第30話 被害14(あーん)
未だに治らない心臓の激しい鼓動のまま、私は先輩に連れられて映画館から出ました。
先輩の触れていた場所がまだ熱いです。
緊張とドキドキで後半映画の内容を全く覚えていません。ひたすら隣の先輩のことだけ意識していました。
はぁ、先輩からすごくいい匂いがしました……。
まだ映画を見ている先輩のあのカッコいい横顔を覚えています……。
「おい、雨宮」
「……ひゃ、ひゃい!何でしょう先輩!?」
まだ映画での先輩に抱かれた記憶から抜けだせず、ぼぅとしていると先輩から肩を叩かれました。
先輩を意識しすぎているあまり、触られただけで変な声が出てしまいました。
「なんだ、聞いてなかったのかよ、映画面白かったか?」
「え、映画ですね!えっと…。あっ!あの爆発のシーンとか死んでいる人がゾンビとして復活するシーンとかは良かったですね!」
先輩のせいで後半まったく覚えていません……。しかも、くっついた時のインパクトが強すぎて前半ですらあやふやです。
なんとか前半部分を思い出して答えました。
映画はあまり見れませんでしたがその分先輩の近くにいられたので満足です!
「よし、雨宮。そろそろいい時間だし、お昼にするか」
「そうですね!どこ行くんですか?」
「ああ、一応△△△ってところなんだが、そこでいいか?」
「すごい!要予約のお店ですよね!?まさか予約までしてくれていたなんて…」
「まあな」
「ふーん。それにしても先輩〜?予約してくれるなんてそんなに今日私と出かけるの楽しみにしてくれていたんですね〜?」
またからかう口調で言ってしまいました。どうしても素直に言えません。
先輩が私と出かけるの楽しみにしていたなんて有り得ないのに、素直に言うのは気が引けてしまいます……。
楽しみにしてくれる日なんて来た日にはどれほど嬉しいことか。
「ああ、楽しみにしてたぞ。それより早く店行くぞ」
「え?え!?えー!?」
い、今なんて言いました!?楽しみにしてたって言いましたよね!?
そんな!信じられません!もう嬉しすぎて顔がにやけてしまいそうです。
ふふふ、先輩が私と会うの楽しみにしてくれてたなんて……。
ああ、どんなに抑えても頰が緩んでしまいます!
まさか期待していた言葉を言われるなんて思いもしませんでした。
また心臓がドキッとなりました。
まったく、先輩は私をドキドキさせすぎです!
「何そんなに赤くなってんだよ。早く行くぞ」
立ち止まっていた私の手を取り、先輩は歩き出しました。
ちょ、ちょっと!?そんなに自然に手を繋がないでください!
私は繋がれるたびにドギマギしているというのに……。
あまりに自然に手を繋がれまったく反応できないまま、先輩に連れられて店まで向かいます。
無事到着し、中に入ると店員さんに席へ案内されました。
「先輩!噂に聞いたとおり、凄いお洒落な店ですね!」
本当におしゃれなところです。至る所に散りばめられた装飾品が落ち着いた雰囲気を醸し出しながらも煌びやかさを失わせていません。
こんなステキな場所を予約してくれた先輩には感謝しかありません。
「お、おう、そうだな」
「あ、先輩!メニューありましたよ。どれにしますか?」
周りの雰囲気に気を取られてすっかり忘れていました。
「お前が先に見ろよ」
「ありがとうございます!」
ふふふ、そういうさりげなく優しくしてくるところ好きです!
先輩の優しさに胸が温かくなるのを感じながらメニューを眺めます。
どれにしましょう。どのメニューも美味しそうです!こんなに美味しそうだと悩んでしまいます。
これがいいでしょうか?いえ、こちらのも美味しそうです。
どれにするか悩んでいると先輩から声をかけられました。
「何と何で悩んでいるんだ?」
「えーと、これとこれのどちらにするか迷っているんです」
「じゃあ、両方頼もう。片方は俺が食べるから。少し分けてやるよ」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
先輩が優しすぎます!嬉しすぎて満面の笑みで感謝を述べてしまいました。
注文し終え、しばらく待っていると料理が運ばれてきました。
私が頼んだのはほうれん草のクリームパスタで、先輩が頼んだのはきのことベーコンの和風パスタです。
「わあ!!」
見るからに美味しそうな料理を前にして思わず歓声を上げてしまいました。
早く食べたいです。待ちきれません!
「先輩!早く食べましょう!」
「わかったわかった」
「「いただきます」」
私はクルクルとフォークを使い一口サイズにパスタをまとめると、口に入れます。
口の中で旨味がじゅわりと広がり、クリームのこくとほのかな野菜の甘みが絡み合い、筆舌しがたい柔らかい味がします。
「んーー!!先輩、凄い美味しいですよ!」
こんなに美味しいの食べたことありません!心いっぱい幸せが満たされます。
ああ、もうなんて美味しいのでしょう。
「随分美味しそうに食べるな」
「それは料理が美味しいからですよ!」
「そうか。こっちのパスタも食べるか?」
「あ、そうでした!パスタが美味しすぎてすっかり忘れてました」
せっかく先輩が提案してくれたんです。無駄にするわけにはいきません。きっと先輩の方のパスタも美味しいでしょう。食べないわけにはいきません!
「まったく、あんなに悩んでたのに忘れるなよ。ほら、やるよ」
「え?せ、先輩!?」
自分で食べるつもりでしたが、先輩がフォークにパスタを巻きつけこちらに突き出してきました。
こ、これってあーんというものですよね!?
え、え!?これは食べていいんでしょうか!?
周りからの視線が気になります。恥ずかしいですが、せっかく先輩からあーんしてもらえる機会です。
これを逃したらもう来ないかもしれません……。
食べるべきか迷っていると先輩が急かしてきます。
「どうした?食べないのか?」
「た、食べます!」
も、もう知りません!あとで噂になっても知りませんからね!?先輩のせいですから!
半ばやけくそになりながら羞恥心を抑え、おそるおそる先輩のフォークを咥えてパスタを抜き取ります。
は、恥ずかしすぎます!でも恋人っぽいことに喜んでいる私がいるので何も言えません……。
「どうだ、美味しいか?」
「え、えっと……よく、わからなかったです……」
わかるわけないじゃないですか!?こんな人の目がある前で羞恥にかられて味なんて気にしていられません。
「なんだよ、分からなかったのか。じゃあもう一回食べるか?」
「い、いえ!もう大丈夫です!これ以上は流石に限界です…」
もう無理です!2回目なんかやったら心臓が持ちません!
せっかく落ち着いてきていたのにまたドキドキし始めてしまいました。ほんとうに先輩は私をドキドキさせすぎです。
こうしてあーんのせいで味がわからないまま昼ごはんを終えたのでした。
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