第62話 意地悪30(雷)

「「ごちそうさまでした」」


 食事終え、食後の挨拶をする。まだ食べさせた時の名残があるのか雨宮の頰は桜色だ。


「本当に美味しかったです!ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げ礼を言う雨宮。


「ああ、また作るか」


 くくく、また意地悪をしてやる!


「そうですね、ぜひまた作りましょう!」


 俺が意地悪を企てていることに全く気付かず、パァと顔を輝かせた。食器を片付け終え、俺と雨宮はまた元の位置に座る。


「それにしても雨、止まないですね」


「そうだな。ネットの天気予報だともう少しで止むはずなんだけどな」


「どうしましょう。このまま雨が止まなかったら、今日私先輩の家にお泊まりですよ〜?」


 にやにやとからかう表情を浮かべて見てくる。


「それは困る」


 お前がいたら絶対寝れないだろうが。


「なんでですかー!そこはドキドキするところですよ!?こんなに可愛い女の子がお泊まりなんて並の男子なら羨むシチュエーションなのに。まったく、先輩は贅沢ですね」


 やれやれと呆れた表情を見せる雨宮。


「お前は可愛いけど、だからって俺に一般男子の反応を期待するな」


「か、可愛い……!?」


 カァッと頰が赤くなり、小さくそう呟く。


「ま、まあ、先輩がお願いしてきてももう遅いです。残念でした。諦めてください」


 そんな未来想像したくもない。


「お前にお願いする時が来るわけがないだろ」


 こうして俺と雨宮はたわいもない会話を続けていった。


 ゴロゴロゴロゴロ。


 しばらく話していると遠雷の音が聞こえ始めた。


「わ、私雷苦手なんですよね……」


 すでに怖いのか、少し身を縮ませながら弱々しい声を吐く。


「へぇ、そうなのか」


 くくく、いいことを聞いてしまった。これは意地悪に利用できるな。さぁ、雷よもっと激しく鳴れ!


 しばらく経つと、俺の思いが通じたのかますます大きな音で雷の音が鳴り響くようになってきた。


「きゃっ!?」


 轟音が鳴り響くたび、ビクッと身体を震わせる雨宮。よほど怖いのか涙で目が濡れている。


「そんなに怖いのか?」


「こ、怖いです。急に大きな音がなると怖くありませんか?」


「いや、別に」


 くくく、泣き目になってやがるな。さぁ、お前のそのビビった顔をもっと見せるんだ!


 雨宮の反応をさらにもっと見ようとしたその時だった。


 ピカッ。ドォォォン!!!


「きゃーーーっ!!」


 雨宮は耳を押さえ蹲るようにして、悲痛な叫び声を上げた。今までで1番の爆音で雷が鳴り響き、それと同時に部屋が真っ暗になる。


 うぉ!?今のは俺でもビビったな。それより停電か?まさかこんなことになるとは。とりあえず明かりを探さないとな。


 焦る心をなんとか落ち着かせ冷静に行動しようとする。


「せ、先輩!?どこにいますか!?まったく見えないです……」


 今にも泣き出しそうに震わせる声が暗闇の中から届く。


「落ち着け、雨宮。そっちに行くから動くなよ」


 計画変更だ。今こそ意地悪の絶好の機会だ!


 だんだんと目が慣れ始め、薄く人影が分かるようになる。足元に気をつけながら、小さく蹲っている人影に近づく。


「おい、雨宮、大丈夫か?」


「せ、先輩……!」


 薄暗い中声をかけると、俯いていた雨宮は涙目で目を赤くして顔を上げた。


「もう大丈夫だぞ」


 そう言って俺は雨宮をそっと抱きしめた。


 くくく、至近距離に人がいるというのにこんな無様な姿を晒すなんて屈辱だろう。



「……こ、怖かったです……。凄い大きな音の雷は鳴りますし、急に部屋は真っ暗になりますし……。もう何がなんだか……」


 すがりつくように服を掴み、ぎゅっと俺の体を強く抱きしめてくる。俺の胸に顔を預け、声を震わせながらポツポツと言葉を紡ぎ出していく。


「もう大丈夫だ」


 俺が近くにいることをさらに意識させるためポンポンと優しく背中を撫でてやる。するとだんだんと抱きつく力が緩み始め、落ち着きを取り戻していった。

 

 しばらく抱きしめ合っていると電気がつきパッと部屋が明るくなる。


 お、どうやら停電が終わったみたいだな。よかった。


「おい、雨宮。もう大丈夫だぞ」


 未だ抱きついて離れようとしないので声をかけてやる。


「あ、ありがとうございます……」


 ゆっくりと顔を上げる雨宮。俺と目が合った瞬間頰をほんのりと赤らめ、俯き加減に視線をうろうろさせる。そしてもう一度こっちを向くと、えへへと緩んだ蕩けるような笑みを見せてきた。


「雷止んだみたいだし、そろそろ帰るか?」


 いつのまにか雷の音は無くなっており、雨音も静かになっている。おそらく今なら小雨で帰れるだろう。


「そ、そうですね……。帰ります……」


 まだ頰を朱に染めながら、おずおずと俺から離れ帰りの準備を整えていく。準備を終えたようなので玄関に移動する。


「じゃあ、1人で帰れるか?」


「はい、大丈夫です……」


 靴を履いた雨宮と向かい合う形になって話をする。


「そうか、じゃあ気をつけてな」


 もうお別れだな、とそう思ったその時だった。


「あの!先輩、少し耳を貸してください!」


 ほんのりと頰を桜色にして、決意した表情を浮かべる雨宮。


「ん?なんだ?」


 雨宮の行動を不思議に思いつつも、腰を屈め耳を近づける。


「雷の時は本当にありがとうございました……。凄い嬉しかったです……」


 甘く蕩けるような声で吐息と共に囁いてきた。そしてその言葉を理解するよりも速く、自分の頬にしっとりと柔らかい感触を受ける。


 は?


 パッと俺から離れ、頰を朱に染めながらもからかう表情を浮かべる雨宮。腰を曲げて上目遣いにこっちを見てきた。


「ふふふ、これはお礼です!2人だけの秘密ですよ?」


 そう言って、口元で右手の人差し指を立てる。


「じゃあ、バイバイです、先輩!今日はありがとうございました!」


 理解できず呆然としている隙に、玄関のドアを開け早速と帰っていった。俺はまだ頬に残る感触を感じながら、ただその雨宮の優艶な姿を眺めることしか出来なかった。

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