第七話 突きつけられる死神の鎌――そして決着へ

 コルヌー大森林における――、追うものと追われるもの同士の命をかけた激闘は、一つの闘いにおいて勝敗が決した。

 

 そして、もう一つの激闘も、あわや決着という局面に達しようとしていた――。


「どうした……、動きが止まってきたぞ、レエテ・サタナエル。すでにその生命、諦めたか!?」


 動きの鈍ったレエテに、トム・ジオットの幾度目かの弩弓の突きが襲う!


 心臓を正確に狙うその突きに、使い物にならない左手に代わり、右手の結晶手で受けを試みるレエテ。

 しかしそのような不完全な受けでは、わずかに軌道をそらすことができたに過ぎなかった。


 長剣の先端は、レエテの左脇腹を深く深く、腹の中央部に届くほど抉り取った!

 

「ぐあ!」


 悲鳴とともに、脇腹から鮮血が上がり、腸の一部が外部にはみ出した。


 もはや、常人ならばゆうに三度は死亡している攻撃を受けつつも立ち続けるレエテだったが、もう戦闘不能となる状況は間近に迫っていた。

 抵抗できなくなれば、サタナエル一族ですらも絶命する条件――首を胴から切り離すか、心臓を完全に破壊しつくされる――ことによって、あえなく命を絶たれるしかない。

 

(死ぬの――? まだ始まったばかりだっていうのに、これからだっていうのに、私はこんなところで――?

ああ、マイエ、こんな狂った世界を創ったその元凶を、あなたのために必ず滅ぼすって誓ったのに――ごめんなさい……)


「止めだ! これで終わらせてくれよう!」


 目に涙を浮かべ、もう動く気力もなくしたかのようなレエテに向けて、その首を両断するべく、竜巻(トルネード)のもたらす殺人的突風のような、最大出力の斬撃がレエテを襲う!


 と、その刹那!

 長さ2m、直径50cmにおよぶ巨大な氷の槍が、恐るべきスピードでジオットの眼前に向けて迫った!


「ぬう!!!」


 ジオットが叫び、レエテに向けたはずの斬撃を氷槍に向けて放つ。

 たちまち巨大な氷の塊は砕け四散する。

 レエテははっと覚醒した。


「レエテ!!! すぐに後ろへ飛ぶんだ!」


 聞き慣れた声の叫びを聞き、大きく後ろへ飛び退った。


 そこへ――。


零点凍結凝固アイスツァプフェン !」


 ランスロットの魔導による氷の塊が、レエテの重創を覆う。


 治癒が始まっている右肩を除き、真っ二つに切り裂かれた左腕全体を氷塊で覆い、腸のぶらさがった脇腹の傷も厚い氷層で蓋をする。


「とりあえず応急処置だけれど、血は止まった! 氷が溶けるまでの間に終わらせてくれ、レエテ!」

ランスロットは、役目を終えるとすぐに後ろへ跳んで下がり、樹上へ逃れた。


「おのれ、ドブネズミめ。余計なことをしてくれる。

だが――それがどうしたというのだ。女の傷をふさぎ、どうやら氷結魔導を使うらしい貴様が多少の援護をしたところで、この圧倒的な戦力差が埋まるとでも? 

ふん、答えは否だな、わずかに寿命が伸び、苦しむ時が増えたにすぎん。

レエテよ。貴様が先程云った『あの化け物』――“魔人”たる、一族絶対最上位の存在に届こうなど、甚だしく思い上がった考えをもったことを地獄で後悔させてくれる」

 

 長剣を中段に構え、鉄壁の個人要塞を形成するジオット。

 

「見えてきた――、見えてきたよ、ランスロット。

あなたの氷槍に最大の斬撃を繰り出すあいつを少し離れて見た瞬間、身体が受けてきたスピードや技のリズムとともに、すべてが私の――『腑に落ちた』」


 レエテが、先程とは打って変わって生命を取り戻したギラギラする眼光で、ジオットを睨みつけた。


「行くぞ! 副将ジオット!」

 

 叫ぶやいなや、弾丸のように飛び出すレエテ。

 それを見切り、長剣で防ぐジオット。もう、幾度も繰り返されてきた攻防だが――今度は明らかに様子が違っていた。


「むうぅぅぅぅっぅ!!!」


 突進からの右結晶手による攻撃を剣で受けたジオットだったが、受け流したり飛び退ることは許されず、剣を接触させたまま後方へ押し出されていく。

 離れない。剣が結晶手に溶接されたかのように動かない。次にはまるで、上から岩で押さえつけられるかのように身体が下がり、地に押し付けられそうになる。


 このままでは強引に地にねじ伏せられ、自分の長剣を押し当てられて身体が両断されてしまう。


「ぐおおおおっ!!!!」


 渾身の力を込めて、身体を回転させこの状況から逃れるジオット。

 2mほど距離を取り着地すると、そのこれまで余裕を保っていた表情は大きく歪み、肩を上下させて息を苦しげについでいた。


「なんだ……? 何が……起きた!?」


「見えたんだ。お前の云う『力点』がね。それでこれまで受け止められてきた攻撃や、受けの経験から、どこを攻めるべきか、防ぐべきかが全て見えた。

そしてその影響かわからないけれど、この何十合かの攻防をへて、ようやく少し取り戻してきた感じだ。本来の力を」


 右結晶手を目の前にかざし、云い放つこの「一族」の女は、その僅か前とは別人としか思えない自信と、殺気を漲らせていた。


「この……短時間で? そのようなことが、そのようなことがあり得るものか!!」


 必殺の突きを、レエテめがけて繰り出すジオット。


「……無駄だ」


 ギィン!! 大きな金属音を響き渡らせ、ややあって見えたその光景は、ジオットにとって受け入れ難いものだった。

 突きの威力、正確さ、タイミング、踏み込み度合い――さきほど動揺したとはいえ、立て直してのその突きの完成度はまさしく完璧なものだった。


 ――にもかかわらず、その剣先は、真っ直ぐに突き出したレエテの、右結晶手の中指部先端のごく僅かな切っ先で、完璧に止められていた。


「ばかな……、ばかな....!! 『一族』であるとはいえ、そんな僅かな時間での体感・開眼ごときで……、このジオットが全てを引き換えに得た剣技が通用しないなど……、そんなバカなことがあるかぁぁ!」


 そのまま剣を振り上げようとするジオットの動きを待たず、レエテが動いた!


「破!!!」


 気合とともに、右結晶手を2m近い長剣の縁に滑らせ、ジオットの足元まで一気に踏み込む!

 

 ――そして、そのままジオットの顎から頭部にかけて、右結晶手を一気に振り上げる!

 ジオットの顔は、真っ直ぐに縦に両断され、その傷は、明らかに脳に達した。

 その顔から鮮血が流れ落ち、がっくりと膝をついて彼は剣を取り落とした。


「あ……、が……そ……“ソード”“将……鬼”ソガール、、、我が、我が仇を、どうか……」


 云い終えることなくこと切れて前のめりに倒れ、トム・ジオットの息は絶えた――。


 それを確認したレエテは、安堵のあまりその場に座り込んだ。

 

「レエテ!!」


「無事か? ランスロット、レエテ?」


 後方から、2つの声が同時に投げかけられた。

 樹上から降りたランスロットと時同じくして、右肩と左胸の火傷ミミズ腫れのあとも痛々しい、ナユタがかけつけたのだ。


「ナユタ! よかった、無事で、本当に!」


「何だ、あたしの実力はよく知ってるだろ? 

あんたのアシストのおかげもあり圧勝、てところさ、ランスロット。ただあいつも流石強く、危ないヤツではあった。結果的に殺しきれず逃げられ、復讐を誓われちまったしね。あたしもまだまだ甘いねえ。

で、レエテは大丈夫なのかい?」


「ああ、見ての通りさ。怪我も僕が止血したし、彼女ならすぐ治る怪我さ。

相手の副将はあと一歩までレエテを追い詰めてたけど、とどめの前に彼女が勘を取り戻して開眼したみたいだった。

しいて相手の敗因を上げるなら、彼女の力を甘く見て、戦闘に時間をかけすぎてしまったことだろうね」


 二人は、レエテに近づいた。ナユタがその肩に手を置き、云った。


「よく無事だったよ。ああ、氷の止血の件は誤解しないでおくれよ? あんたが地底湖でああなったときは無かったアイデアで、一夜を明かしたときにあたしが思いついてランスロットに云ったんだからね?」


「ああ、ナユタ……。あなたも無事でよかった。その力、見直したよ。

こちらにランスロットを向かわせてくれなかったら、私は今頃首だけになってあなたの前にいたはずだ」


「んー、どうだろうねー。

ところで、レエテ。これで良くわかったろう? あんたがいくら強かろうと、死ににくかろうと、ハーミア神その人でもない限り、一人じゃこの先無理だってことが。

第一もう、サタナエルの一人の恨みを買い、あいつらに絶賛名前が知れ渡るだろうこの首までつかった状況じゃ、もうあたしを遠ざけるのは無意味、てものだろ?」


「……」


「ともかくあんたの目的、これではっきり分かった。

まず何処か知らないけどサタナエルの『本拠』、からできるだけ遠い場所で騒動を起こす。

サタナエルは追っ手を仕向けるけど、辺境まではそうそう人員・人材を集められない。

留まらず移動することも併用すれば、戦力を分散したまま少数ずつ奴らを討ち取ることができ、やがて――。

主要戦力を骨抜きにできれば、最終的に奴らを無力化できるって考えだろう? どうだい、当たってるかい?」


 レエテは否定しなかった。


「しかたないね。分かった。とりあえず法王庁までは、一緒に行くことにしよう。それまでは、別れる件は保留だ」


「法王庁まで、ね。わかった。今はそれでいい。道すがら、そこに向かう目的からその先のこと、サタナエルのもっと詳細も聞かせてもらうよ。」


「それは聞ける保証はないよ……。けど何にせよ、もう副将がやられたからにはダリム公国エリアのサタナエルは烏合の衆、私達には向かってこない。

私の傷が治ったら移動し、堂々と狩りをして火を使って、鹿や猪の肉でお腹を満たしてから野営しよう」


 ナユタは地底湖での一件を思い出し、レエテのその言葉に一瞬顔をしかめたが――、

 あまりに自分の命に無頓着すぎるその振る舞いは心からのものではなく――、思うところを感情抑制していると見た彼女を慮り、この場では何も云うことはなかった。

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