第38話 意地悪18(弁当の誘い)

 待ちに待った昼休みがやってきた。

 こんなに昼休みが来るのが長いと感じたのは初めてだ。それだけ楽しみにしていたってことだな。


 ああ、早く来い、雨宮。


 そんな俺の気持ちが通じたのか雨宮が教室に現れる。

 ひょこっと扉から顔を出し、キョロキョロを中を見回している。そして、俺と目が合うとパァッと顔を輝かせ、とことことこっちに駆け寄ってきた。


 くっ、相変わらず行動は可愛いんだよな……。

 だがあの言動のせいでほんとうに残念な美少女だ。


「せ〜んぱい!どうしたんですか?そんな可愛そうなものを見る目で私を見て?」


「なんでもない、少し考え事をしてただけだ」


 危ない危ない。態度に出ていたみたいだ。


「そうですか。それより昨日こんなに可愛い私に告白されたんですから、先輩ほんとうは意識して内心ドキドキしているんじゃないですか?」


 いつものからかう口調だ。うん、ムカつくし腹が立つ。やっぱりこいつは嫌いだ。


「そんなわけないだろ。俺はお前が嫌いだ」


「はいはい、嫌いなんですね〜」


 嫌いと言われているはずなのにニヤニヤが止まらない雨宮。お前はドMか?


「なんだよ、その顔は?」


「別になんでもないですよ〜?もう先輩に嫌いと言われて止まる私ではありませんからね!先輩も覚悟していてください!」


 ビシッと俺を指差してキメ顔をしようとしているが頰が緩んでおり、情けない顔になっている。

 よほど昨日俺が言ったことが嬉しかったらしい。


 雨宮が笑顔になってくれたのは良かったのだが、ほんとにこの態度は腹が立つな。


「はいはい、覚悟しておくよ」


「もう!絶対本気にしてませんね!?そのうち私に会うのが楽しみで仕方なくさせてあげますから!」


 うがーっと手を上げて文句を言ってくる雨宮。だがその姿はまったく怖くない。


「そうかよ、でも今日会うのは楽しみしてたぞ?」


「へ?え?え!?」


 雨宮は気の抜けた声を出し、手を上げたまま硬直する。そしてだんだんと頰が赤く染まり始める。


「ほ、ほんとうに楽しみしてくれてたんですか!?」


 俺の言葉を確かめるためか、食い気味に顔を俺に近づけて聞いてくる。

 目の前に頰を赤く染めた雨宮の顔が迫る。


近い近い。そんな距離だと話しにくいだろ。


「本当だ。楽しみすぎて今日は昼休みがくるのをそわそわしながら待ってたくらいだからな」


 そう答えた瞬間、俺の後方で、ぶっ、と吹き出す音が聞こえてきた。


「汚な!?東雲、急にどうしたんだよ!?」


「す、すまない。なんでもないんだ…」


 そんな話が耳に届く。どうやら東雲が飲み物でも吹き出したらしい。あいつはなにをやっているんだ。

 東雲は放っておいて意識を雨宮に戻すと、


「へ、へぇ。せ、先輩がそこまで会うの楽しみにしてくれていたんですね。そんなに会いたがっていたなんて、先輩はまったく仕方ない人ですね〜」


 そんなこと言いながら、雨宮はとろけたにやけ顔を見せていた。

 言い方が腹立つがまあいい。それより本題に入ろう。


「分かった分かった。それよりお前ってお昼ごはんいつも弁当?」


「え?突然どうしたんですか?一応お弁当ですけど…」


 きょとんとして固まる。まあそういう反応になるか。


「明日雨宮の弁当作ってやろうかと思ってな。作っていいか?」


「え、先輩が弁当を作ってくれるんですか!?嬉しいです!ぜひお願いします!」


 声を上げ、飛び上がりそうなほど喜ぶ雨宮。幸せそうに笑顔を浮かべている。


「まさか、そんなに喜ぶとは思わなかった」


 くくく、喜んでられるのも今のうちだ。その笑顔を絶望の淵に叩き込んでやる!


「やっぱり、好きな人が作ってくれたものって食べてみたいじゃないですか?だから先輩のお弁当は前から食べたいって思ってたんです…」


 少しだけ顔を赤らめ、ちらっと俺に視線を向けてくる雨宮。


「っ!?」


 くっ、危ない。ほんとうにあざとい奴め。一瞬ドキリとしてしまった。だがそんなことで俺は絆されないからな。


 こんなことで動揺している場合ではない。意地悪の作戦の準備を進めなければ。


「そ、そうかよ。好きなものとかあるのか?作って入れてやるよ」


 くくく、ちゃんと微妙な味にしてからだけどな。


「えーっと、じゃあハンバーグをお願いします!」


「わかった、ハンバーグな。楽しみにしとけよ」


「はい!夢にまで見た先輩のお弁当を食べられるんですから楽しみに決まっています!友達が今日私運いいみたいだからいい事あるかもって言っていたんです。きっとこのことだったんですね!」


 目をキラキラさせて無邪気に笑う雨宮。

 その笑顔には純真無垢な柔らかさと見る人を魅了する魅力があり、俺の視線を惹きつけた。


「そんなことお前の友達言っていたのか。別にそこまでいい事ってほどでもないだろ」


「いえいえ、こんなこと早々ないです。ああ、明日が本当に楽しみです!」


 そう言って雨宮は満足気な表情を浮かべながら帰っていった。

 

 ふぅ、相変わらずあいつは元気だし、よく喋るな。


 そんなことを考えていると後ろから声をかけられる。


「やあ、神崎くん。弁当の誘い上手くいったみたいじゃないか」


「なんだ、東雲か。ああ、明日の意地悪が楽しみだ。それよりお前、さっき吹き出してただろ。何かあったのか?」


「あー、あれね。とても面白いことがあってね。思わず笑ってしまったんだよ。今思い出しても笑いがこみ上げて…」


 クスクスと肩を震わせて笑い出す東雲。


「そんなに面白いことがあったのか。俺は雨宮と話していて気付かなかったな」


「そうだね。神崎くんが気付いていたら、こんなに笑うこともなかったと思う」


「は?なんだそれ。なにがあったんだよ?」


「まあ、いいじゃないか。それより明日の意地悪は上手くいきそうかい?」


「当たり前だろ。雨宮の好みも聞き出したし、あいつ、俺の弁当前から食べたかったらしいからものすごい喜んでたよ。明日その顔がどんよりと曇るのが楽しみだ」


「あー、なるほどね。そういうことだったのか。いいね、僕も明日が楽しみだよ」


 ニヤニヤとなにかを考える東雲。

 どうやら、東雲も雨宮が落ち込むのを楽しみにしているようだ。


 くくく、協力者も得たし、これからどんどん追い詰めてやるからな。手始めに明日だ。楽しみにしとけよ雨宮。


 こうして俺は明日を楽しみするのだった。

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