第3話 転生したけど何処だここ
雪野晶虎は目覚めた。古い農家の離れで、一人布団を敷いて横たわっていた。枕元の火鉢では薬缶の湯が沸騰してしゅんしゅんと音を立てている。
手を見る。ごく普通の手だ。痩せこけて血管と骨だけの手とは違う。もうあれから15年もたったのだ。
ケージの中で死んだときやってきた女神は、このまま生きるか転生するか尋ねていた。晶虎は生まれ変わりを選んだ。あんな人生はもうごめんだ。歩くだけでも年単位のリハビリが必要だろう。
そして彼は豪農の長男として新たな生を受けた。名前は変わらなかった。父と母は穏やかで優しい人々で、はじめは全く信用ならなかった。自分を殴ったり蹴ったり馬鹿にしない人間なんていないと思っていたからだ。
彼らは晶虎が乳を飲むだけで喜び、這うだけで嬉しがった。家の中にいる母親はもちろん、仕事に行く父も戻ってくればすぐに晶虎の顔を見て笑った。人に愛され認められるというのはかくも素晴らしいのかと晶虎は思った。
周りから見れば晶虎は怯えやすい子供だった。それでも抱いてあやしてやれば機嫌を治した。晶虎は前世で受けた傷を15年かけて癒していった。
妹もできた。巳虎という。母が里帰りして連れてきた。2つ違いの可愛い妹だった。
晶虎が生まれ変わった世界は、日本で言えば明治、大正あたりの時代らしかった。それでも日本ではないらしい。葦原というのがこの国の名前だそうだ。
「葦原は、かつて高天原というところから来た神の末裔なのだ。神々は葦原を見つけてここに住うことにした。我々葦原の民は神の子であり選ばれた民である」
そう小学校で説明された。
「しかしだ」
初老の教師は続けた。「葦原の民でない、自らを秋津と呼ぶ連中がおる。彼らは葦原の民に仕える存在であるにもかかわらず反抗しておる。戦争はもう80年近く続いて止む気配がない」
教師は苦しそうな咳をしたが、空を切るような異音に遮られた。
航空機の音だ、と反射的に晶虎は考えた。しかしこの世界に飛行機があるとは聞いたことがない。教室は全員浮き足立っていた。晶虎が窓を見ると小さな黒い船のようなものが空にいた。黒い船はどんどん大きくなっていく。着陸しようとしているのだ、と考えた晶虎は叫んだ。
「逃げろ!」
そのまま彼は駆け出した。女子校舎にいる巳虎を探そうとしたのだ。次の瞬間、彼は浮き上がって地面に叩きつけられた。もういないはずの義父に殴られたかのようだった。
しかし、爆音と光で攻撃されたのだと分かった。女子校舎の割れた窓には、赤々と燃え上がる校舎が映っていた。さっきまで晶虎がいた場所だ。
「巳虎!巳虎!!」
彼は絶叫して耳鳴りも構わず走り出した。妹の無事だけが気がかりだったのだ。
葦原移転暦1605年2月5日。英雄、雪野晶虎の伝説はこの日始まる。
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