第九話 レエテ・サタナエル

 銀髪の女とドラゴンの攻防――というより、銀髪の女の防戦一方の状況はしばし続いていた。

 彼女は相変わらず軽傷であり、あれだけの八面六臂の動きを繰り広げていながら息ひとつ上がっていない。


 時折ドラゴンの打撃を受けつつも、噛み付きとブレスをかわし続けていた女だったが――。

 

「そろそろ、か……」


 銀髪の女はつぶやくと、初めて構えらしきものをとった。両腕を貌の前にあげ防御するような体勢をとり、ずい、とドラゴンに近づく。

 すぐにドラゴンは、首をハンマーのように大きく振り、横あいから女の全身に巨大な頭をたたきつける。


 と――見るものがまたしても大きく吹き飛ばされた状況を予想したのに反し――。

 銀髪の女の姿はまだそこにあった。


 低く落とした下半身の先の両足は地に大きくめり込み、その結晶化した左手が、大きく硬いドラゴンの額に当てられ――動きを止めていたのだ!



「何だって……あれを、止めただって? 力ずくで? 人間の力で? そんな、あり得ない……」


 驚愕のあまり呆然とつぶやくナユタの肩の上で、ランスロットも呆けたように口を開けている。



 ボックス席のダレン=ジョスパンの両眼も、これ以上なく爛々と見開かれた。



 銀髪の女は、すかさず左手をドラゴンの首に突き刺し、そこを基点にとてつもない速度で一回転しドラゴンの首の上に馬乗りになった。


 悲鳴を上げるドラゴン。しかし銀髪の女はためらいなく両腕を交差させ、そのまま結晶化した両手を同時に勢いよく振り下ろす!

 

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 噴水のような血飛沫が吹き上がり、巨大な頭はごろりと地に落ちる。


 返り血により、全身真っ赤に汚れた女は地に降り、ドラゴンの頭に近づく。

 その表情はこの凄惨な情景に合わず穏やかで――というより、感情を殺しているかのようだった。血に汚れていても戦女神のような美しさは損なわれず、むしろどこか背徳的な魅力を感じさせていた。


 そして――勢いよく足を後方に振り上げ、そのまままっすぐドラゴンの頭を蹴りぬいた!


 頭は弾丸のように放たれ、信じがたい距離を直線に飛びそのまま――。ボックス席の、それもダレン=ジョスパンの立つ場所すぐ下の石壁に、音を立ててめり込んだ!




 水をうったように静まりかえる場内――。

 そして、自らに向けて放たれたと思しき巨大な「弾丸」が足下にめり込んでも、身じろぎひとつ、表情ひとつ変えずにいたダレン=ジョスパンが――。ゆっくりあの笑みをつくり、コロシアムの銀髪の女に向け、叫んだ。


「女!!!!! お主の、名は!!??」



 その問いに一呼吸、置き、銀髪の女が、場内に響きわたるように、大音量で、叫び返した。

 


「サタナエル!!!!! レエテ・サタナエル!!!!!」



 「サタナエル」の部分が強調されたその名を聞いた、場内のごく一部の者に――少なくない動揺が走った。

 ナユタ・フェレーインも、その一人だ。


「サタナエル、だって……? あの……『一族』の一人だっていうのか?」



 ダレン=ジョスパンも、「サタナエル」なる名を知る一人のようであった。

 口角をさらに上げ、また叫んだ。


「では、レエテ・サタナエル!!!!! お主に問う!!!!! 此度のコロシアムでの行い、一体何が目的か!!!??」



 そしてまた、観客に浸透するのを待つかのように一呼吸置き、レエテ・サタナエルは答えた。



「まず一つ!!!!! このコロシアムの廃止と、今後の罪人たちへの適切な処置!!!!!」



 その要求に、先ほどより大きい反応が場内に響きわたった。


「何だと!!! そんな、そんなバカなことは断じて認められん!!! なにをふざけたことを……」


 ダリム公は云い掛けてすぐに、ダレン=ジョスパンの射るような眼光を感じ、血がにじむほど唇をかみしめて押し黙った。



「わかった、約束しよう!!!!! このコロシアムおよび剣闘大会は即刻、今後も恒久的に廃止!!!!! 罪人どもには、罪状にあった適切な裁きを保証する!!!!!」


 ダレン=ジョスパンのこの宣言に、マルクら罪人たちから歓声が上がった。



「次の目的は何だ!!!??」



 ダレン=ジョスパンが重ねて問う。おそらく、こちらがレエテ・サタナエルの本来の目的であろうと見抜いて。



「私が!!!!! 今日ここにいたと!!!!! ここでしたことを!!!!! 大陸全土が知ること!!!!!」



 レエテはあらん限りの声を張り上げた。


 その言葉を額面どおり受け取れば、大陸に武名をなすことが目的の主張としか受け取れないだろう。

 しかし、その場の「サタナエル」の名を知る者たちの中の多くは、まったく異なるその意味を理解した。

 にわかには信じがたい事実ではあるが。


 もちろんダレン=ジョスパンもその一人であった。



「お主の存在が大陸に知れ渡ることが!!!!! どのような意味を持つか知ってのことであろうな!!!??」



 即座にレエテは応じた。


「そうだ!!!!! まさにそれが目的だ!!!!! そして私が!!!!!

大陸の『闇』サタナエルの存在を、この世から消し去る!!!!!」



 その言葉は、「信じがたい事実」が真実であり、宣戦布告であることをまさしく示していた――。この、人とは違う容姿、違う特別な力をもった一人の美しい女性が、大陸中を敵に回すに等しい行為を行おうとしていることを。


 これを聞いたダレン=ジョスパンの両眼が元通り静かに細く「閉じ」、満足げな笑みが口元にたたえられた。


「わかった!!!!! この場で見聞きした者達はもちろん、我々エストガレスもお主の武勇伝拡散に一役買うと約束しよう!!!!!

お主にはこれからまもなく、口に出すもはばかられる過酷な災いが降りかかることとなろう!!!!!

せめて、お主がこのダリム公国を去るまでの間、ダリム公国全軍および、余が率いるエストガレス軍はお主に一切の手出しはせぬと約束する!!!!!

ここからはエストガレス王族としてでなくこのダレン=ジョスパン個人より、お主に伝える、レエテ・サタナエル!!

本日は、見事な闘い大儀であった!!!!! お主のこの先の武運を、祈る!!!!!」


 その言葉を聞き、全ての目的を達したとばかりにレエテはきびすを返し、罪人たちの方へ向かっていったのだった。

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