第5話 『危険が無いように』ってそういう問題じゃない

 まばゆい光に一瞬視界が奪われる。雪野晶虎は目をかばっていた腕をゆっくり下ろした。白い。

 直径5メートルくらいのドームの中にいた。中央の椅子に座っており、慌てて見渡すと足元に妹が横たわっている。

「巳虎!無事か?!」

 慌てて椅子から降りて揺り動かしてみた。呼吸はしているようだ。全身の力が抜けた。

 無機質なほど何もないこのドームは知っている。ゲルタルダーのコクピットだ。

「…ゲルタルダー……」


 パイロット承認終了。戦闘モードに移行可能。


 不意に青い光で文字が浮かび上がった。

「ゲルタルダー!外はどうなってる!モニターに出してくれ!」

 晶虎の記憶通りなら、コクピットシートの左にモニターボタンがあったはずだ。手すりの先が丸く、引っかかったボタンに触れた。よく知っているはずなのに触れたのは初めてだと気づいた。


 ガクンと揺れ、周りが映し出された。


 晶虎はしばらく息ができなかった。


 毎日通っていた学校。

 野良仕事を手伝っていた田畑。

 虫取りや山菜、キノコや薪を取りに行った森。

 釣りをしたり泳いだりした川。


 ——何もかもが炎に包まれていた。


 上空には黒い帆船。BK506型『蝙蝠傘』だ。これは序盤でさんざん経験値にした。


「お前……」


 妹を抱きかかえ、晶虎はパイロットシートに座った。


「序盤の雑魚敵のくせに、俺の村を焼くんじゃねえ!!」


 右手すりの中指あたりを押す。

「ゲルタルダー!プロパティ開け!」


 氷雪大神ゲルタルダー レベル1

 封印解除武器・壱 氷雪光線 攻撃力弱


 まずい。

 序盤も序盤、ガチ序盤。

 下手するとイベント戦闘で負けるレベルである。

 しかし現実にイベント戦闘はない。


(時戻しは使えない、デバフの速度凍結も無理、封印奥義なんてさらに無理、エネルギー残量だけはあるけど炎対策でバリア張っててガンガン減ってる、しかも外せば他の村にも被害が出る、その上今は空飛べない!!)


 つまり一発必中で当てるしかない。


「ゲルタルダー!照準寄越せ!!」


 飛び回る黒蝙蝠に、青く光る円を合わせる。速度が速くてうまく合わない。歯の根がガチガチ震えてきた。

 下手に動けば足元の家が確実に崩れる。炎でもう駄目かも知れないということは忘れた。万一誰かが生きていたら人殺しだ。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう……」


 憎しみや苦しみは嫌というほど経験してきた。逆らっても抗ってもどうしようもなく無気力になった。猫のケージなんて壊せたはずなのに、足の裏にタバコを押しつけられたり、熱湯風呂に頭を押し込まれたり、ゴキブリの混ざる残飯を食わせられる恐怖に負けて何もできなかった。

 今はゲルタルダーがある。膝の上に、守りたい妹もいる。

 だから。


「当てろ!ゲルタルダー!氷・雪・光・線!!」


 パイロットが叫ぶ理由が今わかった。怖いのだ。だから叫んで自分を鼓舞する。胃の中を全て吐きそうな恐怖に耐えてボタンを押す。


 そして、氷は黒い帆船を撃ち抜いた。

 

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