第4話 荷物を持つくらいしかできない無能なのだから

 大金を得るだけの働きをしたことは認めるけれど、やはり幼女が札束を持つなんて生意気にもほどがある。この歳で何でも買える万能感を味わってしまったら、この先の人生で苦労するだろう。


 何より、厭らしい大人になること請け合いだ。本当なら親が管理すべきなのだけれど、生憎彼女たちにはそれがいない。


 当然、奴隷である僕に金の管理を任せようとはしない。どうせ持ち逃げするでしょ、とセルシスは言うけれど、まったくその通りだ。よく分かっていらっしゃる。その金があれば僕はエマさんと一生遊んで暮らせるのだから、誘惑には敵わない。


 両手一杯の紙袋を押しつけられて帰路につく。一個一個は軽いのだけれど、それが集まると重くて腕がもげそうだ。腕だけでは足りなくて首にもぶら下げる。優しい心の持ち主であるマリアさんは手伝ってくれようとしたけれど、セルシスが制した。


「荷物を持つくらいしかできない無能なのだから、しっかり役に立ちなさい」


 さすがに荷物持ち以外にもできることはある。


 ここ一週間を思い返してみた。ご飯を作ったら不味いと言われ、掃除しても汚いと言われるし、洗い物をすれば皿を割る……。


 あれ? もしかして本当に無能なんじゃ……。


 上を向いて、こぼれそうな涙を堪えた。人間社会って厳しい。辛い。辞めたい。


「なに馬鹿みたいに空見上げてるわけ? 置いて行くわよ」


 何だかんだ言っても置いて行かずに声を掛けてくれるセルシスの優しさが沁みる。心が弱ってるときにそれはずるい。ムチばかり受けていると、ふとしたときに与えられるアメの力は絶大だ。何だよお前、天性のツンロリデレデレかよ。妖怪みたいだな。


 頭を振って正気を取り戻し、幼女のあとに続く。エマさんは仕事があるため店頭で別れた。セルシスたちがいたときは誰も来なかったのに、店を出た途端に客足が入り始めたのだ。人気店員は大忙しである。早く籍に入って手伝ってあげたい。


 商店街を歩いていると、来たときよりも寄せられる視線から悪意が薄れているように思えた。さっそく新調した服を着て笑顔を弾けさせる彼女たちのせいだろう。中には微笑ましい視線も含まれていて、つくづくファッションというやつは凄い。やはり、人は見た目によって感情が左右されるらしい。もしかすると、マイナスにしていたのは僕のセンスだったのかもしれない。本当に役立たずだな……。


 しかしながら、あくまでそれは遠巻きに見ているときの反応だった。


「これうまそうだぞ!」


 リノが駆けて行ったのは出店だった。肉串の店で、香ばしい肉とタレの香りが食欲をそそる。リノに続いてカミュたちも駆け寄る。目をキラキラと輝かせる幼女たちに、店主は相好を崩したと思いきや、すぐに表情を引き締めた。


「あっちいけ。シッシッ」


 肉が腐るとでも言いたげな表情で、追い払おうとする店主。カミュは怯えてマリアさんの後ろに隠れるけれど、リノは気にした様子もなく笑っている。


「アハハ、四本くれ!」


 五本だろ馬鹿。人数も数えられないのか? ……あれ、もしかして僕の分が抜かれている?


「てめえらにやる肉なんざねえよ。とっとと消えろ」


「ケチだな。金ならあるぞ!」


「穢れたガキに寄られると迷惑なんだよ。あっち行ってくれ」


「けがれた? わたしたち、けがれてるのか?」


 首を傾げるリノに、店主は苛立ちを隠さずに声を荒らげた。


「ああ、そうだよ! お前たちは怪物だろうが!」


「えっ……」


 リノの表情から笑みが消える。マリアさんは目を伏せ、カミュは今にも泣き出しそうだ。


「この野郎!」


 いくら何でも子供に言っていいことじゃない。それでも大人か。怒鳴り込んでやろうと腕まくりをする僕を、セルシスが制した。


「止めるなよ」


「そんなことしたら、もっと印象が悪くなるでしょ。少しは考えて」


「……ごめん」


 九歳に諭される一六歳。立場がない。


 セルシスは僕にお金を渡すと、顎をしゃくった。僕は渋々、店へ足を向ける。その間に深呼吸して感情を鎮めた。幼い頃から感情をコントロールする術を学んでいるので、造作もない。


 そもそも、本来であれば僕にこそ絶対に売ってくれないし、この場で殺されても文句言えない立場なのだけれど、それは知らぬが仏というやつだ。


 なんだ、シャルも食いたいのか、という問いかけを無視して店主に金を差し出す。


「五本ください」


 無視すんなという元気な幼女の抗議を、脳天に拳骨を叩き込んで黙らせる。


「……あんちゃん、こいつらの保護者か? だったら売れ……」


「こいつらガキなんでしつこいですよ。売ってくれたらすぐに行きますから」


 腕を組んで唸り始めた店主だけれど、集う視線が多くなってきたからか盛大なため息を漏らして頷いた。


「分かったよ。ほら、早くあっち行ってくれ」


 焼きたてを五本貰い、礼を言って約束通り離れる。すぐにリノたちが群がってきて、ひったくるようにして持って行かれた。まるで餌に群がるハイエナだ。


「いい働きだったぞ!」


「シャルちゃん、ありがとう」


「しゃぅ、いいこ」


 幼女に褒められるのもなかなか悪くない。


「ちょっと、一本多いわよ」


 セルシスに言われて確認するけれど、全員に一本ずつ渡っている。過不足はない。


「いや、ぴったり五本あるだろ」


「どうして、おまえの分があるの?」


 えぇ……、僕のおかげで買えたんじゃん。


「はあ……。まあ、いいわ。ありがたく食べなさい」


 恩着せがましい奴だなと思うけれど、確かにこれを買ったお金はセルシスたちのものだ。幼女に養って貰っている現実に打ちのめされそうになる。僕もここまで落ちたか……。


 いや、待てよ。僕は労働の対価を貰ってない。養われるのは当然のことであって、感謝する必要など微塵もないはずだ。


「感謝して欲しいなら、まずは労働に見合った賃金を払って貰おうか」


 給料を貰えばこれくらい自分で買える。もう偉そうな態度を取らせないぞ。


「ふぅーん」


 含みのある言い方だ。何かある。けれど、ここで引けばタダ働きから抜け出すチャンスを棒にふることになる。社畜になってたまるものか。


「な、なんだよ」


「おまえが割ったお皿、いくらするか知ってる?」


「ありがたくいただきます」


「よろしい」


 危うく負債を抱えるところだった。僕にはタダ働きが向いてるな。


 まあ、今までも給料なんか貰ったことないし、むしろ払う側だったし。いつでも欲しいものを買えたことを除けば、以前の生活とあまり変わらない。


 あれ? むしろ一番の魅力が失われいている気がする。


 もうたいらげたリノは串を咥えて上機嫌だ。


「転んだら喉に刺さるぞ」


「今日の夕飯はなんだ?」


 食べ物のことしか頭にないのか、お前は。


 口元を汚しながらもようやく食べ終えたカミュが、リノの真似をして串を咥える。噛む力が足りないせいか、串の先がだらりと垂れてしまっているのが可愛い。


 口の周りを拭いてあげようとポケットに手を伸ばすけれど、僕の出る幕はなかった。みんなのママことマリアさんが慣れた様子で拭ってあげていた。


「まぃあ、あぃがと」


 可愛い。僕もお礼言われたかった。


 カミュを見ていると、ロリコンの道に足を踏み入れそうになる。くわばら、くわばら。


 食料品店で買い物を済ませ、家についた頃には日が沈みかけていた。金に物を言わせて要らないものまで買おうとするリノのせいで時間がかかった。それを真似したカミュまで何に使うか分からないものを持ってきたので、それは買ってあげた。セルシスに蹴られた脛がまだ痛む。


 ソファに身体を投げ出すと、どっと疲れが襲ってくる。しかし、僕の一日はまだ終わらない。すぐに夕食の準備に入らなければならない。


 膨大な仕事量に毎晩逃げ出したくなる。


 けれど、僕はまだここにいる。


 この世界のどこを探したって、僕の居場所がないことを知っているから。


 まったく、救われないなあ。

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