第34話 被害16(プレゼント)

「結構楽しかったな」


「そ、そうですね…」


 先輩が話しかけてきますが、後ろから抱きしめられた余韻がまだ残っている私には、上手く返事をする余裕がありません。ものすごい恥ずかしかったですが、とても幸せな時間でした……。


「最後に連れて行きたい所あるんだがそこ行っていいか?


「っ!?も、もう最後なんですね……」


 幸福の余韻は一気に引き、寂しい現実を実感させられます。

 こんなに楽しかったのに、もう終わりなんですね……。とても名残惜しいです。


「ああ、次で最後だ。どうしても連れて行きたくてな」


「ど、どうしても……!?わ、分かりました」


 一体どこに連れて行くつもりなのでしょう?また、私をドキドキさせる気なのでしょうか!?


「少し山の方に行くけど大丈夫か?」


「は、はい!大丈夫です!」


「じゃあ、行くぞ」


 先輩は私の手を取り、一緒に歩き出しました。


♦︎♦︎♦︎


 山に入り、しばらく歩き続けます。両側は木が生い茂り、そのあいだあいだから見下ろすようにすると街全体の景色が見え隠れしています。


 私服で大丈夫か心配でしたが、山といっても道は綺麗に整備されているので、普段の私服で支障はなさそうです。


「せ、先輩?ま、まだですか……?」


 そこそこの距離は歩きましたがまだ進み続けているので、先輩に尋ねます。

 少し疲れが出てきて息も切れ始めました。


「ふぅ、もうちょっとだ」


 先輩の返事から数分後、とうとう林が途切れ視界がひらけました。


 眼前に広がるのは小さくなった私たちが住む街全体。遠くの建物まで一望できるほど遮るものは何もありません。

 夕日に照らされ、そんな街全体が赤く染まっています。


「わぁー!すごい!すごいです、先輩!」


「お、おい!」


 先輩が文句を言ってきますが気になりません。あまりに綺麗すぎる景色にテンションは上がり、喜びがこみ上げきます。


 私は喜びを体で表すようにぴょんぴょんと跳ね、歓声をあげながら先輩の手を引いて駆け出します。


 なんて幻想的な景色なのでしょう!初めて見ました、こんなに綺麗な景色!


「見てください、先輩!あんなに遠くまで見えますよ!」


「知ってるよ。何回も来てるからな」


「な、何回もですか!?そんなにこの場所が好きなんですね!」


「ああそうだ、ここは俺のお気に入りの場所だからな」


 ここが先輩のお気に入りの場所ですか……。そんな大事なところに連れてきてもらったんですね。もどかしいような甘さが胸の奥から込み上げてきます。


 なんて答えるべきが迷っていると私の返事を待たずに先輩がさらに案内してくれました。


「それより雨宮。あっちに行くぞ。ここの景色が一番良く見える場所なんだ」


 そう言って奥の方へ案内してくれます。


「すごいです……」


 案内された場所に着いて、私は初めて言葉を失うということを知りました。

 紅に金を混ぜた強烈な色彩が空に描かれ、夕映えの雲に日が赤々と名残をとどめています。


 さらに街全体に影が落とされ、それが一層空の色彩の鮮やかさを引き立たせ、夕日に照らされた残映がどこか儚げで、今日の終わりを告げているように感じられました。


「どうだ、雨宮?」


「綺麗です。ほんとうに…」


 先程見た景色でさえ綺麗でしたがそれをはるかに超える素晴らしい景色を前にして、私は心を震わせられました。

 こんな綺麗な場所が近くにあるなんて思いもしませんでした。

 そしてこんな大事な場所に連れて来てくれた先輩にどうしようもないほどの想いが募ります。


 景色への感動と切なく胸を締め付けるような甘い想いは涙となってこぼれ落ちます。


「お前、泣いて……」


「えへへ、あまりにも綺麗な景色だったので感動しちゃいました…」


 自然と溢れでてきた涙を私は優しく指ですくい取ります。まさか、自分が泣くとは思いませんでした。こんな顔を先輩に見せるのは少し恥ずかしいです……。


「……」


「せ、先輩?」


 どうしたのでしょう?私の方を見たまま固まっています。


「……あ、ああ、悪い、ぼーっとしてた」


「あはは、先輩山登りで疲れちゃいました?やっぱり運動しないとですね。ほら、今私をここで誘ってもいいんですよ〜?」


 誘うのには勇気がいります。やっぱりからかう口調じゃないと誘えないです……。

 今度こそ誘いにのってくれないでしょうか?


「何年経っても誘わねえよ。それよりお前、今日誕生日だろ。ほら、誕プレ」


 誘いが断られてしまいました。あまり期待はしていませんでしたが、やっぱり残念です。


 というより、え!?今なんて言いました!?


「え?え!?私にプレゼントですか!?やった!凄い嬉しいです!開けてみてもいいですか?」


 今日誘ってもらったので、もしかしたらと思っていましたがほんとうに私の誕生日だと分かって誘ってくれていたなんて!

 ああ、ものすごく嬉しいです!しかも誕生日プレゼントまで用意してくれるなんて!嬉しすぎて飛び上がりたいくらいです!


「ああ、いいぞ」


「中身は何ですかね〜?」


 どんなものでしょうか?きっと適当な食べ物あたりでしょう。でも先輩から貰えるだけで十分嬉しいです。大事な思い出です!


 自分が嫌われていることは自覚しているので、あまり中身を期待せずに開きます。

 ですがその中身を見て、驚きのあまり固まってしまいました。


「え、なんで…」


 中に入っていたのは先輩の妹さんのために私が選んだ赤色のストラップでした。


「妹の誕生日ってのは嘘だ。お前、どんなのが好きとか分からねえから…」


「そう…だったんですね。凄い嬉しいです、先輩……」


 まさか、妹さんにあげると思っていたのが私へのプレゼントだったなんて。

 わざわざ嘘をついてまで私の好みに合わせようとしてくれたなんて、とても嬉しいです。


 でも、なんで私にプレゼントなんてくれたんでしょう?少しは私のことを大事だと思ってくれたんでしょうか?嫌いならプレゼントなんてあげないはずです。


 もう先輩が何を考えているか分かりません。こんな勘違いさせるようなことをしないで欲しいです……。


 先輩が私に嫌気がさして突き放すその時を覚悟しているというのに、こんなことされたら勘違いしたくなってしまいます。

 勘違いしたところで傷つくのが自分なのは分かっているというのに。


 ほんとうに好きです、先輩。こんなに優しくされたらどんどん好きになってしまいます。

 これ以上好きになっても先輩の負担にしかならないのを分かっているのに、私は自分の気持ちを抑えられなくなってしまいます。


「まあ、喜んでくれたようで安心したよ」


 好きで溢れた自分の心は、ほんの少しでも希望を持ちたくて先輩からの好意的な言葉を欲します。どうしようなく欲してしまうのです。


 もう一度、先輩の口から「楽しみにしていた」と聞きたくてまた尋ねます。


「はい、凄い嬉しいです!本当にありがとうございます!それにしても先輩〜?このプレゼントといい、映画のチケットといい凄い楽しみにしてくれてたんですね〜?」


「そりゃそうだろ。もの凄い楽しみだったに決まってる。この日のために色々用意してきたからな」


「……え?え!?」


 顔が一瞬で赤くなるのを自覚します。


 いつものようにぶっきらぼうに一言「楽しみだった」と答えると思っていましたが、まさかそんなに頑張ってくれていたなんて思いもしませんでした…。


「この2週間、ほんとに楽しみだった。雨宮がどんな表情でどんな反応をしてくれるのか。毎日雨宮のことを考えてた」


「も、もう!もういいです、先輩!それ以上は心臓が…」


 今、そんな言葉を言わないで欲しいです。もう自分の気持ちを抑えられなくなってしまいます。

 望んだ以上の先輩の言葉に、私の胸はときめき、うるさく鼓動し始めます。


 ああ、なんで今そんなことを言うんでしょう。今日一日で溜まった好きの気持ちはもう今にも溢れそうです。


「なんだ、もういいのか。あと1時間くらい語ってやろうと思ったのだがな」


 先輩が話を止めようとする雰囲気を感じ、ホッと胸を撫で下ろします。

 これ以上は限界でした。あと少しでも、先輩が勘違いさせるようなこと言われたら……。


「まあ、俺が言いたいのは、今日雨宮と過ごせて最高だったってことだ」


「…っ!?」


 それはダメです!反則です!なんでそこで笑うんですか!?

 落ち着いた心臓が一瞬でまた激しく動き始めます。私の顔は真っ赤でしょう。


 もう無理です、先輩。ほんとうに好きです。


 一度でも抑えられなくなった好きという気持ちは留めなく胸の奥底から溢れ出していきます。


 ああ、自分ではどうしようないほど好きです。

 先輩の目が好きです。笑った顔が好きです。ぶっきらぼうに言うところも好きです。


 面倒だと分かっていながらも関わってくれるところも好きです。私をドキドキさせてくるところも好きです。


 先輩から貰った色々な好きが胸一杯に満たされます。胸一杯になってもなお、好きという気持ちは溢れ出てきて、どんどん胸が苦しくなります。


 切なく辛い痛さが胸に響きます。


 私は先輩のことが好きです。大好きです。これまで感じていた好きよりも今の好きはどんどん大きくなっています。


 ここまで好きになってしまっては今までのように接することは出来ません。


 こんなに先輩のことを好きになってしまった私はきっとこれから先、さらに図々しく先輩に関わっていくでしょう。

 先輩が私に「嫌いだ」と直接言わないことを良いことに、これまで以上に絡もうとしてしまいます。


 ですが、私は自分の気持ちを先輩に押し付けるようなことはしたくないんです。

 今でさえ、強引に先輩に絡んでいるのは自覚しています。ほんとうは先輩は人と関わりたくないと思っていることを知っています。


 これ以上そんな先輩の負担になりたくないんです。負担になりたくないならどうするべきでしょうか?


 どうするべきかは分かっています。一択しかありません。


 これまでも気付いていながら気付かぬふりをしてきた手段です。ですがもうこれしか取る手段はないんです。


 意を決した私は口を開きます。


「……せ、先輩!」


 ああ、自分の心臓が激しく動いています。今にも胸は張り裂けそうです。


 先輩に負担をかけない方法は何でしょうか?


 残念ながら私では先輩と関わること自体が先輩の負担になってしまうんです。

 そんな私が唯一先輩の負担にならない方法、それは関わりを断つことです。


 これから先、関われなくなるのを想像するだけで涙で目が潤みます。

 ですが、これしか私が先輩にしてあげられることはないんです。


 もともと突き放す言葉を先輩に言われたら離れるつもりでいたんです。それなら自分で関係を断つのも同じです。

 

そして関係を断つ最も簡単な方法は、告白することです。

 告白して振られれば、私は少なくとも先輩に近づこうとは思えなくなるでしょう。例えどんなに先輩のことが好きでいても。振られると分かっていて告白するなんて嫌です。辛いです。悲しすぎます。

 それでも告白したいんです。先輩にこれ以上迷惑をかけないために。


 ばいばいです、先輩。


 この告白は先輩への別れを告げる告白なんです。


「……私、先輩のことが好きです」

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