第77話 反撃36(身体拭き)
先輩の抱えていた過去は想像以上に重いものでした。どれだけ私が慰めの言葉を並べようとも、先輩の経験した過去が変わるわけでもなくなるわけでもありません。
ただ、私はそんな酷いことをする人達だけではなくて、中には先輩自身を見て仲良くしようとしている人達もいることだけは分かって欲しかったんです。
そしてそんな仲良くしたい人の1人である私は、少しでも先輩を想っていることを伝えたくて、ただ抱きしめ続けました。そんな想いが伝わったのか先輩は、また穏やかな表情に戻り、いつもの雰囲気になりました。
私のことを撫で終えた先輩は少しだけ微笑みます。やっぱり先輩は笑っている方がいいです。過去が辛くてもこれからをもっと先輩のことを幸せにしてみせます。
「……先輩?」
優しい微笑みは私の胸を高鳴らせ、いつまでも私の脳裏に残り続けました。
「なんでもない」
私の問いかけに首を振るようにして、笑顔は一瞬で隠れてしまいます。
「なあ、雨宮。身体が重くて困っていたんだ。悪いんだけど手伝ってくれるか?」
そんな先輩は少しだけ声を弾ませて、私に頼んできました。
「手伝いですか?いいですよ。それで私は何を手伝ったらいいですか?」
先輩は体調が悪いみたいですし、不都合なことがあったのでしょう。力になれるなら、出来るだけのことはしてあげたいです。それにしても一体何を手伝わせる気でしょうか?
「そうだな……」
「ちょ、ちょっと!?先輩、急に脱いで、私に何させる気ですか……!?」
え?え!?先輩が急に服を脱ぎ始めました!何しているんですか……!?ま、まさか、お手伝いって……!さすがにそんなことは出来ませんよ!?
ぼわぁっと一瞬で身体中が熱くなります。先輩の肌が顔で隠した指の間からちらちらと目に入り、ドキドキしてしまいます。もう、好きな人の肌は目に毒です。
「なにしてって、体を拭いて欲しいだけだなんだが?ダメか?」
「そ、そういうのは先に言ってください!」
さ、先に言って欲しかったです。私が勝手に勘違いしちゃったじゃないですか。まるで私が期待しているみたいになっています。も、もちろんそんなことないですよ?
私は誰に言うわけでもなく、心の中で言い訳を並べます。変な妄想をしてしまった恥ずかしさを誤魔化すように私はお湯を汲みに、台所へ向かいました。
ジャァァァァァ
バケツにお湯を組みながら、私は台所に手をついてこの後のことを想像します。
気付いたのですが、先輩の身体を拭くということはあの先輩の身体を触るってことですよね……。ああ、もう!想像しただけでドキドキしてきました。
す、好きな人の肌に触れるんですよ?しかも、直接。
わ、私、どんな顔をしていたらいいのでしょうか……?この後のことに緊張してドキマギしながら私は先輩の元へ戻りました。
わ、わぁ!やっぱり先輩が上半身裸です……!さっきも見ましたがまったく慣れません。あまり見ないように目を逸らしながら、バケツにタオルを入れて絞ります。
「じゃ、じゃあ、背中を拭きますね……」
ち、近いです……。どんなに顔を逸らしても、視界には肌色が目に入ります。もう顔がとても熱いです。
「ああ、頼む」
ゆっくりと先輩の背中にタオルをくっつけます。左手はタオルに添える形で先輩の背中にのせました。
わ、わぁ!!先輩の背中はやっぱり男の人のそれですね。筋肉質ですし、所々ゴツゴツしていて男らしいです。
服を着ている時の先輩とは違う、男らしさを感じて心臓をうるさく鳴らしていると、先輩がビクッと反応しました。
え、もしかして……。
「あれ?先輩〜?もしかしてくすぐったいんですか〜?」
「はぁ?いいから早く背中を拭けよ」
私がからかう口調で尋ねると、先輩は強引に無視してきました。私の勘が当たっていた証拠です。
「はいはい、分かりました」
ふふふ、これは先輩にやり返すチャンスです!まったく、先輩にすぐドキドキさせられてしまいましたし、ここで私のことを意識させないと!
先輩をからかう意味で、背中をそっと優しく指先でなぞります。触れるか触れないか微妙な距離を保ちながら、ゆっくりと動かすと、またビクッと反応しました。
ふふふ、これは楽しいですね。
「おい、くすぐるのをやめろ」
「え〜?どうしましょう〜」
触るたびにビクッとと身体が動くのでつい何回もやってしまいました。こんなに余裕がなさそうな先輩を見ると、にやにやしてしまいます。先輩の反応が楽しすぎてついやり過ぎてしまいました。
「はい、終わりましたよ」
ある程度仕返しを済んだことですし、背中を拭くのを終わらせました。声をかけると先輩がこっちを向いて少しだけ睨むように目を鋭くしてきます。
ふふふ、睨んでくる先輩もカッコイイです!
でも、やられて睨んできても全然怖くないですよ?子供が拗ねるような表情に、思わず私はにやけてしまいます。
「おい、なに勝手に終わろうとしているんだよ」
「え?」
拭き終わったことですし、バケツを片付けようとすると先輩がそう声をかけてきました。
「背中だけじゃなくて前も頼む」
「ま、前!?前もですか!?」
ま、前!?前って先輩の前ってことですよね!?それってもう色々見えちゃうじゃないですか……!しかも、先輩が私の方を見てくるんですよね?無理です。そんなの耐えられません……!恥ずかし過ぎます……。
バクバクと心臓が鼓動し、身体中に熱が周っていきます。
「なんだ、手伝ってくれるんじゃなかったのか?」
あからさまに落ち込んだように肩を落とす先輩。
「わ、分かりました」
ああ、もう!わざと落ち込んでるフリをしているのは分かっていますが、そんな反応されたら断れるはずがないじゃないですか!
べ、別に先輩の裸をもう少し見たいなとか思っていませんよ?先輩の肌が温かくて触っていて気持ちよかったからもう一回触りたいとか思っていませんからね?
言い訳をつらつらと心の中で並べて、私は承諾するのでした。
「ん、じゃあよろしく」
そう先輩は言うと、腕を広げました。
「は、はい……」
私は顔が熱くなるのを感じながらゆっくりと先輩の身体にタオルを近づけて拭き始めました。
もう、色々見えてます……。
先輩と顔を合わせたらもっと恥ずかしくなることは分かっているので、先輩の方を見ないように下を向きながら身体を拭きます。
下を向くとそこには程よく鍛えられた先輩の腹筋があり、つい見入ってしまいます。
わ、わぁ!男の人のお腹って本当にこんな風に割れるんですね。
自分のお腹との違いに少しドキドキしながら、急いで拭き終わろうとします。
「ど、どうですか……?」
も、もういいでしょうか…?さすがにこれ以上先輩の裸姿を見るのは、私の心臓に悪過ぎます。ドキドキして胸がだんだん苦しくなってきました。
「良かったけどまだ拭き足りない。もっと頼む」
先輩は楽しげに声を弾ませてそう言ってきました。
「ま、まだですか!?も、もう無理です」
もう!どれだけ私に身体を拭かせる気ですか!?
あの先輩の顔、絶対私の反応を見て楽しんでます。冷静になりたいですが、ドキドキしちゃうのを抑えられるはずがないじゃないですか。もう心臓が保ちそうにないです……。
「無理なわけがないだろ?俺のことをくすぐっていた左手があるのに」
私の必死の叫びを無視して、先輩は私に拭かせようとしてきました。
「わ、分かりました。分かりましたから、そんなに顔を近づけないでください……!」
そんな顔を覗き込んでこないで下さい……!近すぎです!
ああ、もう先輩からいい匂いはしてきますし、これ以上ドキドキさせないで下さい。
先輩に追い込まれ、私はまだ続けるのを承諾して、まだ先輩の体を拭き続けるのでした。
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