エピローグ 血の戦女神

「わかっているな……? ダリム公、今の余の言、今後一つでもたがえることあらば――お主の地位、はては命はないものと思え。

云ってはおくが、国王陛下や他王族に直訴しようとも無駄だ。

陛下ですらも、このダレン=ジョスパンを心底恐れておられるのだからな」


 後ろを振り向きダリム公に向けて彼が云う。


「承知いたしました……。このことは私アルフォンソ・ダリム個人の胸にのみとどめておくことといたしましょう。

将来来るべき機会に向けて」


 憔悴しているものの、憤怒に満ちた目をむけ、あえてエストガレス姓を除いて名乗ったダリム公。その含みのある発言に耳を貸さず、「狂公」ダレン=ジョスパンは満ち足りた含み笑いのまま、こらえきれず声を漏らしていた。


「素晴らしい……素晴らしいぞ。

まさかサタナエルの牙城を崩す可能性をもつ存在が現れるとはこの状況、利用せぬ手はない。

そのためにもあの女、決して逃がさぬぞ……。我が血の花嫁よ」



 *


「行くよ、ランスロット! ぐずぐずしちゃいられない!」


「ど、どうするのさ、ナユタ!」


 身を翻し、凍りついた観客の中を走り抜けるナユタに、ランスロットが問う。


「決まってるじゃないか!! あのレエテ・サタナエルの後を追うんだよ!」


「え……でも、一体何故……て、そりゃあ決まってるか。

『世界最強の魔導士』を志す君に、彼女を追わない理由も、危険を避ける理由もない、か。

極限に、面白くなってきたね。

このナユタ・フェレーイン第一の下僕ランスロット、地の果てまでもお供させて頂きます!」

 


 *


「や、やあ、あんた、レエテ、だっけ? 

俺達を救ってくれて本当にありがとう。感謝してもしきれないぐらいだ」


 マルクは、彼のもとに戻ってきた銀髪の女――レエテを、おそるおそる迎えた。

 味方と分かっているとはいえやはり、あの人智を超える怪物じみた強さを見せられては、どうしても恐れはぬぐえない。

 加えて――先ほどは確かに存在していたはずの、細かい裂傷やアザ、擦り傷がこの短時間で跡形もなく消えうせて――。というより治癒していることを、彼は見逃さなかった。


「マルク……あなたの情報や力がなければ、私もここまで事をうまく運ぶことができなかった。お礼をいいたい。

身の上も聞いて、助けてあげたいと思った……。もちろん、この後ある程度お咎めはあると思うけど」


「そんな、罪をつぐなうのは当然、いいさ……命が助かったんだから。

それよりレエテ、多くは聞かないが相当危険な状況になったんだろう? あんたの命の方は大丈夫か?」


 それを聞いてレエテの黄金色の目が、憂いと強い決意のない交ぜになった云い知れぬ深さをはらんだ。またしてもそれに一瞬マルクは見惚れた。


「そうだね……これから先、私の命を狙う奴が数限りなく現れるだろう。私自身が望んだ、そのとおりに。

それも、今日斃した相手とは比較にならない強さの。

けどそれを乗り越えることが、私がある人に成し遂げると誓ったことなんだ、危険は承知だ。

それよりあなたには、ぜひお願いしたい。私の――」


「わかってるさ。俺があんたの闘いを一番間近で、全てを見てた。

まあ期待しててくれ。レエテの武勇譚、俺が一番いい話をハルメニア大陸全土に広めてやるよ。それが俺にできる最大の恩返しだ。

けど……一つ、聞いていいか? あんたは本当に人殺しであのウルスラド監獄に?」


「ああ、あれは、囚人護送の馬車が囚人の入れ替えをしていて、しばらく囚人を待たせているところに出くわしたんだ。

そこを狙って、同じようなローブを着込んでたちょうど身体のサイズが合う男と入れ替わった。

その人は木に縛り付けておいたから、今頃は改めて捕らえられていると思う。

その後、あの監獄に少しだけいた後、あなた達の護送車に乗った」


「そうだったんだな……。

なんにせよあんたに会えたことは俺の人生で最大の幸運だ。どうか、この先も達者で」


「ありがとう。私はこの国を去る。

もう会うことはないかもしれないけど、達者で」


 云うと、レエテはマルクの脇をすり抜け、コロシアムの出口へ向けて歩いていく。


「ああ、そうだ! 今度ローブを着て男のフリをするときは、クコーの実をすりつぶした粉を全身にまぶすといい! 

強烈な『男』の匂いがでて、ちょっとやそっとでは女とはバレない! もちろんちゃんと洗い落とせるからご心配なく!」


 マルクのお節介な言葉がレエテの後姿に投げかけられる。


 レエテは微笑んで一度振り向きつつ手を振り、扉の向こうへ消えていった。


「さようなら、俺はきっと畏怖をこめてあんたの名をこう広めるだろう。『血の戦女神』と」



第一章 

邂逅 そして 闘いへ 完

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