第95話 反撃45(二人三脚)

「続いての競技は二人三脚です。参加する方は後方スタート地点近くにお集まり下さい」


 放送が入ったので、指定された場所へと向かいます。指定された場所に着くと、すぐに私の好きな先輩の姿を見つけました。


 ふふふ、私、先輩の姿を見つけるのは得意です!


「お、雨宮。二人三脚の準備はもう出来たのか?」


 先輩も私を探していたらしく、私と目が合うとこっちに来てそう話しかけてきました。


「先輩、なんで名字なんですか?せっかく名前で呼んでくれたのに……」


 名前で呼んでくれるかもしれないと期待していたので、苗字で呼ばれ少しだけ寂しく感じてしまいます。


 前は全然気になりませんでしたが、一度でも名前で呼んでもらえる嬉しさを知ってしまうと、苗字で呼ばれるのは物足りないです。


「いや、それは……」


 先輩は少し躊躇うような素振りを見せてきます。こういう時は落ち込んだ表情を作ると効果的です。


 最近、先輩は私に甘くなってきたので私が落ち込んでいると、渋々でも承諾してくれるんです。


「はあ、分かった。えり、これでいいだろ?」


「はい!ありがとうございます!」


 わぁ!わぁ!名前呼んでくれました!ふふふ、やっぱり何度呼ばれても好きな人に名前で呼んでもらえるのは嬉しいです!


 先輩はやれやれといった感じで、呆れ半分に呼んでくれました。でも名前を呼ばれた私は、呼んでくれたことだけで嬉しく、心がぼわぁって熱くなります。それに、先輩が少しだけ頰を赤くしていることを見逃しません。


 恥ずかしがりながらも呼んでくれた、その事実で口元がにやけそうになってしまいました。


「それで準備はできたのか?」


「はい、もうバッチリですよ!あとは誰が相手になるかだけですね……」


 先輩とペアになりたいですが、こればかりはくじなので私の運次第です。しっかり気合を入れてくじを引かないと!


「そうだな。くじ引きで決まるみたいだし、さっそく引きに行こうぜ」


「そ、そうですね」


 緊張して顔がこわばりながらも私たちはくじ引きの場所へと向かいました。


「やあ、神崎くん」


「ああ」


 くじの箱を持っていたのは、まさかの東雲先輩でした。


「あ、あっちに華がいるから雨宮さんはそっちに行ってくれる?」


「?はい」


 東雲先輩に言われ、私は華の元へと向かいます。


「あ、やっと来たわね、えり」


「?どうしたんですか、華?」


 なにやら華は私のことを待っていたみたいです。


「ほら、これが神崎先輩と同じ番号の紙よ。これでペアになりなさい」


「ちょっと華!?ズルはやっぱりダメですよ!」


 華の心はありがたいのですが、ズルはやっぱり良心が痛みます。


「あのね、女の子はみんなズルいのよ?それに今が神崎先輩に畳み掛ける時よ?いいから受け取りなさい」


 そう言って押し付けられてしまいました。


「いい?この体育祭が勝負よ?キスでも押し倒すでもなんでもいいから神崎先輩を意識させるの。そうすればあなたの勝ちよ」


 華は私の肩をガシリと掴み、真剣な顔でそう言ってきます。


「キス!?押し倒す!?な、なに言ってるんですか!?」


 とんでもないことを次々と口にする華に、思わずつっこんでしまいます。


「そのくらい気合いを入れなさいってこと?分かった?」


「わ、分かりました……」


 二人三脚が始まるまで私は華の言葉に緊張と恥ずかしさでドキドキし続けるのでした。


♦︎♦︎♦︎


「あ、先輩!き、奇遇ですね。お、同じ番号なんてすごい奇跡ですね」


 ううっ、華の言葉のせいで先輩のことを意識しすぎて顔が見れません。


 キスなんて、ましてや押し倒すなんて……。無理です!想像するだけでドキドキして倒れそうです!仕方ありません。一旦華の言葉は忘れて先輩とペアになれたことを喜びましょう。


「ああ、そうみたいだな。よろしく」


「はい!」


「じゃあ、紐で足縛るからな」


 そう言って先輩は紐で私のの足と先輩自身の足を結んでいいきます。


 ち、近くないですか……?


 普段なら少し慣れた距離感ですが、今は意識してしまっているのでこの距離でもドキドキしてしまいます。


「ほら、出来たぞ」


「あ、ありがとうございます」


 私は意識してしまって噛みながらもなんとかお礼を言いました。


「そろそろスタート地点にお願いします」


 係人から声がかかり、私たちはスタート地点に移動します。


「よし、えり、頑張るぞ」


 スタート地点に着くと先輩が私の肩をガシッと急に抱いてきました。


「ひゃ、ひゃあ!?ちょっと先輩!?」


 な、なんですか、急に!?


 あまりに急な出来事に変な声が出てしまいました。


「なんだよ?」


「ち、近くないですか?」


 二人三脚ですから、近いのは分かっていましたが、これは近すぎます。


 ああ、もう!心臓がうるさいです。好きな人に触れられたらそれだけでドキドキしてしまいます。


「そんなこと言われても二人三脚なんだ、しょうがないだろ」


 私が余裕なく必死に訴えても、私の表情を見て楽しげにしています。本当にドSな先輩です。私の訴えを嘲笑うかのように、さらにぐいぐいと身体を寄せて追い込んできました。


「だ、だから近いですって!」


 近い近い!近すぎます!ああ、もう先輩のいい匂いもしてきますし、先輩の体温も伝わってきて……って、え?!


 嘘!当たってる!当たってますよ、先輩!さすがに胸に触れられているのは恥ずかしいです……。


「それに……」


「なんだよ」


「その、先輩の体が……私の胸に当たってます……」


 ああ、もう。先輩にわざわざ言うのも恥ずかしいです……。先輩は好きな人ですから、べ、別に嫌というわけではないですが……、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいです!


「なっ!?」


「……先輩のエッチ……」


 私が指摘すると先輩は一気に顔を赤くしました。私はあまりに恥ずかしくて、先輩の方を見ることが出来ず、身体を隠すようにして羞恥に耐えるのでした。

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