第18話 お前の足やっぱり甘いな

 探索も兼ねて来たときとは別の道を行った。やはりどこも同じような景色で、特別変わったところはない。けれど、はしゃぎながら走ってきたリノが手に持つものを見て目を疑った。


「おい、リノ。それ……」


「ん? そこに生えてたぞ」


 彼女の案内で行った先には見慣れた木があり、その根元には鮮烈な赤色のキノコ。白いイボが特徴的なそれと、袋に入ったベニテングダケを見比べる。


「何でこんなところに生えてるんだ?」


 崖の下ほど多くはないけれど、そこに生えていたのは間違いなくベニテングダケだった。


 これならわざわざ危険を冒してまで取りに行く必要はなかった。


「嫌がらせね」


「さすがにそれはないだろ」


 アルカゼノマーへの嫌がらせで二〇万円も払うだろうか。何というか、中途半端だ。嫌がらせ目的であれば品質などを理由に安く買い叩くか、一銭も払わないくらいするはずだ。あれ、よく考えたらまだお金貰ってないな……。


 一度家に戻り、汗を流すことにした。議員の家に届けなければならないため、汚れたままでは具合が悪い。


 いつもなら僕が見張りをして幼女たちが川で水浴びをする。屋敷を追い出されてからはお風呂なんて入れないから仕方がなかった。彼女たちはむしろそれが日常だったようで、不満はなかった。


 今日も見張りをしようと思いきや、予想外の展開を見せた。


「私が見張りをするから、お前は水浴びしてきなさい」


 見張りは僕が男だから先にやらされている。だから、セルシスが代わったところで僕は入れないのだ。


「いいからセルシスが行けよ」


「命令よ。お前が行くの」


 そもそも僕が一緒に入ることを一番嫌がっていたのはセルシスだ。どういう風の吹き回しだろう。


「セルシーがこういってるんだ。いくぞ」


 僕の腕を掴んで、リノがぐいぐいと引っ張っていく。こいつ、セルシスにだけは従うんだよな。


「待て待て待て、さすがにそれはまずいだろ」


「なにがだ?」


 首を大きく傾げ、全身で疑問を表現するリノ。あんまり頭を傾けると脳みそがこぼれちゃうぞ。言い淀んでいると、マリアさんが柔らかい笑い声を漏らした。


「心配しなくても大丈夫ですよ。シャルちゃんが私たちをそういう目で見てないことは分かってますから」


 おおん……。見てないよ。当たり前じゃないか。幼女だぞ幼女。欲情なんてしない。僕はおっぱいボインのエマさんみたいな大人の女性が大好きなんだ。


 無我の境地へと至った僕は、不敵に笑う。


「行ってやろうじゃないか。僕がロリコンじゃないってことを証明してやるぜ」


 服を脱いで川に入る。意外と深く、座れば肩まで浸かることができる。僕は岩に背をもたれ、深く息を吐いた。約二日ぶりの行水だ。気持ちがいい。


「おい、シャルー。こっち来ないのか? 今ならわたしのおっぱい見せてやるぞ」


「べ、別に見たくなんてないんだからね!」


「なんだ? こーふんしてるのか? アハハ」


 誰がお前なんかの身体に興奮するか。背後から聞こえる無神経な声を頭から振り払い、気を静める。視界には豊かな自然だけ。


 最初は一緒に入ろうとしたのだけれど、罪悪感に押しつぶされそうになって岩の影に飛び込んだのだ。リノとカミュの裸は問題なかった。見ても何も感じない。リノはともかく、カミュに対して性的興奮を覚えるなど言語道断。彼女は触れてはいけない神聖な領域にいるのだ。ああ、カミュの身体を洗ってあげたい。素手で。


 問題はマリアさんだった。マリアさんは、胸はないけれどお尻が大きい。本人はそれを結構気にしていて、身体のラインがはっきりするような服を好まない。裸になれば服による誤魔化しは効かず、ありのままを晒さなければならない。


 マリアさんは恥ずかしそうに下半身を隠しながら脱ぎ始めたのだ。それが僕の中に眠っていた何かを呼び起こそうとしていた。それが目覚めれば僕は終わる。そう確信した。


 常人であれば、ここで目を逸らす。けれど、それは彼女に興奮したと認めるようなものだ。もう元の関係には戻れないだろう。


 だから僕は目を逸らすことなく、むしろ凝視した。穴が空くほど見つめた。舐め回すように全身を這いずった。




 ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。ママの裸。





 念仏のように心の中で唱える。ママの裸に興奮するはずがない。だって、ママだから!


 しかし、それが悪手だった。僕の視線に何かを感じたのか、ママは一層恥ずかしそうに身を捩らせた。その瞬間、僕の中で何かが弾ける音が聞こえた。千切れそうになる理性で本能を繋ぎ止め、何とか岩の影に飛び込めた。あと一秒でもママの裸を見ていたら、一線を越えていただろう。


 どうしよう。ママに合わせる顔がない。これからどういう目でママを見ればいいんだろう。


「そういえば、セルシーも最近はそこにかくれて、一緒に入らないんだよな。ふたりしてなんなんだ?」


 僕はともかくセルシスはまったく分からなかった。同性に見られるのが恥ずかしい年頃になったのだろうか。まさか、身体が成長したから……。


 想像力に蓋をして、僕は先に上がった。少し頭を冷やそうとそこらをふらつく。けれど、そんなときにこそ会いたくない相手に遭遇するものだ。


「げっ……」


「なによ、その反応。むかつく」


 上目遣いで睨めつけてくる彼女。その全身を思わず見てしまう。軽鎧はすでに外しており、彼女はぴったり目の服を着ているせいで身体のラインが丸わかりだ。


「成長は……してないな」


「は? お前こそまったく成長してないわね、このロリコン。どうせマリアたちの裸を見て鼻の下を伸ばしてたんでしょ。ふんっ、けがらわしい」


「は、はあ? み、見てないし。お前らのつるぺたボディなんて、見たって何も感じ――」


 股間に凄まじい衝撃が走り抜け、僕はその場に崩れ落ちた。


「あら、ごめんなさい。てっきり何もないと思って蹴ってしまったわ」


「ぐっ、……白々しいぞ、クソガ――あぐっ」


 後頭部を小さな足が踏みつける。


「せっかく綺麗にしたのに、また汚れちゃったわね」


 サンダルを脱いだ彼女は裸足だった。こういうところは律儀だ。さすがに土足で他人の頭を踏むのは気が咎めるのだろう。他人の頭を踏むこと自体が非難されることなのだといい加減気づいて欲しい。


 せめてもの反撃にと、彼女が足を退けたと同時に動いた。


「ひっ――」


 セルシスの悲鳴が漏れる。彼女はそのまま尻餅をつき、すぐに逃げようと藻掻く。けれど全身に力が入らないようで、彼女はその表情を恐怖に染めた。


「むにゅむにゅ……ちゅぱっ……お前の足やっぱり甘いな」


「ああ……あぁ……ぅ……ぁ……」


 舐めたやった、セルシスの可愛らしい足を。いや、舐めたなんて生易しいものじゃない。親指から小指へ、指の間に至るまで余さずペロペロしてやった。さすがのセルシスも真っ青だ。涙目になりながら、うわごとのように何かを呟いている。


 これが大人の力だ。恐れおののくがいい!


 しばらく放心状態に陥っていた彼女だけれど、ようやく立ち上がる。虚ろな目でサンダルを拾い上げ、裸足のまま歩き始めた。その向かう先は、僕だ。


「せ、セルシス?」


 返事はない。光をなくした深い闇を宿す深紅の瞳。その視線が僕の股間を捉えて離さない。急にぐわっと手の指を広げ、ゆっくりと何かを握りつぶすように閉じられる。小刻みに震える手は、尋常ならざる力が込められていることの証し。


「待て待て待て! それは本当にまずい。潰れちゃうから。女の子になっちゃうから!」


 彼女が視界から消えた。そのときにはすでに股間を鷲づかみにされた感覚。


「あぅっ、ごめん、セルシス。僕がわる――」


 内臓を殴られたような痛みが、股間を駆け抜けた。呻き声を漏らしながら僕はその場に這いつくばった。股間を押さえて丸くなる。


「ぐすっ……」


「なに泣いてんのよ、気持ち悪い」


 酷いよお。それで気分が晴れたのか、やってきたリノたちと入れ替わりで川へ向かっていった。


 またしても僕の下着の中を覗き込んできたリノが黙って僕の肩を叩き、ゆっくりと首を横に振った。その表情は険しい。


「そんな……」


 男としての象徴が失われた? つまり、女の子に?


「わたしは歓迎するぞ」


「リノ……」


 何でこういうときに優しい言葉かけるの。好きになりそう。幼女相手でも百合ならセーフだよね。

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