第19話 意地悪9(頭撫で)

 外は快晴で、窓からのそよ風が実に心地よい。ぽかぽかと程よい温もりに包まれて、これなら最高の眠りが出来そうだ。ふぁー、あまりの気持ちよさに思わず欠伸が出てしまう。さて、寝るとするか。


 腕を枕にして俺は眠りについた。いや、眠りにつこうとした。だがやはりいつも通り、俺の天敵雨宮が起こしに来やがった。


「ちょっと、先輩!なに勝手に寝ようとしてるんですか?こんなに可愛い私が会いに来たんですからお話しましょうよ〜」


 聞き慣れた高めの声で話しかけてくる。くっ、だがそんなことで俺は起きんぞ。今日のコンディションは、寝るという観点で最高なのだ。この機を逃すわけにはいかない。


「ちょっと、先輩〜!!」


 意地でも寝ようと突っ伏し続けるが、雨宮はそんな俺の肩をゆさゆさと揺らしてくる。寝るに寝られず、とうとう根負けする。


「おい、雨宮!俺は寝たいんだ…よ…?」


 一言文句言ってやろうと顔を上げると、そこには見慣れた雨宮の姿があった。しかしどこか違和感が漂う。いつもよりなんというか女性としての魅力が強い。

 なぜそんなことを感じてしまうのか、その違和感を探そうとジーッと雨宮の頭のてっぺんから足の先まで観察する。観察に集中していくと、どんどん俺の周りから音が消え去っていく。


「せ、先輩?は!?もしや、この完璧なスタイルの良さに見惚れてしまいましたか?先輩も男ですね〜?」


 ニヤリとからかう表情でこっちを見てくる雨宮。


「……」


「せ、先輩?」


 反応しない俺に先程の余裕そうな顔をなくし、不安そうに上目遣いで再度尋ねてくる。


「……」


「み、見過ぎじゃないですか?さ、さすがにそんなに見られると恥ずかしいです…。」


 完全に余裕を失った雨宮は体を手で隠すようにしながら、俯き加減に視線をそらす。残念ながら雨宮の零した言葉は虚しく空中に消え去った。


「そうか!髪か!あ、悪い、全然話を聞いていなかった。ん?どうかしたか?」


 観察に集中しすぎていたらしい。違和感の正体に気付いたことで意識を取り戻す。なぜか紅葉よりも顔を赤くし、プルプル身体を震わせている雨宮と目が合う。


「も、もう!!なんなんですか!?そんなにじっとこっちを見てきて!?そりゃあ、先輩になら見られて悪い気分にはなりませんけど…。それでも限度ってものが…」


 俺に見られ続けたのを思い出したのか、ますます肌を赤く染め、だんだんと声が小さくなっていく。とりあえず、ガン見していたことに文句を言いたかったらしい。


「じっと見続けたことについては謝る。雨宮の姿を見たときにどうしても違和感を感じてな。その違和感がなんなのか探していたんだ」


 謝ってからふと俺は思い出した。女性は男性からの視線を不快に感じることに。雨宮は悪い気分にはならないと言ったが恐らく俺の気を使ったのだろう。


 くくく、どうやら俺は無意識のうちに雨宮に意地悪をしていたようだ。俺の意地悪も板についてきたな。


「違和感?ですか?」


「ああ、雨宮、髪にパーマかけただろ?」


 以前は髪を下ろしているときは内巻きに軽く巻いてあるだけだったが、今はゆるふわのウェーブを描いており、より女の子らしい雰囲気を醸し出している。


「…っ!?そうなんですよ!よく気がつきましたね!さすが私のことを毎日観察してるだけのことはありますね!」


 俺の言葉を聞くとパッと顔を輝かせ、得意そうに胸をそらせる。危ねえ。思わず強調された雨宮の胸に視線がいきそうになるのを堪える。


「そこまで毎回じっくりお前のこと見たことねえよ。」


「え〜?本当ですか〜?」


 余程気付いてもらえたのが嬉しかったのか、声を弾ませいつも以上に絡んでくる。ほんと雨宮の絡みはだるいな。はあ、早く嫌われたい。ため息をつきつつ、先程思いついた意地悪のため、声をかける。


「それにしても、ほんとに似合ってるな。いつも以上に雨宮の魅力が出てる。」


「へ!?え!?そ、そうでしょう。そうでしょう。美少女の私が似合わないわけがありません!」


 よくある雨宮の自分自慢。普段の時と同じように得意げに言っているがいつもと違ってその顔が赤い。


「ああ、やっぱり髪がサラサラだからより魅力的に映るんだろうな。触るぞ?」


「ちょ、ちょっと!?先輩!?」


 美少女にあるまじき素っ頓狂な声を上げているが、そんなものは無視して雨宮の頭に手を置く。おお!これは凄いな。触れた瞬間に分かる雨宮の髪の触り心地の良さ。手を置いていると頭皮の体温がじんわりと伝わってくる。

 ゆっくり動かせばサラサラと指の間を髪の毛がすり抜け一切の抵抗がない。ツヤツヤと輝く髪が手を動かすたびに生きているようにきらめく。

 

 ちらっと雨宮に視線を送ると、首元からうなじまで赤く染め上げ、俯いている姿が目に入る。目をぎゅっと閉じ、肩をすぼませて手を胸の前で組みながら硬直している。撫でれば撫でるほど雨宮の顔は赤くなっていく。


 くくく、俺の作戦は順調のようだな。想定以上に雨宮の抵抗がなくて作戦が捗るぜ。こうやって撫でるたびにせっかく整えていた髪がボサボサに乱れていくのだ。撫で終わって雨宮が鏡を見たときにショックを受けるに違いない。


 それにしても本当に撫で心地がいいな。これならまた別な機会にやるのも悪くない。そんなことを考えながら撫で続ける。

 しばらく雨宮は大人しく撫でられていたが、とうとう我慢の限界が来たのか口を開く。


「せ、先輩?まだ続けるんですか?これ以上は…」


 かつてないほど赤くなった顔で上目遣いに、ちらっと視線を送ってくる。

 これ以上は髪がボサボサになってしまうから勘弁してほしいってか?誰がお前の言うことを聞くものか。もっと苦しむがいい。さあ、ボサボサの情けない姿を俺に晒せ!


「ダメだ。まだ俺が満足していない。」


 有無を言わせないよう多少強めに言い放つ。


「も、もう!仕方ない人ですね〜。先輩がそう言うなら撫でられてあげます」


 文句を言いつつも承諾したようだ。俺の言葉に甘いとろけるような声で返事すると、緊張が解けたのか肩の力を抜く。そして顔を赤くしながらも、心地良さそうに目を細め、にへらと緩んだ笑みを浮かべながら、いつまでも俺に撫でられ続けるのだった。

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