第十四話 グラドの死闘(Ⅱ)~自己犠牲
襲いかかった二人の刺客からの攻撃をナユタが防いでくれた後、ルーミスは体勢を整えるべく数mの距離を取って攻撃の隙を伺っていた。
その正面へ、セフィスからルーミスの殺害を指示されたシャザーが、苦痛に貌を歪めながらも両手の鉤爪を構えて立ちはだかる。
「“背教者”ルーミス・サリナス……。先程はおまえの力を見誤り……、完全に油断したことは認めてやる。見事な投げ技だったよ……。
肋骨を完全にやられ、その内側からも……引き裂かれんばかりの激痛……よくもやってくれたな……。その貌も身体も、臓腑までもこの鉤爪で肉塊になるまでズタズタにしてやる……!」
「それは恐ろしいな。だがオマエ、“背教者”を相手にするのは初めてなんだろう? 油断してたのかもしれんが、それにしても法力に対する知識が浅すぎると見たが?」
「立会いは初めてだが、知識は十分だ。現におまえがおれの腕をとったとき、血破孔から法力を打てたか? 法力も魔力。
云うが早いか、シャザーの姿は瞬時に消え――ルーミスの右後方に出現した!
「なっ……!!」
即座に反応し、襲いかかる鉤爪の攻撃を右肘でブロックするルーミス。と、同時にそれを予期していたかのごとく左回りに素早く身体を回転させ、ルーミスの背後にするりと回るシャザー。
「ぬぐうぅう!!!」
背後から突きを狙うシャザーに対し、瞬間的に10cmほど腰を落とし、次いでそのバネを開放して肩から背中にかけてを浴びせるように爪を掻い潜って突き当て、彼の身体を吹き飛ばすルーミス。
2m以上後方に吹き飛び、ダメージによろめきながらも倒れず踏みとどまるシャザー。
同時にルーミスの肩の、捌ききれなかった鉤爪による裂傷から鮮血が吹き上がる。
一進一退の攻防だ。確かにルーミスの体術はシャザーのそれを上回ってはいないが、かといって遅れを取っている訳ではない。ルーミスはこれまでの実戦で着実に力をつけ、サタナエル副将を相手取れるまでに成長しているのだ。
全くの互角だ。互いが互いの攻撃を躱し、互いに少しずつ相手を削り取る消耗戦の様相だ。
しかしながら――
ルーミスが現在シャザーと互角に立ち会っているのは彼本来の身体能力によるものではなく、血破孔打ちの肉体活性化によるものだからだ。
この効果は、あと5分とはもたず切れ、しばらくは血破孔打ちを使用することはできない。14歳相応の少年の肉体では、人間離れしたこの敵の血破孔に法力を届かせることは叶わない。
その前に決着をつけ、より強大な敵を迎え撃っているナユタに加勢しなければならないのだ。
今回ばかりは流石のナユタも、あまりに相性が悪すぎる相手だ。
(こんな時……ハーミアの伝説にある、“血破孔開放”が使えていたらな……。
このままではマズイ。どうする……? いったいどうしたら……)
*
「どうしたのですか……ナユタ? 後ずさってばかりで。先程までの勢いは一体どこへ行ったのです?」
油断なく構えを崩さないまま少し貌を上げ、見下す口調で挑発するセフィス。
ナユタも内面の動揺を隠し、涼しい表情を保ってはいるが、打開策のない今攻め込むことはできず後ろに下がるしかない。
「あんたセフィス……だっけ? あたしほどじゃあないが、仲々に艶っぽいいい女だよねえ。
あの昔から性欲を持て余してるらしい変態親父が
あえて、揺さぶりをかけるために下品で挑発的な言葉を投げかけるナユタ。
しかし――セフィスはそれを聞いて眉一つ動かすことなく、涼しい貌、涼しい口調で云い放った。
「ええ……そうですわ。私あの方、ロブ=ハルス様の
ナユタは心の中で歯ぎしりした。とことん、やりにくい相手だ。自分のプライドが傷つくとか、恩人を侮辱された怒りによって心が揺らぐといった様子が微塵もない。心理戦が全く通用しない鉄の如き冷静さ。
大体、云っているナユタも良く分かっているが、情婦なのが事実としてもこの女が自分の身体を利用して副将に召し上げられたなどということは無かろう。目にした圧倒的な実力が物語っている。その絶大な自信が、冷静さを生み出しているのか。
「そうかい……そいつは結構なことだ。もしもあんたが死んだら、
ナユタは意を決し、攻めに転じた。
両手のダガーを勢い良く地に突き刺し、魔導を発動する。
「
半径3mもの弧を縦に描く放射線状の鋭い火焔の帯が、数本同時にナユタを中心として放出される。同時に、地から発される火焔によって焦げた芝の、燻された匂いが周囲に充満する。
これに対しセフィスと、その隣に共闘を命じられ控えていたラドラムという男は、別々の方向へ避けざるを得ず、左右に分断された。
これを上目遣いに素早く見極めたナユタは、一気にセフィスに対し間合いを詰めようとする。
が――。左側面へ攻撃をかわし、ナユタの視界から外れていたラドラムが、すでに彼女の背後に回っていた! 恐るべき、“
「ラドラム! そのまま、ナユタが背負っている袋を切り裂きなさい。
分かっていますのよ。あなたの爆炎魔導を支援する魔導生物が、その中に潜んでいるということは!」
「……ランスロット!!」
ランスロットの存在を知っていたセフィス。その命により、ラドラムが手甲剣を突き出し襲いかかる先の背負袋の中に潜む従僕に、叫び声で警告を上げるナユタ。
その瞬間、背負袋の外に突如大量の雪の結晶が現れ――形成された刃渡り1mの鋭利な氷の刃が放出される。
すでに直前の間合いまで迫っていたラドラムはこれをかわすことはできず――。為す術なくその貌から真っ直ぐに頭部を貫かれる!
「ラドラム!? 何ですって――氷の剣?」
セフィスがラドラム間の名を叫ぶ。それに答えることはできず、彼は破壊された貌と後頭部から噴水のごとき血を吹き出させ、仰向けに地に倒れていった。
ナユタは、安堵の表情を浮かべ、云った。
「危なかった。どうやらまだ、ランスロットの能力は酸素操作魔導、以外――あんたらにバレてなかったようだね!
両のダガーから、再度の高密度火焔の円盤を発生させ、3mほどまで間合いを詰めたセフィスに向けて放つナユタ。
先程よりも近い間合いで、一個でなく二個同時に左右方向からぶつける必殺の攻撃。
ナユタはあわよくば勝利を願ったが――それは容易く断ち切られた。
セフィスは、両手の刃に纏わせた
まるで魔女を祭り上げる祭壇のごとく両側に高い火柱を従え、爆風により白い髪をたなびかせた不吉なセフィスの姿を前に、貌を青ざめさせるナユタ。
その隙を逃さず――。セフィスは即座に攻めに転じ、左手の刃を突き出したまま視認できぬ神速の踏み込みでナユタの左側を通り抜ける!
ナユタの背後――5mまで移動し背を向けたたセフィスの背後で――ナユタのダガーを構えた左腕、手首から肩の付け根にかけてがバックリと切り裂かれ、血の噴水を噴き上げた。
「
「フッ……なんとか反応したようですけれど、その程度の動きでは私の斬撃はかわしきれはしない。
私も手を焼いたとはいえ、一度見て受けた技など二度と通用はしませんのよ。
私達も知らなかったそのリスの能力も使い、我がギルドの兵を二人も斃したことは褒めて差し上げますけれど――。闘いの結果に変わりはなくてよ。あなたが敗北し、ここで死ぬという結果にね」
「ぐっ……」
ナユタは、力なく呻いた。強力な
*
ルーミスとシャザーの、打撃と投げの打ち合いが飛び交う肉弾戦は、すでに十手を過ぎているところだった。
血破孔打ちの効果により、消耗もせずに互角の勝負を継続するルーミスだが、時間の制限は間近に迫っていた。
戦闘の最中、自分たちに不利な現状を打破するすべを探っていたルーミス。
策としては下策と云うしかないが――ある一つの策を彼は選択した。
決意に双眸を光らせると、まずシャザーに向けて挑発を行う。
「そういえば……オマエが想いを寄せているレーヴァテインという女にはこの前連峰のダーレイ山で会ったが、“魔人”に見初められて副将になり、親衛隊に抜擢されたと云っていたぞ。
ますますオマエの手が届かない存在になり、下手をすれば“魔人”の女になってしまうんじゃないのか!?」
「……殺すぞ、おまえ……! 云われなくても分かってる! もはやあの方は頂点に属する存在……。だが誰より――他の誰よりあの方を想い恋い焦がれるおれの情念は、必ずやあの方に届くのだっ――!」
一気に目を血走らせ、狂気をはらんだ表情で右手鉤爪の一撃を放つシャザー。明らかにこれまでよりも前のめりになった攻撃には、僅かながら隙が生まれていた。
「……
瞬時に左手で右手首をつかんだルーミスが血破孔に法力を流し込むと、すでに血破孔打ちで筋肉の塊になっている右手首より上の指先までが、より過剰に浮き上がった血管で赤黒く染まる。
そのまま、突き出されたシャザーの右手首を己のその追加強化した右手で掴み、渾身の握力で握り込む。
すると、グシャッ、と果実が落ちて潰れるような嫌な音が響き渡り――骨まで寸断されたシャザーの右手は、その鉤爪とともに腕から分離し地に落ちた!
「うっ……ぎやあああああああ!!!!」
さしも身体の激痛に耐えてきたシャザーも、神経が力任せに引きちぎられ末梢を失うという数段上の激痛に耐えきれずに悲鳴を上げ、天を仰ぎながら両膝を着き、左手で右腕をかばいうずくまった。
その隙を逃すことなく、
その超脚力のバネを最大限に用い、飛びかかる先は――。
ナユタに止めを刺そうと迫る、この場で最大の敵、セフィス・マクヴライドだった。
こちらに背を向けて注意を欠いている。当然だろう。ルーミスとの距離は15m以上。この遠距離を一足飛びに襲いかかってくるなど、想像しようもない。
弾丸というより、大砲のごとき速力で一直線に飛ぶルーミスの身体は――ほぼ瞬時にセフィスの背後に着地し、そして間髪入れずにその筋肉隆々の両腕で彼女の両腕ごと身体を羽交い締めにした!
「なっ――何、ですって!! 一体、あなた、どういう……ぐ……ああああ! い、痛いい……!!」
事態を飲み込めない驚愕と、身体を万力のように締め上げられる痛みに貌を上げ悲鳴を上げるセフィス。
同じく驚愕に目を見開くナユタに向かって、ルーミスは絶叫した。
「ナユタ!!!! いますぐ逃げろ!!!!
このままでは二人共やられる!! ならば知恵を持つオマエが生き残るべきだ!!!」
ナユタはハッとなって我に返り、悲痛な表情でルーミスを見つめる。
「そ、そんな……あんたを置いてあたしだけ逃げられる訳……」
「ぐずぐずするな!!
心配するな……オレは簡単には死なん!!!
それとも何か!? あのマイエ・サタナエルがしたように、オマエの前で死んで見せなければダメか!!??」
ナユタの目が見開かれた。そう、「本拠」で、情にとらわれ逃げられなかったレエテに決意を促すため、マイエは自ら命を絶ったのだ。同じ過ちは、できない。
ナユタは――目を赤く潤ませながら、想いを振り払うように踵を返し――全力で密林に向けて走った。
「死ぬなよ――ルーミス!!! あたしは、必ずあんたを助けに行く!!!!」
その言葉を残して。
セフィスの悲鳴が徐々に、徐々に遠くなり――。
100m先の密林に飛び込んだと同時に、女の怒声と、ドウッという誰かの身体が地に倒れ伏す音が小さく聞こえた。
それにナユタはビクッ、と身体を震わせたが、全力の理性で振り返るのを堪えた。
なおも全力で走るナユタの貌は悲痛に歪み、その両眼からは彼女が見せたことのない涙が吹き出し滴り落ちていた。
「ちくしょう……ちくしょう……! 一人前にカッコつけて犠牲になりやがって……。
う……ごめん、ごめんね……ルーミス……ルーミス!! あたしが不甲斐ないせいで……あんたをこんな、死の危険にさらして……。
お願い……お願いだから、死なないで……生きていて。絶対、あたしが助けてあげるから……ルーミス!」
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