第六話 棘だらけの薔薇

 サタナエル「一族」の女レエテと、サタナエルのギルドの一つ“ソード”の副将ジオットとの激闘が行われるその同じ刻――。


 コルヌー大森林中央部では、もう一つの死闘が繰り広げられていた。


「逝けぇぇぇぇ!」


 レーヴァテインの甲高い気合の声が響き渡る。 

 幾度目かになる、体を丸めて回転させた、自らを円月輪と化しての回転斬り。


「させるか!」


 気合とともに、その攻撃に合わせての爆炎にて応戦するナユタ。

 身の廻りを包む炎輪を一点集中させ、敵に向け放射する。


 レーヴァテインは、即座に意識を集中させ、耐魔レジストを行った。


 ――耐魔レジストは、魔導士でないものも含めて、魔導の力に対抗する力として鍛錬しうるものだ。己の中の魔力を集中し、防御に特化して高めることで、魔導士の放つ一撃を打ち消す。

 この少女は、当然のことながらこれを高いレベルで実践していた。

 通常の人間ならば、爆炎で肉体が四散しているであろうこの爆発的威力を、跳ね返して防いだ。


「ふうぅん……。思ってたよりやるじゃなーい。正直、あたしでも気を抜いたら燃やし尽くされるか、身体がバラバラになるほどの強力な爆炎系魔導だ。

だけど……、その威力の秘密はとてもとてもー単純だよね~!」


 言うやいなや、レーヴァテインは、右手を振りかぶり、素早く振り下ろした。

 刹那――その形成される部品の悉くが刃物である重装鎧の隙間から、一本のダガーが一直線にナユタの肩に向かって飛ぶ。


「ひゃっ!」


 悲鳴を上げて、自分に向けられたダガーを、たまらずランスロットが飛び退ってかわす。


「そのあんたの肩に止まってるちっぽけなリスが、ちまちま使う酸素濃縮魔導がー、あんたの炎の威力を倍以上に高めているってことは、お見通しなんだけどお。

そいつをいますぐあんたから遠ざけないと、今からあたしの標的はそのリスに移行するんだけど、どうー?」


 首をかしげながら、満面の笑みでランスロットを指差し、レーヴァテインが云い放つ。

 

 名指しされたランスロットは、ぶるぶると震え、ナユタに救いを求めるような視線を投げかける。


「はあ……、仕方ないね、ランスロット。あんたはあたしから離れな……。そして、せめてレエテを助けてやってくれ」


 首を振って微笑みながら、ナユタが云う。

 

「ナユタ!何てこと云うんだ。僕がいなかったら、君が放てる魔導の威力は極端に制限される……」


 目を丸くし、抗議する。


「わかってるさ。だけどあんたが死ぬとか、レエテが死ぬとか――あいつ、なにも云わなかったけど、『副将』とかいうやつの前では、たぶん あいつの命ですらやばい状況なんだ――それよりはいい。

レエテを援護し、あたしに何かあったときは……、あいつと一緒に達者で生きてくれ」


 寂しげな視線を向けて云い聞かせるように話すナユタを見るランスロットの目が、みるみる潤んだ。


「いやだよ! 僕を生んだのは君だよ? 君は僕の母親だ。母親を見捨てて逃げる息子が、この世にいるもんか! まだ僕は闘えるさ!」


「……まだうら若い乙女に向かってその云い様って……、あんま有難くないんだけどさ……。

ごちゃごちゃ云ってないで早く行きな! 行かないとあたしがこの場であんたを丸焦げにするよ!」

 

 凄まじい憤怒の形相で怒鳴りつけるナユタ。

 ランスロットは、思いを振り払うように、一直線にこの闘いの場から離れた。


「おーおー。感動の名場面、どーもありがとー。もー涙があとからあとから止まらないよー。

死を覚悟した母親が、息子を必死の思いで逃がす、てー? ほんと感動しすぎて背中がむずがゆくなってきちゃったー」


 白けた表情で棒読みの台詞を発し、わざとらしく拍手するレーヴァテイン。


「だから、母親はやめろ、ての……」


 眉間にしわを寄せて、ナユタが云う。


「云っとくけど、まだ終わっちゃいないよ。あたしの実力はこんなもんじゃない。勝てないまでも、あんたに一矢は報いてやるさ」


 ナユタが構えをとった。右手に力を一点集中させるべく後方へ引き、左手を前にかざして牽制の体勢だ。


 先の地底湖で、全裸同然になったレエテにカーディガンと腰帯を与えてしまったため、彼女も今身につけているのは胸の大きく開いたノースリーブのチュニックと、両足のブーツのみだ。


 これもナユタにとって不利な状況であった。

 彼女の衣装はブーツを除けばすべて純白のアルム絹。ノスティラス皇国ラムゼス湖畔のアルム蚕が育つ養蚕場でしか取れない、人間の魔力を増幅する特性をもつ貴重な繊維だ。


 これで全身を固めることで、ランスロットのサポートと同じくらいナユタの力を高める役割を担っていたものが、現在ではその効果が半分以下に激減しているからだ。


 現状戦力では眼前の、人智を超えた運動能力と圧倒的武装をほこる殺人兵器に打ち勝つことは難しい、と判断しているのだろう。

 ある種の諦観を漂わせた視線で、ナユタはレーヴァテインを見据えた。


「いいよねーその貌。まあふつー死を覚悟した人間には、できるだけ苦しまず一思いに殺るのが情け、てものだけどー。

 残念でしたー! あたし、そんなつまんないことは出来ない主義なんだー。できるだけ痛く、苦しみにのたうち回るように、少しずつ丁寧に切り刻んであげるからぁ、覚悟してよね?」


 邪悪に顔を輝かせ、レーヴァテインが動く!


 またも樹上から、高速回転しつつナユタに襲いかかる。


 レーヴァテインの身につけた重装鎧は、首周りから手首、胸から足元まで、はては背中までが、甲殻類の殻のように金属板を一定方向に重ね合わせて構成されたものだ。

 そしてそれら一つ一つが、すべての縁の部分に鋭利な刃物が形成されるよう加工してある。

 定まった方向に刃が研がれたその鎧は、レーヴァテインが胎児のように身を丸めると、円月輪のような円形の刃物の塊となる。


 これに人間とは到底思えない跳躍力と筋力を駆使して、高所から勢いをつけて回転し、水平方向に相手を両断するのが、このサタナエル暗殺者の一員たるレーヴァテイン・エイブリエルの戦法だった。

 

 樹上から襲いかかる巨大な金属の塊に対して、ナユタは一撃を加えるべく右手を前に突き出す。


火焔槍ヴォグラス!」

 

 巨大な槍のような火炎が、レーヴァテインめがけて襲いかかる。

 まっすぐに、回転する彼女を火で覆い尽くさんとする。


 が――今回の火炎は、この回転体を跳ね返すことはできず、あえなく消滅してしまった。

 勢いを弱めることなく、レーヴァテインの刃はナユタの右肩部分を切り裂く!


っっっ――!」


 ナユタの身体から鮮血があがり、その美貌が引き歪む。


「あははははは――! 弱っっっわ! 話になんない! やっぱあのリスがいないと、あんた半人前のゴミ以下! いいねー、もっともっと足掻きなよ。足掻きながら、ちょっとずつ命が削られてくところ、もっとあたしに見せてみてよ.....」


 先程とは向かい側にある樹上に着地し、レーヴァテインは恍惚とした表情で舌なめずりした。


 その年端もいかない無邪気で目鼻立ちのはっきりした可愛らしい容姿に、およそ似つかわしくない倒錯した表情は、見るものに心底ぞっとするものを背筋に感じさせた。

 この少女は徹底したサディストであり、これを相手取った不幸な対戦者は決して安楽に敗北することも、安楽に死ぬことも許されないであろう。


「さあ次ー! どうやって切ったげようか!!」


 再び樹上からの攻撃が襲いかかる――が、これまでと若干レーヴァテインの動きが変化した。

 回転速度がやや遅い。加えて、これまで完全に丸められていた腕と脚が開いている。


「喰らえぇ!」


 レーヴァテインの鎧の隙間から――夥しい数のダガーが飛び出し、一直線にナユタに向けて放出された!

 

「くっっ!」


 ナユタは眼前に爆炎を発生させ、ダガーを撃ち落とし、あるものは軌道を反らせた。

 ――が、その向こうから襲い来る金属の塊!


 斜め方向へ倒れつつ回転し突っ込んできたレーヴァテインの鎧の刃が、今度は左胸部分を切り裂く!


「ううっっ……」


「ざまーない。最初にこのあたしに向かって、説教垂れてた威勢のよさはどこへいったのよー? んんー? ねー何だっけ、たしか『戦闘において、知識と経験の差はあんたが思ってるより重い』だったっけー? ……ごめんねー、受けるー、最高にかっこ悪いわ。あんた、どこかでかけらでも『知識と経験』て見せてくれたかなー?」


 胸をそびやかしながら、レーヴァテインは初めて地上に降り立ち、ナユタに向かって歩み寄った。

 そうして見ると、この少女は遠目に見るよりさらに小柄で華奢であることがわかる。身長165cmほどのナユタに対し、150cmに満たないその細い体躯は、並べると本当の大人と子供だった。

 

「なかなか楽しかったよー。最後はじきじきにあたしのこの手で、あんたの心臓貫いてあげる。盛大に血ぃ流して死んでよねー?」


 レーヴァテインが2mほどの距離に近づき、大きく右手を振りかぶった――その時。


 閉じられていたナユタの両眼が、大きく見開かれた!


「……酸素浸潤功オキシドフェン!」


 素早くその両手を交差させると、赤い光が放出されレーヴァテインを包む。

 間髪いれずその光が衝撃波となって彼女の全身を打つ。


「なっっ!? ううっ?」


 レーヴァテインが面食らって呻きを上げる。だがその衝撃波は、さほどのダメージを彼女に与えていなかった。


 しかしその一瞬の隙を逃さず――ナユタの姿はすでに眼前にあった!

 その貌には、不敵な笑みが浮かべられている。


「これがあたしの本当の力だ、小娘!!! 魔炎煌烈弾ルシャナヴルフ!!!」


 叫びと同時に――これまでとは比較にならない熱量と、風圧を伴った爆炎が、レーヴァテインを襲う!

 距離を取り、威力を削ごうとする彼女だったが――気付いた。なんと喰らった一撃目により、彼女の鎧は可動部を中心に「錆びついて」いた。思うように動きが取れない。

 

「ぐあああぁぁぁぁ――!!!!!」

 

 無念の叫びを上げ、大きく吹き飛ばされながら炎に包まれるレーヴァテイン。

 しかしどうにか――全力の耐魔レジストにより炎の半分を消火し、即死を免れた。そしてそのまま落下し強く地面に叩きつけられる。


「ほお、よくあれを喰らって命があったね。けど……これで分かったろ? 戦闘における知識と経験の差ってものが」


 傷を庇いながらも、ナユタがレーヴァテインに近づき彼女を見下ろす。


「あたしがランスロットに酸素を操作させてるのは、自分の力を常に抑えて温存するため。本来の攻撃力に関しちゃ全く頼ってない。

さっきのあいつとのお涙頂戴劇、名演技だったろ……? いつもあんな感じで阿呆な敵をだまくらかしてんのさ。……『母親』は想定外だったけど。

そして手持ち花火みたいな攻撃だけして、追い詰められた体を装い、あんたを十分油断させ――。地上に降りたのを見計らい、ランスロットが予め用意してた濃縮酸素の固定位置まであんたを誘導し、強制化学反応魔導で鎧を錆びつかせたってところだ。

あたしの鍛え抜かれた爆炎の威力も、身を持って知っただろ? あー、無様に地面にのびて、情けないったらありゃしない」


 ナユタが容赦のない種明かしと罵声でレーヴァテインを責め立てる。すべては、計算のうちであったのだ。最強の魔導士となるべく、ひたすら勝利のため研鑽を積んだ成果だった。

 

「て……め」


 と、深刻なダメージを受けすでに戦闘不能なレーヴァテインが、ゆっくり、と身を起こし何か言葉を発した。


「はい? 何て? 聞こえるように云ってくれるかい?」


 わざとらしく耳に手をあてるナユタに向けて――地獄の底からのような大音量の叫びが打ちつけられた!


「てめぇぇえぇぇぇーー!!!!! 何しやがる!!!!! 痛えー!! 痛えー!! 痛ええええー!! 痛えじゃねえかぁぁぁーー!!!!! あたしの貌にもぉ、傷つけやがったなぁぁぁ!!!!!」


 その顔半分は焼け爛れ、髪も抜けていた。鎧から覗く元々白かった肌も、ことごとく焼け爛れていた。

 眼をかっと見開き、口を歪めて全開にし、獣のような叫びをあげながら身を乗り出すその姿は、先程までの可憐な少女の面影はかけらもない悪鬼そのものであった。

 

「ぜっってえええ、許さねええ!!! 殺す、殺す殺す殺す!!! 次は絶対、殺す!! 全身焼き鏝あてて、苦しめてやる!! ナユタ! その名前忘れねーぞ!!!」


 普通の人間なら失神しかねないほどの、悪意の塊をぶつけられても、ナユタは微動だにしない。


「ナユタ・フェレーインだ。よーく覚えときな。

その傷直してかかってくる気があるなら、いつでも歓迎だ……、レーヴァテイン・エイブリエル。もちろん、全く同じようにあたしの圧勝で終わるだけだけど」


「ナユタ・フェレーイン……! 必ず殺すからな!! 必ずあたしは戻ってくる――!」


 云い捨てて、よろめきながらレーヴァテインは走り去っていった。重傷と鎧の錆により、本来のスピードでないとはいえ、ナユタが追いつける速さではなかった。


「さて.....、あたしも大分出血がひどい。応急手当てして、レエテのところへ行かないと。.....実際手遅れかもしれないけど、頼んだよ、ランスロット」


 云うとナユタも力が抜けたように座り込み、傷を焼いて止血するべく、右肩に手を当てた。

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