第3話 土下座したら見せてやるぞ

「もう! 酷いですよ!」


「ごめんごめん。犯罪者の目をしてたから、つい」


 犯罪者扱いなんてやめてほしい。幼女のパンツなんて興味ないし、何なら先ほどはエマさんのおっぱいを揉みしだきたいと思っていたほどの男だ。…………もしかしてそのせい?


「と、とりあえず、誤解が解けてよかったです」


 何とか通報を免れ、セルシスの跳び蹴りで壁にもう一つ穴を空けた僕は、エマさんと幼女たちとともに街へ繰り出していた。


 僕たちが住む家は街の外れにある大きな屋敷だ。高額ゆえに買い手が見つからなかったそこを、セルシスたちが現金一括払いで買い取ったのが一週間前のこと。


 幼女四人と男一人が住むには広すぎる家で、一人一部屋をあてがってもまだ部屋が余っている。掃除が大変なのでもっと小さな家にしようと勧めたのだけれど、彼女たちは聞かなかった。


 どこぞの令嬢が住むような屋敷に憧れを持っていたのかもしれない。一介の奴隷でしかない僕には反対する権利がない――抗議してもセルシスの暴力によって黙らされる――ので仕方ない。


 とある理由から街への買い出しは僕だけで行っていたのだけれど、僕の服選びのセンスに絶望したエマさんがみんなで買いに行こうと提案してくれたのだ。


 ここでも言い訳させて貰えるならば、服は召し使いが選ぶものだから僕は選んだことがない。なのでセンスが悪いのも仕方がない。よって僕は悪くない。


 エマさんは呉服店の娘なので、センスは抜群にいいはずだ。僕は保護者として付き添っているにすぎない。


 久しぶりの外出に、セルシス以外の幼女は目をキラキラさせて街を眺めている。セルシスはピリピリしていて、目が合った者を片っ端から睨みつけていた。みんな小さな悲鳴を上げてすぐに目を逸らしている。


 それも無理のないことだった。この街は彼女たちを歓迎していない。彼女たちを見る住人の表情は、軽蔑や嫌悪、憎悪や迷惑など、例外なく負の感情を宿している。普通に接するのはエマさんくらいだ。


 セルシスはそれを知っていて、僕一人で買い物に行かせていたのだ。


 エマさんがいれば住人からの見方も少しは変わるかと思ったけれど、そんなことはなかった。


 まあ、仕方がないことだとは思う。セルシスたちはアルカゼノマーと呼ばれる、半人半鬼の存在だからだ。


 それは人類が鬼に対抗するために生み出した穢れた力。悍ましいのは、人体に鬼の細胞を埋め込み、無理矢理そのあり方を変えてしまうことだ。


 人類の未来のために犠牲にした存在を忌むという感情が僕には理解できない。お前らのせいでセルシスたちはこうなったんだろうと、断罪してやりたい気持ちに駆られる。


 けれど、そんなことをしてもどうにもならないことを僕は知っている。人というのは、自分たちが知りたくないことを遮断する機能を持つ。知っているくせに、見て見ぬ振りを平気でする生きものだ。


 だからこそ、鬼は人類を滅ぼそうとしたのだ。結局、失敗に終わったけれど。それを為したのがここにいるセルシスたちなのだから、皮肉なものだ。彼女たちは人類にとって英雄だ。褒められることはあっても、虐げられることがあってはならないはずなのに。


 鉄筋コンクリートで作られた住宅街を抜け、賑わいのある商店街へアスファルトで舗装された道には多くの人が行き交っている。視線の数が何倍にも増えた。


 彼らの髪色は黒、茶、金のいずれかで、それはここだけでなく世界共通だ。対してアルカゼノマーは髪色が変色してしまう。そのため、一目でアルカゼノマーだと知られてしまうのだ。


 ここプロディという街は豊かな自然に囲まれ、国の中でも恵まれている部類に入る。金さえあれば衣服住に困らない。仕事も十分にあった。流民によって作られただけあって、様々な人種が行き交っている。人間であれば誰でも受け入れるポリシーのようだ。


 しばらく歩くと、店頭にスタイルの良いマネキンが飾られた店が見えてきた。オニム呉服店と掲げられた看板をくぐると、中には女性ものの服が並んでいる。


「さて、お姉さん張り切っちゃうぞ!」


 エマさんが看板娘を務める服屋だ。店番をしていた老婆にエマさんが何か言うと、老婆は曲がった腰を杖で支えながら店の奥に引っ込んだ。オニム呉服店は老夫婦が経営している店なのだけれど、実質エマさんが仕切っている。エマさんが不在のときだけ店番をしているようだ。


 街一番の美人というだけあって、エマさんがいるときは女性客で賑わう。そのほとんどが彼女にコーディネートをして貰うことを目的にしていた。


 毎日通い詰めている僕調べなので、確かな情報だ。女性ファッションの勉強という名目で通っているが、もちろん真の目的はエマさんだ。勉強熱心な姿を見せて好感度爆上げ中。周囲の女性客からは白い目で見られることが多いけれど、僕はめげない屈しない。というか、エマさんと結婚したらこの店で働くことになるのだから、女性客には今のうちに慣れておいて貰う算段だ。何というスマートな計画。さすがは僕といったところだろう。


「なんかスースーして落ち着かないぞ!」


 リノがスカートの裾をつまみ上げ、バサバサと揺らしている。リノはボーイッシュな服装を好むようで、あまり女性らしい服を着たがらない。


「パンツ見えるからバサバサすんな」


「見たいのか? 土下座したら見せてやるぞ」


「見たくねえよ! 変態かお前は!」


 ゴミを見るようなエマさんの視線が背中に突き刺さる。


 違うんですよ? 本当に幼女のパンツなんて見たくないんですよ?


「まったく、幼女によくじょうするなんて死ねばいいのに」


「だから、してないっ……て……」


 セルシスはハイウエストの黒スカートに純白のブラウスというシンプルな格好。薄手の黒ストッキングが包む細い足は肌色が透けていて、大人っぽさを演出している。肩にかかった髪を払う所作が様になっていて、いつもの彼女と違い、凜とした美しさを宿していた。


 しかし、やはり背伸びした子どもという印象は拭えず、その相反した印象が彼女の魅力をぐっと押し上げている。さすがはエマさん。さては僕をロリコンの道へ引きずり込む気だな?


「な、なによ、じろじろと……」


 落ち着きのない様子でモジモジする姿は実にいじらしい。上目遣いで睨みつけてくるけれど、いつもの剣呑さは見られない。


 何だか調子が狂う。思わず僕は目を逸らした。


「い、いや……その…………可愛い、んじゃない、か……」


 言葉にした途端、顔が熱くなった。めちゃくちゃ恥ずかしい。言うんじゃなかった。


 セルシスは顔を真っ赤にして、潤んだ瞳を逸らす。


「ほ、褒めたってパンツ見せてあげないんだからね!」


「いや、だから見たくないって……」


 パンツキャラにすんのやめてよ。エマさんの視線がどんどん痛くなるよ。


 エマさんのコーディネートで幼女たちは可愛い姿に大変身。ファッションだけでかなり印象が変わるから驚きだ。幼女たちも女の子なだけあって、今はキラキラした目で洋服を眺めている。セルシスですらそうなのだから、ファッションの力には驚かされる。鎧を身につけ、武器を振り回す恐ろしい姿が嘘のようだった。


 待っているだけなのも退屈なので、店内の服を見て回る。エマさんが着たら綺麗だろうなと妄想している時間は至福だ。いつまででもやっていられる。エマさんもファッションショーやってくれないかな。流れでパンツ見せてくれないかな。


 まずい。思考がパンツに寄ってる。べ、別にパンツなんて見たくないんだからね!


 むしろギリギリで見えない方が興奮する。まあ見せてくれるならやぶさかではないよ。


 一通りファッションショーを楽しんで満足したのか、大量の衣服がカウンターに積み上げられた。


「え、これ全部買うの……」


「当たり前じゃない。お前の選んだダサい服なんてもう着たくないもの」


 ダサいのは分かっているけれど、地味に傷つく。そもそもこんな大量に買って大丈夫なのか?


「ふんっ、お金なら腐るほどあるわ」


 そう言ってセルシスは懐から札束を取り出した。


 そうだった。セルシスたちは超がつくほどの大金持ちになったのだ。


 人類を滅ぼそうとした親玉の鬼王を倒したセルシスたちには報奨金がたんまり入った。それだけでなく、勇者協会を抜けた退職金もある。


 勇者協会とは鬼に対抗するために政府が作った公的機関だ。アルカゼノマーたちはそこに所属する。いや、そこでアルカゼノマーとして改造されると言った方が正しいかもしれない。道徳も倫理もない、外道な機関だ。人間の世界観で言えば、地獄に等しいだろう。

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