第十三話 グラドの死闘(Ⅰ)~爆炎と耐魔(レジスト)
ナユタは、胸をそびやかし鷹揚たる様でゆっくりと酒場の外へ足を踏み出した。
そして頭に巻いたターバンと、身体を覆うローブを一気に脱ぎ捨てた。
すぐに彼女のトレードマークである紅く真っ直ぐな長い髪がはらりと広がり、絹糸のように優雅に風にそよいだ。
身体を覆うアルム絹で織られた白いカーディガンとチュニック――そしてそれに劣らず抜けるように白い輝きの肌も顕になる。と、同時に頭部、首、腰、指につけた宝石を散りばめた装飾品がまばゆい光を放つ。
その両手に業火をまとう前に――ナユタは腰に下げられた二本のダガーを逆手に抜き放ち、両側に広げる。そこから掌で巧みに回転させながら、上下左右に回し、軽く二、三回ジャグリングをしてみせる。
常人では披露できない、修練を積み重ねた極めて精緻な手捌きだ。
「シャザーとかいったね。あんた、“
こいつと爆炎魔導を組み合わせた技は、あたしの真骨頂。
くっくっく……、“
目を細め、極めて性悪な笑いを浮かべながら舌なめずりするナユタ。
内なる嗜虐性の漏れ出た、派手な外見の物騒な女魔導士に対し、この女を先程まで清楚で美しい巡礼者の娘と信じて疑っていなかった酒場の男たちはすっかり震え上がっていた。
それを横目で見たルーミスは渋い貌で苦言を呈する。
「それぐらいにしておけよ……? オマエがそんな様子じゃ、見てる人間にはどっちが悪人なんだか分かりゃしなくなるだろ……。オレ達も多分もう少しでレエテに次いで大陸中に面が知れ渡る頃なんだから、あえて悪名を上げるようなマネをするんじゃない」
ナユタは鋭い目つきでルーミスを睨みつける。
「うるさいね。すでに、“背教者”だって周囲にバラしてる成りのあんたに云われたかないわよ――」
云い終わる前にナユタは、前方から襲い来る巨大な殺気を察知し――。即座に
殺気の主、シャザーの凶悪な貌と黒い鉤爪が眼前に迫る。そして、業火の前に近づけずに離脱することを想定していた彼の鉤爪は予想に反し、なんと恐れげもなくその業火の輪に突き出され――。
そこから急激に襲いかかる、思いもよらない強力な反発力によって、ナユタは2mほど弾き飛ばされた。
「ぐ……何て強い
魔導士の放つ魔導は、術者の魔力が形を成した自然現象であり、通常の武器ではすり抜け打ち合うことはできない。
だが、武器に
シャザーは呆れ顔で両手を広げる。
「おいおい、敵を前にしていつもそんな低レベルの争いを披露してるのか? おまえらは。
策略でレーヴァテイン様を破り、フェビアン副将も殺ったという凄腕魔導士と、法王庁百年に一度の神童と云われた天才だというのはおれの聞き間違いだったか?
それはともかく……お生憎だな。我々“
ナユタの脳裏に、過去の法王府南大門での戦いがまざまざと浮かび上がった。自分の全力の爆炎を、レエテとの打ち合いの最中に、片手間の
「すなわち、おまえら魔導士にとって我々は天敵、といえる存在。今の打ち合いで実感できたろう? 我ら“短剣(ダガー)”の精鋭が四名も揃った状態では、おまえらの勝機は無きに等しい」
それを聞いていたルーミスは、一瞬姿勢を低くした後――。爆発的な蹴り足で白銀の弾丸の如くシャザーに向けて飛び出した!
その疾さはサタナエル副将であるシャザーも完全には対応しきれず――。
どうにか、自身の直前で地を揺らす震脚を下ろしたルーミスが突き出す右手を見極め、拳撃を繰り出すと読んだシャザーは、両腕で防御の体勢をとろうとした。
しかし――ルーミスのその動作はフェイントだった。すぐにその下から左手も突き出され、ルーミスの両手はシャザーの両腕を万力のごとく鷲掴みにした。
「――!!」
振り払おうとするも、血破孔打ちによって強化されたルーミスの握力は己の腕を握りつぶさんばかりであり、到底不可能だった。
次の瞬間、そのままシャザーの身体の右側に向かって足捌きで体移動したルーミスは、一気に腰を払い、自分より30cm近く上背のある屈強なこの相手を宙に浮かせ、背中から勢い良く地に叩き落とした!
「ぐはあああっ……!!」
内臓が、落ちた樽内のワインのようにシェイクされる圧倒的なダメージと激痛に、苦悶の悲鳴を上げるシャザー。
「いい気になるなよ……。オマエらが
そして地に伏したシャザーに対し、止めの拳撃を加えようとするルーミスに――。それまで情勢を見守っていた三人の男女のうち二人、カマキリのように細身長身、黒い長髪の不気味な男と、クセのある白髪をポニーテールにした若い女が同時に襲撃をかけた。
二人のうち、先に到達しようとする細身長身の男の得物は、両手に握られた三叉状の短剣のようだ。
シャザーの鉤爪よりもリーチのあるこの武器と、男の長い両手により、攻撃直後のルーミスを一瞬早く捉えようとしたその攻撃は――。
「ルーミス!!」
数歩の距離までルーミスに近づいてきていたナユタが、 両手のダガーを水平に広げた状態から、つぎの瞬間その白刃に炎を纏わせ――。そして目前で勢い良く交差させると同時に放たれ形成された、オレンジ色に光る極薄の円盤状の炎の輪による攻撃によって阻まれた!
「喰らえ!
ナユタのダガーから放たれたその凶悪なる死の焔の環は――。
それを視認した細身長身の男が即座に纏った
「アルスター!!!」
一瞬のうちに斬殺された、仲間の男の名を叫ぶ、白髪の若い女。
彼女は仲間の命を奪ったものと同じく自分に向かって放たれたもう一つの死の焔環に対し、自らの得物――。両手の、刃渡り50cmほどの細く長い白刃に直角に20cmほどの柄が付けられたトンファー状の武器に、
そして焔環の刃に正確に突き当てる。接触面で軽い爆発が起きたあと、焔環は斜めの方向へ弾かれ、地面に落ちて爆炎を放つ。その火柱は3mほども上がり、付近の見物人は逃げ惑った。
危機を回避した女は一度大きく息を吐き出した後、ナユタにまっすぐ向き直り、声をかけた。
「恐ろしく強い魔力ですね……。この魔力が、厚さ1mmもない円盤の刃に収束されたら、アルスターの技量では無理。私は
さすが、高名な“紅髪の女魔導士”ですね。私、“
構えを解かない状態でナユタに対し簡易的に礼の姿勢をとる、副将セフィス。
よく見ると下手をしたら自分よりも若いかもしれない、清楚な雰囲気のなかなかの美女で、言葉使いも丁寧。その身にまとった禍々しい紋の彫られた革鎧、両手に持ったトンファー型短剣がなければ戦闘の場に居ることも考えらない外見ではあるが、ナユタは――今の立会い、と静かに発される圧倒的な殺気で見抜いていた。
この“
この女、セフィス・マクヴライドだ。
ナユタは頭の中で策を練りつつ、上面の会話を合わせる。
「ご丁寧にどうも。けど謙遜なんかしないでよ。あたしのこのダガーの刃で収束した高密度魔導の技はとっておきでね。ドゥーマでの火矢を使った経験から、より収束する術を修練してたの。
正直、初弾で弾き返されたのは大ショックで、立ち直れないくらいさ」
「まあ……心にもないことを。そんな言葉巧みに私達の油断を誘い、頭でとんでもない悪企みをするのがあなたの常套手段でしょう?
……シャザー副将。いつまで寝ているんですか? その程度の怪我で、まさかもう闘えないなどとは云わないでしょうね? あなたのレーヴァテイン様に対する想いというのは、その程度のものなのですか?」
セフィスは会話を切り、ルーミスに投げ倒されたまま、地面に仰向けに横たわっているシャザーに声をかける。
シャザーはオールバックが乱れて前に垂れた金髪を振り乱しながら、勢い良く身体を起こし、立ち上がった。右の脇腹を押さえていることから、おそらく肋骨が折れ、内臓も損傷しているのだろうが、その激痛に耐え、まだ十分に動けることを伺わせた。
「やかましいぞ、セフィス……! 軽々しくレーヴァテイン様の名を口に出すな。おまえなぞに云われるまでもない。おれはその女、ナユタ・フェレーインをこの手で殺す」
「そう……闘えるのには安心しました。でも残念ですけれど、今のあなたにナユタの相手は無理。まずはあなたに傷を負わせた相手、ルーミス・サリナスを殺して来てくださいな。
ラドラム! 加勢をお願いしますわ。二人でナユタ・フェレーインを片付けます」
後ろに控えていたもう一人のギルドの男――屈強な体格の、両手の手甲から伸びる60cmほどの剣を構えた男がナユタに向かって前に踏み出した。
様子を見つつも決して敵の技量を過小評価せず、慎重な闘いを選択する性格と見える副将セフィス。
1対2の構図となった上に――性格的にも、戦闘スタイルの相性としてもやりにくい実力者を相手に、未だ勝機を見いだせていないナユタの額には、危機感と焦りを表す冷や汗が滲んでいた。
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