第27話 意地悪13(映画館)
「ほら、着いたぞ、雨宮」
結局、俯いて黙ったままついてきた雨宮に声を掛ける。
「え!?」
雨宮は俺の声に反応し驚いた声を上げ、頭を起こしてキョロキョロと辺りを見回している
まだその顔は薄く赤みがかかっていた。
「映画館ですか?」
「そうだぞ」
ここが次の作戦の舞台だ。怒らせることに成功したのだ。ここでさらに追い討ちをかける!
「は!?もしや!?」
なにやら気づいたようでニヤニヤしながらこっちを見てくる。嫌な気しかしない。
「なんだよ」
「先輩〜、暗闇にこんな美少女を連れ込んで何する気ですか〜?いちゃいちゃしたいならそう言ってくれればいいのに〜」
やれやれ、思った通りか。
「何もしねえよ。そんなこと言うなら別なところ行くぞ」
「ちょ、ちょっと、先輩!?冗談ですからーー!!映画館行きましょうよ!いえ、ぜひ行かせて下さい!」
俺が帰ろうとするので繋いだ手を引っ張り引き止めてくる。
まったく、毎回同じことやられてるんだから、そういうこと言わなければいいのに。
こいつはアホなのか?
「分かったから、引っ張るな。早く入るぞ」
「はい、先輩!」
承諾してくれたことが嬉しかったのか声を弾ませて返事をしてきた。
こうして俺たちは中へ入っていった。
「今回はどの映画を見るんですか?」
チケットは予約済みなので、時間が来るまで待合室らしき場所の椅子に座って待つ。
「ああ、○○○って題名なんだが、知ってるか?」
「それ、結構今話題になってる映画ですよね!まだ見たことなかったので楽しみです!」
ふぅ、どうやら唯一の懸念事項は大丈夫だったようだ。流石に1度見ていたら意味がないからな。
最初は誕生日前に聞いておくか悩んだが、俺の話を聞いて、もし興味を持って内容を調べられたら困るので聞くのは止めることにしていたのだ。
くくく、賭けに勝った。やはり今日は神が味方をしてくれている!
今回見る映画は基本的にはアクション映画だ。だがこの映画がただのアクション映画ではないところが1つある。
それは脅かすようなシーンが何回もあるのだ。ネットでそのように書かれており、直接見に行って検証済みだ。抜かりはない。
これで雨宮は無様な悲鳴をあげ、驚くに違いない。しかもそんな情けない姿を俺に見られるのだ。これほど屈辱的なことはないだろう。
ああ、これほど映画が楽しみだったことはない。早くはじまれ。
「先輩はどういう系の映画が好きなんですか?」
「俺はアクションは好きだぞ。雨宮は?」
「私はもちろん、恋愛映画です!見ていてきゅんきゅんします!」
「きゅんきゅんか…。よくあるのは壁ドンとか頭撫で撫でとかか?あとはナンパから助けてもらうとかもありがちだよな」
「……!?そうです!そうなんです!ああいうのは本当にきゅんきゅんします!きゅんきゅんしすぎるとですね、胸が苦しくなるんですよ……。こう、ぎゅっと掴まれてる感じですかね」
お、おう。やけに具体的な感想だな。
「もうあれがたまらないくらいに苦しいんですけど、それが嫌じゃなくて、胸が内からじんわり暖かくなるような幸せな気分になるんです。」
胸の前で手を組んでそう言葉をこぼす雨宮の顔は、殴ってきた時と同じように上気して赤くなっていた。
その姿がやけに印象的だった。
脳に焼き付いた雨宮の姿を振り払うように言葉を返す。
「…。ま、まあ、ああいうのは現実じゃありえないけどな。あんなことする人なんてそうそういないだろ」
「そうですね、ほとんどの人はしてくれないですね…」
そう言って雨宮は頰を朱に染めながら、熱のこもった目でこっちを見つめてくるのだった。それからしばらくして放送が入る。
『本日11時予定の映画○○○の放映は3番です』
どうやら開いたようなので中へと移動する。
「…え!?ちょ、ちょっと!?先輩!?」
中に入った俺たちは指定のシートのところへ移動したのだか、そのシートを前に雨宮が声を上げた。
「どうした?ただのプレミアムシートだぞ?早く座れ」
雨宮の肩を掴み、強引に座らせる。
プレミアムシート。通常のチケット代に追加でシート代がかかるため割高だ。
だがその分見る位置がよく、映画の迫力が上がる。さらにこのシートは2人用に作られているので間に肘おきがなく2人の距離感が近くなる。
くくく、まさに今回の作戦のためにあるようなシートではないか!
俺は初めてこれを見つけた時そう思った。迫力が上がればそれだけ悲鳴をあげる確率も高まる。
さらに2人の距離感が近くなるということはそれだけ至近距離で無様な姿を見せるということ。
ああ、素晴らしきかなプレミアムシート。見つけた瞬間速攻予約したのだった。
座ってみて改めてプレミアムシートの良さを噛み締めていると雨宮がチラチラとこっちに視線を向けてくる。多分、なぜこのシートにしたのか理由が知りたいのだろう。
「こっちの方が見やすいしいいだろ」
「そ、そういうことですか。わざわざありがとうございます。ますます映画が楽しみになってきました」
俺の言葉にホッと安心したように顔を緩める。
くくく、わざわざ礼まで言いおって。今に見ていろ。映画が始まればお前の顔が屈辱で歪むのが目に浮かぶわ!
こうして待ちに待った映画が始まったのだった。
「きゃっ!」
順調に意地悪は進んでいる。先程から何回も悲鳴をあげ、見事に俺の策にはまっている。
ただ予想外だったのは、あまりこちらに意識を割いていないことだ。
時々ちらりとはこちらを見てくるが、目が合うとすぐに目を逸らして映画に集中し出す。
確かに俺の視線を意識して屈辱を感じてはいるようだがこの程度ではまだ軽い。
そこで俺はこれを打開するために新たな策を思いついた。
「おい、雨宮、怖いんだろ?こっちに来いよ」
映画館の中なので他の人の迷惑にならないよう雨宮の耳元で囁く。さりげなく煽るのも忘れない。
「……っ!?!?ちょっと、先輩!?」
言われた瞬間耳元を勢いよく手で押さえ、暗闇の中でも分かるほど顔を真っ赤にし、驚いたように目を大きくしてこっちを向く。
くくく、ビビっているのがバレて屈辱を感じているな。だがもっと追い討ちをかけてやろう。
「いいから、こっち来い」
「せ、先輩!?顔がちか…。手も…」
何か文句を言っているがそんなものは聞かない。今日は意地悪に徹するのだ。
雨宮の肩に手をかけ抱き寄せ、頭を俺の肩に預けさせる。
くくく、これだけの至近距離ならばお前がビビっていることを誤魔化せないぞ。さあ、その無様な姿を晒して、屈辱に顔を歪めるがいい!
雨宮の顔はさっきからずっと赤く染まったままだ。内心、屈辱と怒りで煮えたぎっているに違いない。
このまま、映画の終わりまで屈辱を与え続けてやるわ!
こうして俺の映画での意地悪は大成功を収めたのだった。
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