第2章
第5話 死ね! ロリコン!
数日後。いよいよ家事も手慣れてきて、割る皿の枚数も一日一枚になった。一日三回床に額を擦りつけていたのが、一回で済むようになったということだ。しかも、今日は昼食を終えたにもかかわらず、一枚も割っていない。これは高記録が期待できる。これぞ成長の証し。
ただ、回数が減ると不思議なもので、物足りない気分になってくる。踏まれないと落ち着かない。習慣とは恐ろしい。
「……なによ」
ハッとして顔を上げると、怪訝そうな顔つきでセルシスがこちらを睨んでいた。
「わたしの足がどうかした? じろじろ見ないでくれる。気持ち悪い」
どうやら無意識にセルシスの足を見ていたらしい。口に入りそうなほど小さな形の良い足。ふっくらとしたふくらはぎから足首にかけての幼い曲線が愛らしく感じる。
「……別に。それより、リノたちは?」
また変態と罵られても困るので話題を変える。訝しげに目を細めていた彼女だけれど、何とか乗ってくれた。
「外に遊びに行ったわ」
「おいおい、大丈夫なのか?」
「森の散策って言ってたから大丈夫でしょ。カミュはともかく、マリアも一緒だし。万が一、誰かに襲われても返り討ちにできるわよ」
おまえがよく知ってるでしょ、とセルシスは薄く笑った。
瞬間、身の毛がよだった。彼女たちへの恐怖が、震えるこの身体にしっかりと刻み込まれている。むしろ襲う側の方が心配になってきた。
カミュとマリアさんはともかく、リノは加減を知らない。僕も殺されそうになった。もしセルシスが彼女を止めていなければ、とっくに冥府へ赴いていただろう。
逆に大丈夫ではないんじゃないかと思い始めてきた。殺人を犯した暁には、もうこの街にはいられない。それどころか逮捕される。
一度疑念を抱いたら、瞬く間に不安が膨らんだ。そのせいで拭いていた皿が僕の手からこぼれ落ちる。静かな室内に大きな音が響き渡った。まるで何かの暗示のように。
僕はがっくりと肩を落とし、顎をしゃくるセルシスの前に跪いた。
「……申し訳ございません」
ソファから投げ出された幼い足が床を離れ、僕の後頭部に置かれる。ああ、何だか落ち着く。
「ねえ、もしかして踏まれたくてわざと割ってる?」
「そ、そんなわけないだろ!」
「ちゃんと額を床に擦りつけて」
「……はい」
グリグリと踵をねじ込んでくる。マッサージみたいで気持ちいい。
「幼女にこんなことされて、恥ずかしくないの?」
「いや、そう思うならこんなことしないで――」
上がりそうになった僕の頭を、セルシスが体重をかけて押さえつけた。打ちつけた額に鈍い痛みが広がる。
「またそうやってパンツ見ようとする!」
ああ、完全にパンツキャラになってしまった。
「生きる価値のないヘンタイを誰が養ってあげてると思ってるの?」
「セ、セルシスさまです……」
「分かってるなら、相応の仕事をしなさい。でないと、解雇するわよ」
「え、ま、マジで? それはちょ――」
「だからパンツ見ようとするな!」
違うんだよなあ。パンツ見たいわけじゃないんだよなあ。驚愕の内容を突きつけられると、思わず顔見ちゃうじゃん。それなんだよなあ。
伝わらない想い。幼女に向かって土下座し、頭を踏まれ、養って貰えるように懇願する。これが大人のすることだろうか。いいや、違う。そんなはずがない。
――こんな世界、狂ってる。
ズタズタに引き裂かれたプライドが、僕の復讐心に火を灯す。
やってやる。今立ち上がらなければ、一生このままだ。どんな結末を迎えたとしても、後悔なんてしない。
やってやる……やってやる!
僕はセルシスの足を払い、ソファに突進した。驚きで身を縮める彼女の両膝に手をかけ、左右に広げる。けれど、さすがは鬼王を倒した勇者。ぴったりとくっついた幼い膝小僧はわずかな隙間を空けただけだ。
「ちょ、な、なにするのよ!」
「へっ、そんなにパンツ見せたくないなら――見てやるよ!」
「頭おかしくなったの!? 早く手を放しなさい!」
確かに強い。けれど、身体性能は僕の方が上だ。閉じられた膝が徐々に開いていく。幼い太腿の先に待つ秘密の花園。さあ、今日も白か? それとも背伸びパンツか?
全神経を集中させ、僕は一つ上のステージへと昇華する。そうして禁断の扉を無理矢理にこじ開ける。
このままでは見られると悟ったのだろう。セルシスは両手を太腿の間に差し込み、スカートの裾を押さえた。
「いやっ……やめて……」
顔を真っ赤にして涙を浮かべるセルシス。少し可哀想になってきて、理性がやめろと叫ぶ。
――理性?
僕の本能があざ笑う。ここで恐怖を叩き込めるかどうかで、今後の生活がガラリと変わる。そんなチャンスをみすみす見逃すほど、僕は甘くない。
見よ! これこそが人類を滅ぼさんとした鬼の力!
「たっだいまー」
勢いよく開かれた扉。唖然とする幼女たちとエマさん。
違うんだよなあ。見て欲しかったのはお前らじゃないんだよなあ……。
僕はゆっくりと両膝から手を放す。すぐさま膝を抱えるセルシス。堪えきれない涙が、紅潮したマシュマロのような頬を伝う。
僕はようやく自分の間違いに気づいた。どんなに生意気でも、たった九歳の女の子だ。心は脆いに決まっている。
「ご、ごめんな、セルシス。ちょっと悪ふざけが過ぎた」
いつもなら、ここで蹴りの一つも飛んでくる。しかし、セルシスは堰を切ったように泣き始めてしまった。
どうしていいか分からずあたふたしていると、隣に来たエマさんが耳元で囁いた。
「――死刑」
途端、膝に力が入らなくなって、がっくりと崩れ落ちる。そこへ、リノが肩に手を置いた。顔を上げると、彼女は眉尻を下げ、ゆっくりと首を振る。
「いくらパンツが見たいからって、無理矢理は駄目だぞ」
「……ごめんな、さい」
「わたしので、がまんしろ」
「あっ、いらないです……」
「えんりょしなくてもいいぞ。わたしはかんだいだからな! アハハ!」
そう言って、リノはショートパンツのカギホックを外す。
「いやいやいや、本当に見たくないから!」
これでパンツなんか出されたらエマさんに殺される。大慌てでショートパンツのカギホックを留めようとするけれど、それでも脱ごうとするリノの妨害でなかなかハマらない。
何だよこいつ、変態かよ。
悪戦苦闘していると、耳元に気配を感じた。
「何やってるの、シャルくん」
ゆっくり振り返ると、エマさんの笑顔があった。口元は笑っているのに目が笑っていない。瞳の奥に宿る明確な殺意。危うくおしっこを漏らしそうになる。
「違うんです! 聞いてたでしょう? こいつが脱ごうとしたのを止めて――」
言い終わる前にエマさんの手が僕の顔面を掴んだ。ミシミシと指がめり込む。
「へ、へまたん、ち、ちが」
「死ね! ロリコン!」
そのまま背後に押し倒され、テーブルに叩きつけられる。もの凄い音を立てて木製のそれが割れ、僕の後頭部が床を叩いた。
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