第66話 意地悪32(あーん2)

「じゃ、じゃあ、ここに座ってください」


 家の中に案内され進んでいくと、雨宮の部屋に通された。ふわりとした雨宮のフローラルの香りが、普段より濃く漂っている。その匂いに雨宮が女の子なのだと意識させられ、思わずドキリと胸が高鳴る。


「……お、おう」


 ドキマギしながら座布団に座ると、雨宮が向かい合うように座ろうとするので慌てて口を開く。


「雨宮はまだ風邪なんだからベッドに入ってろよ」


「へ?わ、分かりました。じゃあ遠慮なく……」

 

 俺の言葉に動きを止め、俺の横のベッドに潜り込んだ。


「身体、大丈夫なのか?」


「はい、ずっと寝ていたので随分と体調は良くなりました」


 そう雨宮は口にするが、まだ顔はほんの少し赤く目も潤んでいて、熱っぽい表情をしている。ぼぅとする雨宮は妙に色っぽく、つい目を逸らした。


 まだ本調子ではないのだろう。


 くくく、ちゃんと予定通り弱っているではないか!これは追い込むチャンスだ!何をしてやろうか。


 あれこれと意地悪を考えようとする。だが雨宮のことがどうにも気になって集中できない。


 な、何を話そうか……。


 これまでそんなこと一度も考えたことがなかったというのに、今は言葉に詰まり少し気まずい。何か話そうと口を開くが、昨日のキスのことが自然と思い出され、すぐに口を閉じてしまう。話題に困っていると、手に持っていた袋を思い出した。


「これ、やる……」


 雨宮に突き出すように手を出して渡してやる。


「これ、なんですか?」


 受け取り、きょとんと不思議そうに首を傾げる雨宮。


「見舞いの品だ。ゼリーとか、スポーツドリンクとか」


「わぁ、わざわざありがとうございます!」


 目を輝かせて袋の中身を覗いている。雨宮の家に向かう途中、コンビニに立ち寄って買ってきたのだ。もちろん意地悪に使うために。


 よかった、話す話題を思いついた。


 気まずい空気が解消されたことに少しだけホッとした。


 くくく、さあ意地悪をしてやろう。いつもの定番のあれだ。ゼリーを食べさせてその間抜け顔見てやるわ!


「なぁ、あま…「先輩!私、ゼリー食べたいです。食べさせて下さい」」


 俺がゼリーを食べるか提案するよりも前に、雨宮が食べたいと言ってきた。少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、はっきりとした口調でこっちをじっと見つめてくる。


 熱で潤んでいるおかげか、いつも以上に澄んだ瞳から目を離せない。色気とあどけなさを兼ね備えた雨宮の姿に俺の心がかき乱された。


「わ、分かった。ほらよ」


 お、おう。お前がそんなにしたいならしてやるが、自分から間抜けな姿を見せにいくとは、やはりドMか?


 まさか雨宮から食べさせて欲しいと言ってくるとは思わず、調子が狂う。言われた通り、ゼリーの蓋を取りスプーンですくい、雨宮の口元に持っていく。


 雨宮は既に目閉じて、頰を朱にしながらも口を小さく開けて待っているので、その中に入れる。目を閉じたことで雨宮の長い睫毛が強調され、思わずその綺麗さに見惚れてしまう。そんな浮ついた気持ちを誤魔化すように、ゼリーを雨宮の口に押し込んだ。


「ふふふ、桃ゼリーです。甘くて美味しいです!」


 ゼリーをもぐもぐと食べている雨宮は、目尻を下げておいしそうに口元を緩めている。


「先輩!もう一回お願いします!」


 食べ終わるとまた弾んだ声で「食べさせて」とお願いしてきた。


「はいはい、ほら」


 またスプーンでゼリーをすくって雨宮の口元に運んでいく。


 少し恥ずかしいな……。


 前は何も思っていなかったが、あーんをしているこの構図が微妙に羞恥を駆られる。


 いや、気のせいだ。


 気のせいに思い込もうとすると、雨宮が口を開いた。


「ふふふ、せ〜んぱい?これあーんですよ?私たちカップルみたいですね〜?」


「なっ!?」


 にやりとからかう表情を浮かべる雨宮。今までならその表情にイラついていたが、図星を刺され、不覚にも動揺してしまった。


 顔が熱い。かぁっと顔に血が上っているのが自分で分かる。耐えられず、ついっと雨宮から視線を逸らした。



「……え?え!?せ、先輩が照れないでくださいよ……」


 俺の普段と違う反応に雨宮が驚いた声を上げる。雨宮の顔が一瞬で真っ赤に染まる。俺の視界から逃れるように雨宮は少しだけ俯いてしまった。


 頭を下げたことで雨宮の艶やかな髪が揺らいで煌めく。


「照れてねえよ。変な勘違いすんな。ほら、早く食え」


 焦る気持ちを誤魔化すように早口で捲し立てて、強引にゼリーを食べさせる。差し出したスプーンに雨宮は真っ赤にしながらゆっくりと近づき、頬張った。


「……も、もう終わりだ。あとは自分で食べろ」


 顔を赤くして食べさせてもらっている雨宮の姿に妙に緊張するので、俺はすぐにゼリーを渡した。


「は、はい……」


 その後部屋には沈黙が漂い、雨宮は俯いた黙々と俺が渡したゼリーを食べていく。時々食べながら上目遣いにこちらをちらっと見てくるが、目が合うとすぐに視線を下げてしまった。


 結局、すぐに次の話題が思いつかず、俺と雨宮は2人で真っ赤に染まったまま、しばらくの間黙り続けた。



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