第19話 それは法で禁じられている

 少し驚いた表情でトラプさんは僕に報酬の二〇万円を渡した。もちろん、女性になった僕に驚いていたわけではない。玉に瑕はなかった。まさか生きて帰るとは思っていなかったのだろう。舐めて貰っては困る。


 僕らは裏口から外に出された。議員がアルカゼノマーを招いていると噂されることを嫌ったのだろう。入るときも裏口まで遠回りさせられた。まあ、また依頼してくれると言っていたし、よしとする。


「次からは楽ちんだな」


 リノの言うとおりだ。トラプさんはあの森にベニテングダケがあると知らないようだった。次回はあそこで採取して、適当に時間を空けてから渡しに行けばいい。なんて簡単なお仕事。


 裏道に出た僕たちは、狭い路地を抜けて大通りに合流する。相変わらず街の人から注がれる幼女たちへの視線は冷たい。幸いにも幼女たちは金を得た興奮で気にならないようだった。


 彼女たちが持っていた金に比べれば、はした金だ。けれど、むしろ身近な金額になったことによって、より実感が増したようだ。この年齢で二〇万円は大金に違いない。


 その足でオニム呉服店へ向かう。幼女たちの本命はこちらだ。売れないと言われていた彼女たちの商品。引き取る前にせめて並んでいる様を見たいそうだ。


 商売の邪魔にならないよう、少し離れたところから店先を眺める。店頭に並ぶそれを見たときには、彼女たちの表情がパッと華やいだ。初めての経験だろう。少し誇らしげにはにかむ姿は、みんな年相応の表情をしていた。どうか売れて欲しいと願わずにいられない。


「ちょっとだけ待ってみるか」


「うん!」


 驚いたことに、一番始めに返事をしたのはセルシスだった。笑みを浮かべ、すぐに商品の方へ視線を戻す。普段から気を張って大人ぶっているけれど、こうやって子どもっぽい一面を見ると安心する。本人はそのことに気づいてないだろう。そこがまた微笑ましい。


 彼女たちは過去のことを話す際に『小さい頃は』とよく口にする。僕からしてみれば彼女たちはまだ『小さい頃』なのに。幼さを捨てなければ生きていけなかったのだろう。


 だから、これからはもっと子どもらしく振る舞って欲しい。それでいいんだって教えてやりたい。


 けれど現実はそう甘くない。店頭に並んだ彼女たちの力作は見向きもされなかった。時間が経つにつれ彼女たちの顔は曇っていった。


「行こう。今日は美味いものを食べよう。僕が腕をふるってやるからさ」


 誰もその場から動こうとしない。けれど、すぐにセルシスがため息を漏らした。


「おまえが作ったって美味しくなるわけないでしょ。私とマリアで作るから、おまえは踏み台でもしてなさい」


「酷い言いようだな」


「事実でしょ?」


 悪い気はしなかった。セルシスが空気を変えようとしてくれていることが分かったからだ。いつもはツンツンして悪態を吐く生意気なクソガキだけれど、本当はとても優しい子なのだ。年長者としてみんなを支えようと頑張っている。


「アハハ、わたしも手伝うぞ」


「冗談は脳みそだけにしてちょうだい」


 ちょっとよく言い過ぎたかもしれない。本当に酷いやつなのかも。


 おかげで雰囲気が和らいだ。食料品店で買い物をして行こう。今日だけは好きなものを買ってやる。頑張ったんだから、ご褒美がないと。


「――セルシス?」


 しゃがれた声が背後から届いた。振り返ると、そこにいたのは中年夫婦だった。お世辞にも清潔な格好とは言えず、使い古された衣服のあちこちが継ぎあてだらけで、男性の方は無精髭にボサボサの汚れた髪。女性も伸ばしっきりの髪でろくに手入れがされていない。貧困に喘ぐ生活をしていることは簡単に想像がついた。


 この街は他の集落と比べて裕福なので、ここまで貧しい人はいないはずだ。外からやってきたのだろうか。


 それよりもだ。彼らはセルシスの名を呼んだ。嫌われ者のアルカゼノマー。忌み嫌う彼らの名前を進んで呼ぶ者は希だ。よっぽどのお人好しか、知人に限られる。


「ええと、どちら様で?」


「これは申し遅れました。私たちはセルシスの親です」


 驚きのあまり声を漏らしてしまう。偶然の親子再会に、僕の方が混乱してあたふたしてしまった。セルシスの方が慌てているだろうに。


 セルシスを振り返ると、何故かこちらに背中を向けていた。


「おい、セルシス。両親が――」


 彼女の肩を叩くと、雷にでも撃たれたように肩を震わせた。唇を真一文字に引き結んでいて、表情が消えていた。


 どうして彼女は喜ぶことなく、怯えているのだろう。


 両親はセルシスに駆け寄ると、強引に振り向かせて彼女を抱き締めた。小さな身体が余計に小さくなる。


「こんなに大きくなって。また会えて嬉しいぞ」


「ずっと探してたのよ? 見つかってよかったわ」


 心がモヤモヤした。気持ち悪い。どうしてこいつらは、実の娘に作り物の笑顔を向けているんだろう。平気な顔して嘘を吐くんだろう。


 まるで本題へ移るための前置きのように、彼らの言葉には感情が込められていない。


「あの……」


 セルシスを引き剥がそうとした僕の手から彼女を遠ざけ、父親が立ちはだかる。


「あなたがセルシスの面倒を見てくれていたんですね。今までありがとうございました。これからは家族三人で暮らしたいと思います」


「それは法で禁じられているはずです」


 一瞬、父親の笑顔が途切れた。そこに垣間見えた怒りの感情は、すぐに偽物の笑顔が塗り潰す。


「法なんて関係ありません。私たちは娘を愛しています。私たちを引き裂くことなど、何ものも出来ません。さあセルシス、家まで案内するんだ。荷物を持って家に帰るぞ」


 セルシスは何も言わない。ただ、服の裾をキツく握り締めているだけだ。


 母親の腕の中で息苦しそうに振り返るセルシスと目が合った。潤んだ瞳。震える唇。救いを求める眼差し。それだけで十分だった。


 こいつらは親なんかじゃない。こんなの親と呼べるわけがない。

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