第83話 反撃39(嫉妬)
先輩の見舞いに行ってから2週間くらい過ぎました。先輩が私を少なくとも人として友人として見てくれるようになったので、最近は時々優しい笑顔を見せてくれるようになり、少しだけ心臓に悪い日々を過ごしていました。
先輩が私に甘くなった分だけ、私が追い込まれている気がします……。
親しくなるほど私がドキドキする頻度が増えていることは少しだけ気がかりですが、まあいいです。先輩と一緒に帰る約束はしましたが、あれから結局ほとんど一緒に帰ることはありませんでした。
というのもリレーの練習が放課後に入ってしまったのです。自由参加ではありますが、リレーはクラス男女1人ずつですから、代表として頑張らなければと思い、練習がある日は毎日参加しました。
先輩に私の走って活躍する姿を見せたいですし。そんなわけで結局先輩と会う時間は昼休みだけになっていました。
そんな先輩と会える楽しみな昼休み、今日も先輩に会いに教室に向かいます。いつものように教室の入り口から先輩の様子を伺うと、そこには見知らぬ女子と話す先輩の姿がありました。
え……。
目の前が真っ暗になりました。女子と話す先輩の表情は今まで見せていた険しい表情とは異なり、穏やかで落ち着いた表情です。
人嫌いだった先輩があんな優しい表情を他人に見せているのが意外で驚いてしまいました。そして、それ以上にガンッと殴られたようなショックを受けました。
先輩が人と関わるようになるのは私が望んでいたことで、それが叶ったのは確かに嬉しいです。ですが私は、自分が望んでいたものがどういうものであるのか、それを実際の現実として理解していませんでした。
先輩が人と関わるようになれば、それは色んな人と話すようになる。その話す相手には女性もいることを見落としていました。
なんて身勝手な私なんでしょう……。
先輩が順調に進んでいるというのに、それを素直に喜ぶことが出来ない自分が嫌になります。本当だったら、声を上げて喜ぶべきことなのに……。
私はショックで身体が硬直し、教室のドアの側で立ち尽くしました。先輩が見知らぬ女性と話終わると私の方を見てきて、目が合いました。
今、先輩と話したら自分の嫌な醜い部分を見せてしまいそうです。
私は先輩から目を背け、逃げるように教室から離れました。なんで私はこんなに酷く衝撃を受けたのでしょう……。多分、私は自分に自信がないからですね……。
私は先輩に少なくともいい奴だと言われる程度の関係はあります。それはとても嬉しいですし喜ばしいことです。ですが最近は先輩は人を許すようになってきました。
そんな先輩にとっていい奴、友人として好ましいと感じる人はどんどん増えていくはずです。つまり今いる私の立場はありふれたもので、特別なものでなくなりつつあるんです。
まだ先輩の特別になれていない、その現実が私を弱気にさせ、不安にさせてくるんです。これから先のことを不安に思いながら私は午後の授業を受けました。
放課後、リレーの練習を終えた私は、更衣室で着替えてとぼどぼと足取り重く校舎を出ました。はぁ、昼休みのことが全然頭から離れません……。
気にしないようにしても、どうしても忘れられず先輩が女の子と話す姿を何度も思い出してしまいます。気になりすぎてリレーの練習も上手くいきませんでした。
どんよりとした暗雲が胸の内に立ち込め、私の気分はどんどん沈み込んでいきます。
「おい、雨宮」
俯きながら歩いていると急に声をかけられ、顔を上げます。声のする方を向くとそこには先輩の姿がありました。
「……え?え?!先輩!?なんでここに!?」
嘘!?どうして先輩がいるんですか!?いつもならもう帰っているはずなのに。
「昼休み俺と目が合ったのにすぐ帰っただろ。その理由が気になってな」
「そ、それは……」
どうやら昼休み会わずに帰ったことが気になったみたいです。確かに会わずに帰ったのは初めてでした。そんなことにも気づかないほど私は動揺していたみたいです。
帰った理由は勿論あります。ですがそれを言うには私の覚悟が足りません。こんなことを言われても先輩にとって迷惑なだけです。最悪、嫌われてしまうかもしれません。
そんな不安が私に口を開くことを妨げました。
「いいから話せって。別にそれで雨宮のこと嫌いになったりしないから」
そんな不安を見通すかのように先輩は優しい口調で言ってきます。
真っ直ぐに私を見つめてくる先輩の姿から、真摯に私と向かい合おうとしているのが伝わってきました。先輩の低めの声は、どこか温かく私の心を包み込み、私に勇気をくれました。
「……そ、その今日の昼休み、先輩、女の人と話していたじゃないですか……?」
「ああ、それがどうかしたのか?」
ああ、ドキドキします……。
これで今まで築いた関係が崩れてしまうかもしれません。想像するだけで怖いです。背中に寒気が通り過ぎます。
でも、先輩のさっきの姿を思い出すと温かい気持ちに包まれ、私は口を開く覚悟を持てました。
「も、勿論、先輩が色んな人と話すようになったのはとても嬉しいんですよ?これは本当です。で、でも、私の勝手な想いなのは分かっているのですが、先輩が私以外の女の子とも話すようになったのが少しショックで寂しくて……。ごめんなさい、こんなこと言われても迷惑ですよね……」
分かっています。分かっているんです!自分がどれだけ独りよがりな考え方をしているかなんて。でも抑えられないんです。
友人という立場に成れたことはとても嬉しいです。でも結局は友人で、これから先輩の周りに増えていくであろう立場に過ぎないんです。
恋とは貪欲で強引で留まることなく欲求は増していきます。友人関係、それだけでとてもありがたいことなのに、私は先輩の特別になりたい、そう思ってしまうんです。
先輩の1番側いることができるその資格を私は望んでしまうのです。先輩は私の言葉に黙ったまま聞き入り、私が話終えたあとも静かでした。しばらくすると先輩は口を開きました。
「……雨宮、お前、最近リレーの練習頑張ってるよな」
「?そ、そうですね」
急にどうしたんでしょうか?
先輩の発言の意図が掴めず戸惑います。
「ちゃんと毎日行っているなんて偉いよな。来ない奴だっているんだろ?自由参加で律儀に参加してちゃんとやってるのは素直に凄いと思う。それにちゃんと練習しているのも偉いと思う。周りは喋ってばかりであまり練習しない中できちんとやれるのはそれだけで尊敬できる」
「え?も、もしかして見ていたんですか……?」
先輩は次々とリレーの練習の時の様子について語り始め、褒めてきました。
え?え!?褒めてくれるのはとても嬉しいです。背中がむずむずしますし、顔も熱いくらいです。
でもそれ以上に、そんなに詳しくリレーの練習の時のことを知っている理由に期待して、胸のドキドキが高まっていきます。
「……あ、ああ。たまにな。雨宮が何やっているか気になってな」
先輩がわざわざ見ていてくれた、その事実に胸が躍り、口元が緩んでしまいます。もう、こんな時にそんな嬉しいこと言わないでください……。
先輩はなにも考えずに言っているのかもしれませんが、私にとってはドキドキさせられてしまう一言なんですよ?そんなこと言われたらにやにやしちゃうじゃないですか……。
気にしてくれていた、それは少なくとも先輩の中で私は普段から考えてもらっている程度には親しくなれていることを示しており、私は抱えていた不安が少し薄まります。
「そ、そうですか……」
私はあまりの嬉しさにどう答えていいか分からず、そう答えました。
「ここまで気にするのはお前だけだよ。雨宮のおかげで俺は色んな人と話していこうと思えたし、実際に話していくと思う。もしかしたら仲良くなれる人が出てくるかもしれない。それでも、俺が気になるのはお前だけだから安心しろ」
「……!?は、はい……」
え?え?!何ですか!?思わず返事をしてしまいましたが全く頭が追いついていません!
先輩の言葉は私がまさに不安に思っていたことそのものでした。一瞬で暗雲に包まれていた私の心は晴れ渡っていきます。
暗に特別と言ってくれたことが嬉しすぎて、ドキドキが止まりません!先輩の心の中に私がいる、そう思うと、もうどうしようもないほど喜びが身体中を駆け巡ります。
ああ、もう!大好きです!
身悶えするような喜びを噛み締め、私はまた先輩への想いを重ねたのでした。
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