第44話 意地悪21(お返し)

 さて、次の意地悪は何をするかな。


 雨宮に弁当を作った次の日、登校して席に着き、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。

 それにしても眠い。やはり昨日気合を入れて弁当を作った時の疲労がまだ抜けていないようだ。

 朝だということもあり、時々眠気が襲い、うつらうつらとまぶたが落ちそうになる。


 久しぶりに感じる強い眠気に、雨宮と話し始めた頃が自然と思い浮かんできた。

 人払いも兼ねてはいたが、元々昼休みは睡眠時間に当てていたのだ。それを邪魔してくるから雨宮に意地悪を仕掛けるようになったんだよな……。


 雨宮に意地悪をするのは楽しいし構わない。だが俺は意地悪が甘かったのではないか?これまでのような間接的なことではなく、もっと直接的なことをするべきではないか?

 睡眠時間が減らされたのだからあいつの睡眠時間も削ることこそが、最もあいつに効く意地悪ではないか?


 くくく、新しい意地悪を思いついてしまった。


 雨宮に弁当を作るよう頼むのだ。そうすれば、あいつは朝早起きしなくてはならず、睡眠時間を減らさなければならなくなる。

 我ながら素晴らしい意地悪だ。俺と同じ苦しみを味わうがいい。


 雨宮、この作戦でおまえの睡眠時間を奪ってやる!


 昼休み、いつも通り雨宮はやってきた。今日は晴川は一緒ではないらしい。


「せ〜んぱい!昨日のお弁当は本当にありがとうございました!」


 ぺこりと頭を下げて礼をする雨宮。


 ついている。向こうから弁当の話題を出してくるとは。このままお礼の流れで弁当を作らせてやる!


「それで、先輩!」


「ん?どうした?」


 俺の方をじっと見つめる雨宮の頰は少し赤い。もじもじと体を動かし、どこか忙しない。


「よかったらでいいのですが……その……、お弁当のお返しに私も先輩のお弁当を作ってきましょうか?」


 緊張のせいか少し早口で聞いてきた。

 まさか、向こうから提案してくるとは思わなかった。こいつ、ドMか?自分から睡眠時間を削られにいくなんて。


「本当か!?ぜひ頼む!」


 予想外の提案に思わず食いついてしまった。


「そ、そこまで喜んでくれるのは嬉しいのですが……、先輩の料理ほど美味しくはないですよ?」


 眉をヘニャリと下げて申し訳なさそうにする雨宮。


「そんなことはどうでもいいんだよ。雨宮のが食べたいんだ」


 料理のおいしさなどはどうでもいい。雨宮が弁当を作ることが重要なのだ。


「!?せ、先輩がそこまで言うなら作ります…」


 俺の言葉が嬉しかったのか、雨宮はえへへっとはにかむ。


「ああ、頼むよ」


「ふっふっふっ。せ〜んぱい?一生懸命作って先輩の胃袋をがっちり掴んであげますから覚悟していてくださいね!」


 俺が本当に弁当を期待していてくれてることに安心したのか、悪巧みを明らかにするような口調で俺に言ってくるのだった。


 次の日、約束通り雨宮は弁当を持って教室に来た。寝不足なのか少し隈が目の下にできている。


 くくく、作戦はうまくいったようだ。


 前回と同じように屋上へと移動し、到着すると食べる準備を整える。


「せ、先輩。お弁当をどうぞ」


 顔を強張らせ、ゆっくりと鞄から弁当を取り出し、手渡してきた。


「おう、ありがとう」


 弁当に添えられた手には昨日はなかった何か所か絆創膏が貼ってあり、よほど頑張ったのだろう。


 ほんわりとした温かい気持ちに包まれる。


「…っ、弁当開けるぞ」


 湧き上がってきた妙な気持ちを誤魔化すように、急いで弁当の蓋を開ける。

 開いた弁当の中にはさまざまな具材が詰められていた。形は不揃いだがそれでも丁寧に作ろうと頑張ったのが伺える。


「じゃあ、頂きます」


 弁当の前で手を合わせて挨拶をし、目についた具材の一つをパクリと食べる。


「ど、どうですか…?」


 反応が気になるのか心配そうに上目遣いで俺の顔を覗いてくる。

 もぐもぐと食べながら雨宮の料理を味わう。


 確かに俺の料理ほど繊細に味付けはされておらず、大雑把な風味になっている。決して俺の料理より優れているとは言えない。

 だが雨宮があれだけ頑張って作った料理だ。手を怪我してまで作ってくれた料理。そこには人の温かい想いやる気持ちが詰まっており、優しい味がする。

 そんな雨宮の大切な料理が不味いわけがない。


「めっちゃ美味い」


 料理に込められた雨宮の気持ちに当てられたのか、自然と笑みが溢れる。


「……っ!?そ、それならよかったです」


 俺の表情を伺っていた雨宮は、ボワッと一瞬で赤くなり俯いてしまった。

 俯いて黙っているので、もぐもぐと貰った雨宮の弁当を食べる。


 しばらくすると、雨宮は顔を上げた。


「先輩、もうお返しは終わったと思っているでしょう?でもまだお返しは終わってないんですからね?」


 そう言って、俺の箸を奪うと俺の弁当から具材を一つ取り出し、俺の前に差し出した。


「先輩も昨日してくれたんですから、私もしてあげますね?」


 差し出した格好のままニヤニヤしながらこっちを見てくる。だがその顔は少し赤い。

 せっかくの美少女なのにその表情のせいで台無しだな。


 そんなことを思いながらパクリと食べる。

 これまでお前は俺の睡眠時間を散々削ってきたのだ。食べさせてくれるというのなら甘えてやろう。何度も食べさせてもらってお前をこき使ってやるわ!


「うん、上手いな。もう一回、よろしく」


「え!?またですか!?わ、分かりました…」


 さっきよりさらに少し赤くなり、丁寧に具材を箸で掴み、もう一度差し出す。


「もう一回、頼む」


 パクリと食べ、もう一度お願いする。


「またですか!?わ、分かりました……。食べさせるの結構恥ずかしいのですが……」


 語尾が小さくなり、最後の方を聞き取ることは出来なかった。


 そんなことを何度も繰り返すたびに雨宮の顔がますます赤くなり、弁当を食べ終わる頃には真っ赤に染まっているのだった。



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