第10話 スリーサイズ測りたいんでしょ?

 衣食住の住は確保した。衣も先日買った服がある。リノが見つけた木の実で数日は凌げるだろうけれど、先々のことを考えると安定した食糧供給手段を確保しなければならない。


 完全な自給自足など無理だろうから、お金も必要だ。そうなると仕事を見つけないといけない。


 森の散策はセルシスたちに任せ、僕は街へ向かうことにした。必ず四人で行動するように言っておいたから大丈夫だろう。鬼王を倒した彼女たちは、言うなれば世界最強の存在。心配すること自体が無駄だろう。


 オムニ呉服店に着くと、ちょうどエマさんが店先で客を見送ったところだった。彼女は僕を見つけるなり、血相を変えて迫った。


「シャルくん! 聞いたよ、家追い出されたんだって? 大丈夫なの? あれ? みんなは? ……まさか売って――」


「ち、違いますよ! 今は森の散策をしてます。みんな無事です」


 しばらく僕の目をじっと見つめていたエマさん。僕の言葉が真実だと納得してくれたのか、安堵の息を漏らした。まったく、僕を何だと思ってるんだ。いくら僕でも彼女たちを売ったりしない。アルカゼノマーなんて売れないからね!


「よかったー、心配したんだよ? 言ってよ! 水くさいな」


「ごめんなさい。けど、エマさんに迷惑はかけられませんから」


 セルシスたちと唯一仲良くしてくれるエマさんだからこそ言えなかった。きっと、彼女がアルカゼノマーと親しく接していることを快く思わない人は多い。エマさんに危害が及んだらと思うと、黙って街を出るしかなかった。


「それで、家はどうしたの?」


「ここから一時間くらい離れたところにボロ屋があって、とりあえずはそこで暮らすことにしました」


「そっか。じゃあ、今度遊び行くね」


「ありがとうございます。セルシスたちも喜びます」


 もれなく僕も喜びます。願わくばそのまま同棲して欲しい。


「ところで、ちょっと聞きたいんですが」


「何でも聞いて! スリーサイズ以外なら答えるよ」


「上から八〇、五六、八二」


「え、もうちょっと胸は大きいよ?」


 ヒントくれるんだ……。


「上から――」


「服の上から見ても、正確には分からないでしょ?」


 それはつまり裸を見せてくれるってことかな。マジか。エマさんついに僕の気持ちを受け取ってくれる気になったんだ。天に召されるくらいの喜びに浮かれていると、エマさんは店頭のマネキンの服を脱がし始めた。


「何やってるんですか?」


「え、スリーサイズ測りたいんでしょ?」


「あ、ああ、そ、そうですね……」


 マネキンかよ! 今のどう考えてもエマさんの裸じゃん!


「あれー、一体何を期待してたのかなー?」


 僕の胸に指を這わせ、エマさんが耳元で囁く。あっ、何これ。すごくえっちぃ……。


「実はね、このマネキン私をモデルに作ってあるんだよ」


「早く脱がせてください測りましょう!」


 マジか。え、じゃあこれ抱いたらエマさん抱いてることになるの。何それ。そんなえっちなもの店頭に置いておくとか、勝負しすぎでしょ。盗まれたらどうするの。エマさんの身体が盗まれることと同義だよ。欲しい客なんて一杯いるよ。この街の男全員が虎視眈々と狙ってるよ。


「ちなみに、お客様でこれ知ってるのシャルくんだけだからね」


「いや、僕は盗みませんよ?」


「ほんとかなー?」


「な、な、ななな何言ってるんですか! やだなあ、マネキンですよ? いくらエマさん抱きたいからって、さすがにマネキン抱かないですよ! どこの変態ですか、ハハハ……」


 ここの変態です。


 取り繕えば取り繕うほどに余計な言葉がポンポン出てしまう。エマさん若干引き始めたし。たぶんそろそろ人としてやばい。人じゃないけど。鬼だけど。


 まあ、もう幼女のパンツ見ようとした時点で終わってる気はする。もう何も怖くない感はある。マネキンくらい余裕で抱ける。


 今夜くらいが狙い目か。


 問題はどこに保管するかだ。あのボロ屋ではすぐ見つかってしまう。かといって、森の中にエマさんの身体を置き去りにするわけにはいかない。ああ、いったいどうすればいいんだ!


「それで? そんなゴミみたいな話をしに来たわけじゃないんでしょ?」


 笑顔でさらりとゴミ扱い。ああ、気持ちいい。


 僕は本来の目的をエマさんに話した。


 彼女は難しい顔をして唸ると、力なく笑った。


「無理だと思うな。この街に限った話じゃないけど、みんなアルカゼノマーとは関わりたがらないから、どこも雇ってくれないと思う。それに、政府に目をつけられたくないから……」


「やっぱり、そうですよね……」


 アルカゼノマーは半人半鬼。敵である鬼の細胞を人間に移植して、鬼の力を扱うことのできる存在。人類が鬼に対抗するために生み出した技術だけれど、当の人類はアルカゼノマーを怪物として扱う。


 彼らはアルカゼノムという、森羅万象を司る特別な力を行使する。鬼側ではデウィスマグナと言う。呼び方が違うだけで、どちらも同じ力を指している。


 アルカゼノムによって人類は鬼と戦うことができるようになった。しかし不相応な力を扱えば、その代償は必ず払わされる。アルカゼノマーはその力を使う度に鬼に近づいていく。完全に鬼と化せば、もはや人ではなくなる。理性を失い、無差別殺戮マシーンになるのだ。実際、いくつかの集落がそれで滅んだ。


 だから政府はアルカゼノマーが人の中に混じることを禁じている。実際に法で禁じられているのは親元に帰ることだけ。けれど、人間社会に踏み入る手助けをしてはならないというのが暗黙の掟だ。その掟に背けば、自らが人間社会で生きていけなくなる。それは過去実証されていることだった。


 アルカゼノマーに唯一許された道は、戦うことだけ。鬼と化す前に戦場で散ることだけだ。


「だから、自営業を始めたらどうかな? 農業とか、縫製工とか、土木とか」


 それはすでに考えたことだった。けれど、どれも知識が必要なものだ。素人がすぐにできるものではない。


 学ぶための場はある。しかし、学校に通うには金が必要だ。そもそも、アルカゼノマーは入学を許可して貰えないだろう。それらはすべて政府の管理下にあるのだから。


「やっぱりそうだよねー。あ、けど、縫製工なら教えられるよ? 何たってうちは呉服店だからね。オリジナル商品も作ってるし! 私が!」


 腰に手を当て、豊かな胸を反るエマさん。さてはおっぱいが大きい自慢だな? 会話の本質は言葉の裏にあるというから間違いない。


 確かにセルシスたちにエマさんほどのおっぱいがあれば、アルカゼノマーと言えど男はじゃんじゃん寄ってくるだろう。ちょっとおっぱいを揺らせば、男は金を投げる。おっぱい課金だ。男は馬鹿だからな。ちょろいちょろい。しかしながら、幼女には揺らすものがない。長期育成計画を経れば利益が見込めるかもしれないけれど、その前に飢えて死ぬ。まな板には夢も希望もない。常に崖っぷちだ。


「シャルくん、聞いてるかな?」


「はい。やっぱり時間がかかるから無理ですね。そうだ、裁縫を教えて貰うことはできますか?」


「うん? 今その話をしてたんだよ?」


 マジか。本質は言葉の裏の裏にあったのか。あぶねー、おっぱいって言ってたら死んでた。


「とりあえず、やってみることが肝心だよ! 土木は無理だけど、農業なら知り合いに聞いてみるし。縫製を軸に、農業も平行してやっていくのはどうかな?」


「さすがエマさん! 持つべきものはエマさんですね」


「でしょでしょー」


「じゃあ今晩、食事でもしながら具体的に詰めていきましょうか。二人きりで」


「じゃあ今晩、新居にお邪魔するねー」


 さすがエマさん。ガードが堅い。

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