第48話 意地悪23(約束)

「先輩、そろそろお昼休み終わっちゃいますよ…」


「ん…」


 うるさいな……。まだ眠いんだよ……。


 ゆさゆさと体を優しく揺すられ、沈んだ底からだんだんと意識が浮上してくる。


「もうちょい……」 


 まだ寝足りず聞こえてきた声に反抗するため、普段寝起きに枕にしているように、俺は顔に触れる柔らかいものに頬擦りする。


「ちょ、ちょっと、先輩!?もう!起きてください!」


 うぉ!?めっちゃ揺れる!


 さらに激しく揺すられ、意識がはっきりする。どうやら寝てしまったらしい。


「ん……。おはよう、雨宮」


 まだ寝ぼけているのか、頭の中は靄がかかったようだ。なんとか重たい頭を働かせ、口を開く。


「お、おはようございます、先輩……」


 俺の言葉にぎこちない口調で挨拶が返ってきた。目を開けると、頭上から俺の顔を覗く雨宮の顔があった。なぜか顔は真っ赤で少し目も潤んでいる。


 寝ている間に俺が何かしたのだろうか?


「顔赤いがどうかしたのか?」


「え!?嘘!?」


 俺の質問に雨宮はバッと凄い速さで両手を使って顔を隠す。そして手の指の間からちらっと目だけこっちを見てくる。


「お、覚えてないんですか……?」


「何をだ?」


「い、いえ!覚えてないならいいんです。顔赤いのは気のせいですから気にしないでください!」


 激しく首をブンブンと振り、それ以上の追求をさせてくれなかった。

 そこまで言われると気になるが、まあいいか。そんなことより……


「何分ぐらい寝てた?」


「10分ぐらいですよ。そろそろお昼休みが終わりますし、教室に戻った方がいいかもしれませんね」


「そうだな」


 10分しか寝てないのか。そりゃあ眠いわけだ。


 これではまったく雨宮の償いになってないな。寝心地は最高だったし、ここまでぐっすりと寝られたのは久しぶりだ。これなら明日以降も膝枕をさせるのはありだな……。


「膝枕気持ちよかった。明日以降も頼む」


「え、え!?明日もですか!?」


 驚いた声とともに、落ち着き始めていた頰がまた薄く朱に染まる。


「そうだ、出来ればそれ以降もだな」


「ふ、ふ〜ん?そんなに私に膝枕してほしいんですか〜?」


 どこか声の調子が上がり、頰は赤いままにやにやしながら聞いてくる。


「して欲しいと言っているだろ」


 俺がどれだけ切実に雨宮の膝枕を望んでいるか分かるよう、しばらくじっと雨宮を見つめていると


「わ、分かりましたから、そんなに見詰めるのはやめてください……」


 そう言ってプイッと俺から顔を逸らした。


「そうか、じゃあよろしくな」


 名残惜しい雨宮の膝枕を止め、体を起こす。


 よし教室に戻るとするか。


「そういえば、午後私のクラスは体育祭の話し合いなんですけど、先輩のクラスはもう話し合いしました?」


 教室へ戻る途中、雨宮がそんなことを尋ねてきた。


「いや?確か俺も今日だったはず」


「そうですか、残念です……」


 俺の返事を聞きショボンと少しだけ落ち込み、頭を下げる雨宮。


「なにがそんなに残念なんだよ?」


「え、だってもしかしたら先輩と同じ競技に参加出来るかもしれないじゃないですか?学年が違うので授業が被ることはないですし、こういう時ぐらい一緒に活動してみたかったんです!」


 頰を緩めてにこにこと嬉しそうに、そう口にする。


「でも、決まっていないようなので一緒に参加できないかもしれないですね……」


 さっきまでの笑顔が消え去り、雨宮は肩を落とした。そんな様子に言葉がついっと勝手に口から出る。


「ふん、どうせ一緒に参加しようがしまいが俺のところに来るくせに、大して変わらんだろ」


「そ、そうですよね!会いに行けばいいんですよね!ふっふっふ。先輩、たくさん会いに行きますから待っててくださいね!」


 元気が戻りパァっと笑顔がになる雨宮。俺はそれを見てほんの少しだけ安堵した。


「いや、競技にも集中しろよ」


「もちろんです!競技で活躍して先輩のことを魅了する予定なんで覚悟していてください!」


 そう言う雨宮の微笑みは、男ならもう誰でもに魅了できるほど柔らかく朗らかな笑みであった。


「そんな予定は起きないから諦めろ。嫌いな奴に魅了されるわけないだろ」


「はいはい、先輩は私のことが嫌いですもんね〜」


 にやにやしてまったく傷ついた様子がない。


 こいつ、ほんと腹立つな。嫌いって言ってるのに嬉しそうとか頭大丈夫か?


 変な雨宮の様子に心の中で悪態をつく。


「あ、教室に着きましたね。バイバイです、先輩」


「ああ、じゃあな」


 そんなことを考えているとようやく教室に着く。あざと可愛く手を振る雨宮と教室前で別れた。


「やあ、神崎くん」


 教室に入ると、もう聞き慣れた声で話しかけられる。


「なんだよ、東雲」


「華から聞いたんだけど、昼休み、雨宮さんのお弁当食べてきたんだよね?美味しかったかい?」


 何かを期待する目でこちらを見てくる。


「ああ、中々美味かったぞ。明日以降も作ってもらうことになった」


「それは一体なにがあったんだい?」


「いつも通り意地悪だよ。弁当を毎日作らせるだけであいつの睡眠時間を奪えるからな」


「あー、なるほどね」


 クスッと笑みが東雲の顔に浮かぶ。


「しかも驚くなよ?今回、雨宮に仕掛けてきた意地悪はこれだけじゃないからな?」


「そ、それは凄いね……。ほ、他に何をやったんだい?」


 プルプルと肩が震えている。


 こいつ、どうしたんだ?まあいい。


「ああ、元々雨宮が昼休みに話しかけてくるようになったから俺の睡眠時間が削られてるわけだ。だからその分の償いとして、雨宮に食べさせてもらったり、膝枕させたりしてきた」


 くくく、我ながら素晴らしい意地悪だ。1日これだけの意地悪をやるとは恐ろしすぎる!


 思わずドヤ顔が出てしまった。


「ははは、そうだね、それは凄いね。お互いに弁当を作り合って、食べさせ合って、しまいには膝枕。神崎くんはほんとうに容赦がないね」


 東雲は笑いながらそう言ってきた。


 ふっ、こんなに笑うとは俺の意地悪をよほど気に入ったらしいな。こいつも中々意地悪の才能があるようだ。


「まあな。明日からが楽しみだ」


「そうだね、ぜひまた僕に聞かせておくれよ」


「ああ、期待していてくれ」


 こうして俺と東雲は約束を交わしたのだった。

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