第11話 全知全能の神様になったような気分で
翌日から、エマさんは僕たちの家に毎日通ってくれた。まるで通い妻だ。言ったら光の速度で否定された。彼女はセルシスたちに裁縫を教え、僕とリノに農業を教えた。
「はい、これ」
「なんだ、これは?」
エマさんから受け取った大量の粒を見て、リノが首を傾げた。
「ラディッシュの種だよ」
「うまいのか?」
「これを土に植えると、美味しい根野菜になるんだよ」
「野菜は嫌いだぞ?」
家の周囲は拓けていたので日当たりがよく、真横に畑を作ることになった。土を耕し、いよいよ種まき。種はエマさんが農家の人から貰ってきてくれた。優しい。
普通は輪作といって畑を遊ばせないように時期に応じて異なる種類の野菜を育てなければならないけれど、今回は初めてなので一種類だけだ。ラディッシュは早ければ二〇日で収穫できるそうで、急ぎ食糧を得たい僕らにはぴったりだ。
一直線に溝を掘り、二センチくらい間を開けて均等に種をまく。土を被せて、水を撒いたら終わりだ。近くに川があったので水には困らない。
数日すると、小さな芽が顔を覗かせた。初めての農業に興奮しているようで、幼女たちは毎朝みんなで畑を確認していた。芽が出たときには目を輝かせ、飛び跳ねる姿も見られた。尊い。
「なあ、もう食っていいか?」
「お前はエマさんから何を学んだ」
「ん? おっぱいが大きくなる方法だぞ」
「マジか」
「アハハ、嘘だぞ」
何笑ってんだお前。湧き上がる殺意を抑え、第二弾の種まきを行う。間隔をずらすことで、毎日食べられるようにするのだ。
裁縫の技術も日を追うごとに上がっていき、セルシスは小物、マリアさんは服を作り上げた。どちらも店に並んでいるものと遜色ない。エマさんも驚いていた。天才か、この子たちは。
カミュはよく分からないゴミみたいなものを作っていたけれど、カミュの笑顔さえあれば売れるから問題ない。というか、カミュの笑顔でお金が取れる。あれ……もしや農業とか裁縫とかする必要なかったのでは。
畑も順調で、葉が重なってきたものを間引きする。そうやって栄養を奪い合わないようにするのだ。まるで自分が全知全能の神様になったような気分で、生き残るものを選別する快感が楽しい。今、この畑は僕の手ひらの上にある。
「どれを抜くんだ?」
葉の形や色、細さの基準をリノに伝えても頭がパンクするだけだろう。
「そうだな。弱そうなのを」
「じゃあぜんぶだな」
「どうしてそうなる」
馬鹿なのか?
「ぜんぶわたしより弱いぞ」
馬鹿だった。救われないなあ。
「それたぶんお前以外の生きものいなくなるわ」
「アハハ、面白いこというな」
この生活は疲れるけれど、屋敷でこき使われていたときとは異なる種類の疲労だった。心地よくて、夜はぐっすり眠れる。リノに頭を蹴られて起きることもあるけれど、目を瞑ればすぐに意識が溶けていった。朝の目覚めもすこぶるいい。生活のレベルは落ちたはずなのに、毎日が充実していた。
ラディッシュの収穫は目前。作った小物や服はオニム呉服店に置かせて貰った。
何もかもが順調に進んでいた――はずだった。
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