第14話 おっきくする?
「リノ! 前に出すぎだ」
「アハハ、余裕だぞ!」
僕の注意を無視して、リノは先行する。
木陰から飛びかかる鬼狼。リノは目も向けず槍を一閃。生死を確認することなく突き進む。その姿はまるで嵐のようで、鬼獣たちに同情すら覚えた。
「放っておきなさい。あれは馬鹿よ。言葉なんて通じないわ」
「仲間だよね? さっき仲直りしてたよね? 酷くない?」
「事実を言ったまでよ」
リノに向かって木の上から影が落ちる。鬼猿だ。五本指に生える鋭い爪を光らせ、リノの首を狙う。
「マリア」
セルシスが言うとほぼ同時、マリアさんがバトルライフルを抱えて引き金を引く。彼女の身体とは不釣り合いに大きな武器だけれど、走りながらでも狙いは正確。寸分違わず心臓を打ち抜くと思われた銃弾はしかし、鋭利な爪に弾かれた。
その一瞬の攻防により生まれた隙をセルシスが繋ぐ。地面を穿つほどの踏み込みは、彼女の身体を弾丸のように打ち出した。両断。上下に分かたれた鬼猿の身体が遙か後方へ流れていく。
セルシスたちに戦わせないように僕が先頭に立って戦おうと意気込んでいたのだけれど、彼女たちの華麗な連携を前にただただ見とれてしまう。
次々と鬼獣が襲い来るけれど、進行速度はまったく緩まない。さすが世界を救った幼女たち。
そろそろ僕も横を走るカミュにカッコいいところを見せたい。そんな願いが届いたのか、前方で爆音とともに砂煙が舞った。風が駆け抜け、それが払われる。現れたのは巨大な鬼猪。高さ五メートルくらいはあるだろうか。その頭部に生える角は僕の身長を優に超えている。
鬼にとって角の長さは強さの象徴だ。実際、角の長い個体が強い傾向にある。常識的に考えれば、あれに挑むのは無謀だ。僕の角は髪に隠れるほどの短小。…………めっちゃ羨ましい。
やはり、最初に突っ込んでいったのはリノだった。懐に潜り込み、竜巻のように身体を回転させて腹部を切り裂く。しかし、剛毛がハラハラと落ちただけだった。
「アハハ、すごく硬いぞ」
なんで攻撃が通用しなかったのに笑ってられるんだ、あいつは。
マリアさんの銃弾も意味を成さず、セルシスの剣も通らない。
鬼猪は頭を振ると、鼻息荒く前足で地面を掻いた。突進の予備動作だ。その直線上にはカミュ。
「一〇秒間そいつを止めなさい」
セルシスから僕へ無理難題が飛ぶ。いくらカミュの前だからって無理だよあんなの。逃げよう。カミュを抱きかかえようとすると、つぶらな瞳と視線が交わる。カミュが微笑み、僕の心臓が締め付けられる。可愛い。
「しゃぅ、がんば」
「任せて」
迫り来る鬼猪。その気迫に顎から汗が滴り落ちる。ああ馬鹿だなと思いながら僕も突進する。
衝突。力比べはあっけなく僕が負けた。もの凄い速度で押し込まれていく。地面を抉り続ける足が悲鳴を上げる。ギリギリだった。カミュまであと数歩のところで、鬼猪の動きが止まる。
身体中の筋肉が千切れたように痛んだ。後ろへ倒れる僕をカミュが受け止める。後頭部にぷにぷにの太腿が当たる。視界にはカミュの可愛い顔。彼女は僕の顔を腕で抱えるように包み込んでくれる。鬼生の最期がカミュの膝の上であるなら、報われたと言えるだろう。
そんな幸福な時間を壊すように鬼猪が口を開き、獰猛な牙を僕らへ向ける。せめてカミュだけでも逃げてくれ。僕の願いは違った形で叶えられる。
「――主よ、穢れを焼き払う灯火をここに。私は願う。星々を灼き尽くし、永遠をお示しください」
幼女が空に舞う。
その手に握る剣に赤い光が渦巻き、大火へと変わる。彗星のごとく尾を引いて墜ちる切っ先は鬼猪の背中を貫き、業火をまき散らしてそのすべてを燃やし尽くす。あとに残るは焦げた地面と灰。風に吹かれ、それすらも消えていく。
「及第点ね」
セルシスはそう言うと、僕の胸を踏みつけた。ミシリと胸骨が悲鳴を上げる。
「死ねロリコン」
「これは不可抗力というやつで……」
踏み抜こうと力が込められたのを感じて、大慌てでカミュの太腿から頭を上げた。
それにしても、あの鬼猪を一撃で葬るとは恐れ入った。
セルシスの剣に炎が生じたのはアルカゼノムによるものだ。火を使わせれば彼女の右に出る者はいないという。その代わり、火以外はからっきしらしい。
「進むほど鬼獣が強くなってるわね」
もう少し先にある白樺の場所は、崖と最奥地の中間当たりに位置している。奥に進むごとに鬼獣が強くなるのだとすれば、最奥地には鬼王に引けを取らない怪物がいる可能性もある。以前、父さんから手に負えなくなった鬼獣を森に放ったと聞いたことがある。ここがその森かは不明だけれど、もしそうであれば絶対に遭遇したくない。
少し速度を落として進む。ここからは連携が大事だ。リノは不満げだったから、拳骨を食らわせてやった。そうしたら股間を蹴り返されて僕は男として死んだ。
「シャルちゃん、ちょっとじっとしててくださいね」
マリアさんがバトルライフルの銃口を僕の股間へ向ける。徹底的に潰す気だ。
「ま、待ってマリアさん! 本当に駄目になっちゃうから! まだ新品なのに!」
「ちょっと痛いけど、我慢してくださいね」
彼女は笑顔で銃口を股間に押しつけた。ちんポジが悪いのか、彼女はぐりぐりと銃口をねじ込んでくる。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
そして引き金を引いた。銃声が轟き、僕の意識が散り散りになる。
「終わりましたよ」
その言葉で僕は意識を取り戻した。
ああ、終わってしまった。さようなら、僕の中の男の子。お父さん、お母さん。今日から男の娘として生きていきます。
現実を受け止めるため、僕は下着の中を覗き込む。なんと生前の形そのままだった。
「ちゃんと治ってますか?」
僕の背後から覗き込もうとするマリアさんから大慌てで距離を取って、首がもげるほど頷いた。
そういえばマリアさんは再生のアルカゼノムを使えるのだった。彼女の射撃の腕はピカイチだけれど、それは実弾に限った話。アルカゼノムを使うときは制御できず、明後日の方向へ飛んでしまうのだ。だからゼロ距離で撃つ。てっきり実弾で完膚なきまでに僕の僕を破壊されるのかとヒヤヒヤした。
「治癒が不完全だと、もう一発撃たないといけないので確認させてください」
いくらママでも見せるわけにはいかない。いや、ママだからこそ見せるわけにはいかない。笑われる。絶対に笑われる。
「だ、大丈夫ですから」
「ん? マリア、駄目だ。ちっちゃいぞ」
「何やってんだよおまえええぇ!」
僕の下着を引っ張って中を覗き込んでいたリノの手を振り払う。
「アハハ、ちゃんと治してもらえって」
うるせえよ。これが正規サイズだよ。死にたい。
見れば、セルシスが嘲笑を浮かべてこちらを見ていた。死にたい。
「シャルちゃん、おっきくする?」
銃を構えるマリアさん。本当のことを言うのが辛い。泣きたい。
そこへ救いのカミュが現れる。彼女が指さした方向。そこには白樺の木があった。幼女たちの関心はそちらへ移り、僕の自尊心は守られたと安堵したそのときだった。
「ふっ」
わざわざ近くまで来て、セルシスが鼻で笑った。嘲りの込められた笑み。それだけだ。彼女も白樺の方へ歩き出す。
救われないなあ、僕の僕。
僕はその場に崩れ落ち、独り涙を流すのであった。
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