第25話 意地悪12(手繋ぎ)

(やったぞ!とうとう雨宮を怒らせることに成功した!)


 これまでも何回かは怒っていると思われる時はあったが、なかなかそれを前面には出してこなかった。

 だが今回、とうとう我慢の限界を迎えたのか手を出してきた。しかも、『意地悪』とまで罵倒してくるとは。


 雨宮、お前は俺を責めたつもりだろうが、俺にとってそれはご褒美だ。もっと罵倒してこい。


 くくく、それにしてもすべり出しは順調だ。どんどん意地悪を重ねていくとしよう。


「おい、雨宮、もういいか?」


 俺の胸に頭を預けている雨宮に、声をかけつつ肩を掴んでこっちを向かせようとする。


 しかし抵抗するように胸に頭を擦り付け、


「……もう少しこのままでお願いします…」


 と甘えるような柔らかい声で言ってきたので仕方なくそのままにして待つ。

 少し放置していると、もぞもぞと動き出し、とうとう顔を起こした。


 パッチリと雨宮と目が合う。


 雨宮の顔はどうやらまだ火照った顔が冷め止まないようで、ほんのりとピンクに染まっていた。

 気まずそうに視線を下の方でうろうろ彷徨わせた後、もう一度俺と目を合わせ、えへへ、とはにかんで笑いかけてきた。


「もういいのか?」


「はい、もう大丈夫です!」


 そう答えて俺から離れ服装を整え直す雨宮。さっきまで意地悪をすることに気を取られていた俺は、ここで初めて雨宮の私服姿を見て、おもわず息を呑んだ。


 まず目に入ったのは雪のような純白のワンピース。丈は膝下まであり、雨宮が動くたびゆらゆらとその白い布が光を反射しきらめく。

 胸元が少しだけ開いており、普段制服で隠されているシルクのように白い肌がチラチラと見え隠れしている。


 真っ白では地味に思われるかもしれないがさすが美少女、ただのシンプルな姿でも上手に着こなしている。むしろシンプルだからこそ、雨宮の女性としての魅力が引き立てられている。

 手にはピンクのハンドバッグを持っており、派手ではない程度に主張している。


 そして、見慣れた髪を下ろした姿だが、その髪には目を引くような真紅のリボンが丁寧に編み込まれ、いいアクセントとなっており無意識に顔に視線が惹きつけられる。


 誘導された視線は服を整え終えた雨宮とバッチリ目が合う。俺と目が合うとその口元がニヤリと歪んだ。


「そんなに固まってどうしたんですか、先輩〜?こんな美少女にくっつかれてドキドキしちゃいましたか〜?」


 ニヤニヤしながら俺を覗き込むように下から見てくる。

 その態度でさっきまでの雰囲気は一気に霧散し、いつもよく知った雨宮に戻ってしまった。


 ほんと、せっかく美少女が台無しだ。宝の持ち腐れにもほどがある。思わず内心でため息をついた。


「しねえよ。しかもくっつくと言っても頭だけだろ」


「もう!それがどれだけ貴重なこと分かっていませんね!?こんな可愛い私と触れ合えたんですよ?後からお願いしても、もうやってあげませんから!」


「そんなことをお願いすることなんか一生こねえよ。」


「もう、いいですーー!ほら、それより私を見て何か言うことはないんですか?何かありますよね?ね?」


 両腕を胸の前で広げ、自分を見せるようにする雨宮。その目はキラキラ輝き期待に満ちているが、そんな期待した目で見られても困る。


「知らねえよ。何を言えばいいんだよ」


「もう!私の服を褒めてくださいよー!もの凄い悩んだんですよ?こんなに頑張ったんですからそのぐらいの労いはあってもいいと思うんです」


 なるほど、そういうことか。確かに雨宮の服は非常に本人に似合っている。あの髪の編み込みもかなり手の込んだものだろう。

 それを考えるのなら、褒めてやるのが礼儀というものかもしれない。そう思い雨宮をちらっと見て、俺は褒める気を失った。


  いかにも褒めて下さいという期待に満ちた顔、しかもあの顔は絶対褒めたらめちゃくちゃ絡んでくるやつだ。


 はぁ、面倒くさい。


 それが分かっていて褒めてやるほどお人好しではない。


「はいはい、似合ってるよー。その編み込みもよく出来てる」


「もうーー!!全然褒めてないですよー!」


 雨宮は、うがーっと手を上げて文句を言ってきた。頰を膨らませ不満げにこっちを睨んでくるが、全く怖くない。


 機嫌をとるのも面倒なのでとっとと動くとしよう。それに計画も少し遅れが出てきてる。


「はいはい、それよりもう次の予定が詰まってるからそろそろ行くぞ」


「え、そうだったんですか?早く行きましょう!」


「ああ」


(くくく、油断しているな、雨宮。くらえ、俺の意地悪を!計画の作戦その1、早速実行だ!)


 歩き出すと同時に俺は雨宮の手を握ってやる。


「え!?ちょっと、先輩!?手を繋いでますよ!?」


 くくく、手を繋がれて狼狽えているな。


 こうやって今日1日の間、手をずっと繋いでやるのだ。そうすれば今日1日雨宮は片手を自由に使えず、もう片方の手もハンドバッグを持っているので何も出来ない。


 お前の右手は今日一日封印だ。さあ、もっと困るがいい。


「なんだよ、ダメなのかよ。まあ、ダメって言っても繋ぐけどな。今日一日ずっとな」


思わず笑みが溢れてしまう。


「………ダメじゃない…です…。」


 小さくそれだけ言うと、うなじを朱に染めてうつむいたままになってしまった。


 くくく、手繋ぎが想像以上に効いているな。今日一日繋いでいるだけで雨宮へのダメージは計り知れないな。一日終わった時が楽しみだ。


「先輩のその笑顔は反則です…」


 今日終わった後のことを考えていた俺は、その楽しみのあまり雨宮が俯きながら零したその言葉に気付くことはなかった。

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