上に堂々と座り葉巻ををふかしている美人がいた。明かりがついていない教室の中で、彼女はとてもミステリアスに見えた。


「ん? あぁ、今朝の被害者の一人か」


 彼女はこちらに気づいたのようだ。自分の担任だしもう名前と顔も知っているとは思うが、念のため名乗っておこう。


「はい、アルトといいます。これから一年間よろしくお願いします」


「おう、私はルナ。このクラスの担任だ。しかし、ずいぶんと起きるのが遅かったな。お前が最後だぞ。ほれ」


 そう言って、ルナ先生は何かを放る。反射的にそれを掴む。投げたものは寮の鍵だった。おそらく俺の物だろう。


「それと朝の事件についてだが、あれは新入生同士の喧嘩で爆発系統の魔術が使われたのが原因らしい。喧嘩していた両名には、それ相応の処置をしておいた。慰謝料は加害者の家から支払われる。詳細はまだ決まってねーから、決まり次第連絡する。以上!」


 先生は朝の事件の詳細を一息で言い切った。それにしても慰謝料がもらえるのか、楽しみだな。


 その後は、先生から自習課題小テストを渡されて要件は終わった。


 今から自由時間だ。とりあえず学園の敷地内を探索しよう。それで、もし暇そうな生徒がいたら話しかけてみよう。友人ゼロで一学期が始まるのはさすがにつらい。



~~脇役探索中~~


 …………トモダチ、ヒトリモ、ツクレナカッタヨ。


 いや別に? 皆ある程度のグループが出来てて声をかけづらかったとか、女子に話しかけるとか童貞にはハードルが高すぎたとか、結局誰とも話すことがないまま日が暮れたとか、そういう訳じゃないからね?


 …………はぁ、自分で言っててむなしくなってきた。


 とりあえず、寮に向かおう。もうすぐ日が暮れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

脇役は、それでも主役になりたい 笹団子β @Raiden116

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ