第54話 意地悪26(家訪問)
「それにしても止まないですね」
落ち着いたのか頰は白い肌に戻り、やっと雨宮は口を開いてそんなことを言った。
「そうだな」
すぐ止むかと思ったが雨は止むどころかますます強くなっている。
この後どうするかな…。
くしゅんっ。
今後を考えていると、隣から可愛いくしゃみの音が聞こえてきた。ちらりと雨宮を見ると、少し寒そうに両腕を組むようにしてその二の腕を摩っている。
夏前といえど梅雨の時期ということもあり、まだ肌寒い。その上濡れれば体温は下がっていくだろう。白い陶器のような肌はさらに白くなり、ふだんは桜色の唇も今は少し青味がかかっている。
このままここにいても風邪を引く。俺も少し寒くなってきた。俺はここから家まで5分程度だが、雨宮の家は確か15分くらいはかかった気がする。
止みそうもないし濡れてでも家に帰るのが一番いいだろうが、雨宮の家は遠い。そうすると雨宮を俺の家に連れて行くべきなんだろうが、嫌いな奴を俺の家に連れて行く理由がないしな…。
いや待て。理由あったぞ。くくく、雨宮、俺の家に連れて行って意地悪をしてくれるわ!
「寒いのか?」
「少しだけ……」
そう言ってぶるっと身体を震わせる。
「俺も寒い。このままだと雨は止まなそうだし、俺の家行くか」
「……え?え!?」
雨宮の青白かった肌がだんだんと朱に染まる。
「そ、それって私も行くんですか?」
期待と緊張に声を震わせて聞いてくる。
「当たり前だろ。このままここにいても風邪をひくだけだろ。それとも風邪をひきたいのか?」
「い、いえ!行きます!」
「じゃあ、もう行くぞ、走るからな」
「は、はい!」
こうして俺たちは雨に濡れながら走り出した。雨宮は未だ赤く染まった頰のまま俺のあとをついてくるのだった。
★★★
「ふぅ、着いたぞ」
5分ほど走り、家にたどり着く。
「はぁはぁ、こ、ここですか……?」
走ったせいで息を切らし膝に手をつきながら頰をほんのり赤く染め、上目遣いでこっちを見てくる。
「そうだぞ、早く入れ」
ドアを押し広げながら中へ入るよう促す。
「お、お邪魔します……」
身体を起こし、雨宮はおずおずと中に入る。
「ちょっと、待ってろ。タオル取ってくる」
「は、はい!あ、ありがとうございます」
声をかけただけで変な声を出す雨宮。何をそんなに緊張しているんだ。
濡れた靴下を脱ぎ、廊下をペタペタと裸足で進む。部屋に入りクローゼットを漁り、タオルを探し出す。
「ほらよ」
玄関に戻って見つけたタオルを手渡す。
「あ、ありがとうございます」
お礼と共に受け取り、ポンポンと濡れた身体を拭いていく。だが無論タオルなど気休めだ。こんなものでは完全に冷えた身体は温まらない。
「ある程度拭いたら、シャワー浴びてこいよ。バスタオルと服はこっちで用意しておくから」
「……え?」
パサリ、と雨宮は持っていたタオルを落とした。
「おい、タオル落としてるぞ」
「……」
固まって拾おうとしないので、俺が拾って渡してやる。
「……あ、すみません……って、え!?え!?」
ぼわぁっと一瞬で顔が真っ赤に染まる雨宮。
「タオルで拭いても服は濡れたままだろ。そのままだと風邪引くぞ。シャワーで身体温めて、俺の服貸してやるから着替えてこいよ」
とっとと風呂に入って着替えてくるがいい。そのときお前に意地悪をしてやるからな!
「わ、分かりました……。こっちでいいんですよね?」
首まで真っ赤にしたままどこか決意したような表情を浮かべる雨宮。
「ああ、そこ入ると中に着替えるところあるから。あとこれがバスタオルと服な。じゃあ」
雨宮が浴室に入るのを見届け、俺は部屋に戻る。
「あ、先輩!」
部屋に入ろうとすると声をかけられる。振り返ると、浴室からひょっこりと顔だけ見せている雨宮の姿があった。
「どうした?』
「お風呂ありがとうございます。でも覗いちゃダメですよ?」
顔を薄く桜色にし、にやにやとこっちを見てきた。相変わらず腹立つ顔だな。
「覗かねえよ。とっとと入って来い」
「ふふふ、先輩ならそう言うと思ってました!でも本当は少しなら先輩に覗かれてもよかったんですよ?」
クスッと色っぽい笑みとともに、あざとい発言を言い残して浴室に戻っいった。俺は部屋に戻り、濡れた服を脱ぎ着替える。
ふぅ、多少強引だったが着替える方向に持っていけたな。くくく、お風呂から上がってきたときが楽しみだぜ。
シュルシュルと肌に布が擦れる音が浴室から聞こえてくる。
自分の部屋に同年代の女子がいるという違和感がどうにもむず痒い。なぜか緊張し思わずそわそわと体を動かしてしまう。
シャアアア。
浴室からシャワーの音が聞こえ始める。なんか落ち着かないな。スマホでもいじるか。落ち着かない心を誤魔化すためスマホに集中しようとするが、どうにも音が気になる。
そんな状態で何分も過ごしていると、シャワーの音が止み、布の擦れる音がまた聞こえ始めた。
ガチャリ。
浴室の扉が開く音とともにトタトタと足音が廊下から聞こえてくる。そして部屋の扉が開かれ雨宮は姿を現した。
「先輩、お風呂ありがとうございました!」
いつも以上に元気な声で礼を言ってくる雨宮。温まったおかげか顔はほんのり上気していて雨に濡れていたときとはまた別の色っぽさがある。
髪はタオルで水分を取ったようだがドライヤーはまだ使っていないようで、何本もの細かい束になり、しっとりと濡れている。貸した服は普段着ている無地のグレーのジャージだ。
やはりサイズは大きくダボダボで、普段制服で隠された首元が緩く、白い陶磁器のような肌が見え隠れして妙に艶かしい。
服のシルエットが大きいことで雨宮自身が普段より小さく見え、雨宮が女子であることが暗に伝わってくる。
まだお風呂の熱が冷め止まないようで、袖を捲り、細く柔らかさそうな腕を出している。
学校で会う時は半袖なので、白い柔肌の腕は見慣れているが、お風呂上がりのおかげかほんのり桜色の染まり、きめ細かい輝く白桃色の肌になっている。
学校で見慣れた制服姿とのギャップに目を惹きつけられ、離すことが出来なかった。
くくく、予想通りダボダボだな。俺の意地悪は相変わらず素晴らしい。こんなだらしない服装を見せるなんてさぞかし嫌だろう!
意地悪の成果に満足していると、雨宮はよいしょ、と手足の袖を気にしながら移動し、俺と机を挟んで向かい側に座った。
「やっぱりこのジャージ大きいですね。こんなジャージを着れるなんてやっぱり先輩も男の人なんですね。ちょっとドキッとしちゃいました」
はにかんだように口元を緩め、あざとく上目遣いでこっちを見てくる。絡んでもろくなことにはならないのは分かっているのでスルーだ。
「あ、そう。それよりトイレ行ってくるわ」
そう言って席を立つ。
「ちょっと先輩!?『あ、そう』はないですよ!反応してください!そこはドキッとして私にときめくところでしょう!?」
そんなわざとらしいことしてドキッとするわけがないだろ。
ムッと頰を膨らませ、うがーっと両腕を上げて抗議してくる雨宮。そんな雨宮の文句の声が部屋を出る直前聞こえてきた。
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