第二話 紅き髪の女魔導士、とその下僕
首都デルエム。ハルメニア大陸西の港湾大国たるダリム公国の中心地。
北部と南部をつなぐ貿易の中心地であり、経済成長率は大陸でも指折りだ。
最新鋭の港湾設備はもちろんのこと、建築物の豪華さ、巨大さが目を引く。
海洋的な地理の有利さに加え、海から高台となった地理的堅牢さ。麓を接する険ディべト山から川となって落ちる豊富な水。地下から産出する銅鉱といった数々の有利な条件を、国主たるダリム公の手腕によって成長させてきた。
成金国家といえばそれまでだが、経済・娯楽の中心地となれば人が集まらないはずはない。
やがてその繁栄と平和は倦怠を生み、犯罪の増加と人心の堕落を招いた。
それらの帰結が、デルエム中心地に5年前に建造された、巨大コロシアムで行われる剣闘大会なのである。
以来大義名分を掲げては、年に数回にわたって不定期に開催してきた。
コロシアムの周辺では、剣闘を心待ちにする一般市民が、観戦の権利を買い求めようと殺到していた。
それは老若男女におよび、5000人には達しようかという規模であった。
それら市民の中に、ひときわ目を引く一人の女が居た。
燃えるように紅い長い髪をなびかせ、女性にしてはあまりに毅然とした肩で風を切るような歩き方で、ごったがえす人波を擦り抜け観戦受付へ向かっていく。
年の頃はおそらく20代半ば、身長は160cm代半ばほどで、スレンダーで均整の取れたスタイルをしていた。
きつい貌立ちではあるものの長い睫と大きなブラウンの瞳、通った鼻筋と肉感的な唇をもつ、文句の付けようのない美女だ。
頭頂部のルビー付きカチューシャは明らかに「魔導」の
歴とした魔導士であった。
そしてその左肩には、魔導生物と思しき、三本の角を持つリスのような生物が乗っている。
「まったく……あたしはまだ気は進まないんだけどね、ランスロット」
女は、ムスッと口を引き結びながら、肩の生物に話しかけた。
「本来こんな悪趣味な、血と臓物が見たいだけの成金どもの茶番の観戦なんて……金と時間のムダ以外の何物でもないわよ」
「まあまあ、そう云わずと一度でも見てきなって、ナユタ。君だって僕のあの情報にだけは飛びついたわけで、『その一幕だけでも』見る価値はあると思うよ」
リスのような生物――ランスロットが言葉を発した。大陸では稀に見かける光景だ。
中級以上の、内なる強い魔力を持った魔導士のみが既存の生物と掛け合わせて生み出せる「魔導生物」は、人間と同等以上の知能を持ち、人語と魔導を操る。
数は多くないため人々からは一応の好奇の目は向けられるものの、驚かれるようなことはない。
「わかっちゃいるけど……。最後のネタで登場するっていうあの『ラディーン』の実力には、あたしも噂で聞いて一度見てみたいとは思ってたから。ただね……3000ゴールドってのは安くないわよ」
魔導士の女――ナユタ・フェレーインは、悪態をついた。が、「ラディーン」という言葉を発するときの彼女の期待に満ちた表情を、ランスロットは見逃さなかった。
「君も素直じゃないなぁ……あの色男剣士の活躍を見たくないとは言わせないよ。
君が最強を目指す研鑽の参考にふさわしい実力に加え、絶世の美男子とくれば、間違いなく大好物だろ? 損して得とれ、どころじゃない、金額の全てを補って余りありすぎるといえるお宝チケットじゃないか!? さあ買った買った!」
「あのねえ……あたしの目は節穴じゃないのよ。
この剣闘は血と臓物あり、それに群がる人間どもの衆愚あり、金と政治的意図の見え隠れする薄汚い人間性と社会の縮図あり。全部あんたにこそ大好物のネタじゃないのさ。うまいことあたしを利用するんじゃないわよ」
ランスロットは、わざとらしく上を向いて口を尖らせた。
「え? それどういう意味かな? 人間の言葉は時々難しすぎて僕にはよくわからないなあ」
ナユタは大きくため息をついて、受付に金貨を支払い、銅製のカード状のチケットを受け取った。
「それにしても、今回は大公どののお誕生日だか何だか知らないけど、ずいぶんな力の入り具合だねえ。あのダレン=ジョスパンがお越しになるなんてね」
ランスロットの言葉に今回はナユタも同意した。
「そうね。あの優男は、エストガレス王家の入婿のダリム公とは親戚関係ではあって、来ること自体の大義名分はあるんだけど……。自分の国の公務にもろくに出席しないような不良王族が、わざわざこんな西の辺境くんだりまで来るからには――」
「当然、『血の御楽しみ』のために今回の剣闘大会進行に一枚かんでいると見るべきだろうね」
ダレン=ジョスパンは大陸中原を制する大国のひとつ、エストガレス王国の王族公爵である。
王位継承権は第4位、まだ20代後半と若く、才気も将の器もある英傑だが極めて変わり者、であり――。式典や閲兵などの公務はことごとく放棄する代わり、自らの居城に閉じこもり特殊な研究に没頭。それにまつわる、罪人や領内市民に対するいわれなき残虐行為に手を染めている、などの悪評が後を絶たない。
そうしていつからともなく呼ばれるようになった彼の仇名が、「狂公」なのである。
「今回招かれた各国要人は、ダリム公と同じボックス席に陣取るはずよね……。ラディーンはもちろんだけど、そこにふんぞり返ってるはずの奴の動向にも注目すべきね。『出てくる』可能性も0ではない……」
「まあ奴個人も謎に包まれた人物だからね。奴の持つ内なる闇の暴走とそれによるダリム公との確執が楽しみ……もとい、奴自身の実力を見極め、君の野望のため多いに参考にするべきだね、ナユタ」
図らずも本音を露呈しつつ取り繕う下僕の失態を、呆れ顔で見やるナユタ。
「あたしはあんたの内なる闇の暴走と、それによるあたしとの確執の方が気がかりだけどね」
皮肉りつつ、観衆たちとともにコロシアム内へと歩みを進めた。
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