第2話 自首、しようか

 そんなママの後ろから桃色のアホ毛が飛び出していた。前髪パッツンショートボブにくりりとした大きな瞳。セルシスより小さな背。ひょこんと顔を出したカミュは、可憐な花のような笑顔を浮かべて、たどたどしい口調で言った。


「しゃぅ、なかないで」


 その一言で、辛い気持ちが吹き飛んだ。


「大丈夫、泣いてないよ」


 すると、マリアさんの背中から飛び出て僕に駆け寄る。


「いーこ、いーこ」


 あぐらをかく僕の足の上に乗って、カミュは頭を撫でてくれた。


「ありがとう」


「えへへ」


 何て可愛い生きものだろう。たとえ人類すべてを滅ぼすことになっても、カミュだけは助ける。彼女は世界の宝だ。見ているだけで心が穏やかになる。世界中の人間がカミュを知れば、きっと世界から争いがなくなるはずだ。カミュこそ救世主。人類に必要だったのは武器ではなく、カミュだったのだ。カミュになら喜んで踏まれよう。靴履いてても許す。


「なに鼻の下伸ばしてんのよ。気持ち悪い……」


「の、伸ばしてないから!」


 カミュのことをそういう目で見たことなど一度もない。これは神様に誓ってもいい。そもそも、僕は幼女体型に欲情しない。僕はもっと大人の女性が好きだ。


「床と壁、ちゃんと直しておきなさいよ」


「は? 壊したのはセルシスだろ」


 すると、セルシスはゴミを見るような目でこちらを睨めつけ、僕の背中に足を乗せた。そのまま押し込んで再び土下座に持ち込む気だろうけれど、思い通りになんてさせない。さすがに全員の前で頭を踏まれるのは情けない。


 振り向き様にセルシスの足を掴む。強く握ったら折れてしまいそうな細い足首。幼いながら引き締まった足はストッキング越しでも瑞々しいすべらかな白肌を窺える。


「ちょっ――」


 セルシスの戸惑いに構わず、立ち上がって足首を持った手を掲げる。逆さに宙ぶらりんになった彼女は、パンツが見えないようにチュニックの裾を押さえて奮闘していた。


「おろしなさいよ!」


「ふんっ、ガキが粋がるからだ!」


 自由な方の足で空を裂くような蹴りを放つセルシス。しかし、僕はそれを見事に受け止め、ついに両足を掲げた。前後の裾を押さえるのに両手は塞がり、両足も封じた。こうなってしまえば、ただの生意気なガキだ。


 どうだ! これが大人の力だ!


 このまま壁に叩きつけてやりたいところだけれど、幼女相手にそれは気が引けた。


「ん? お前、右腕どうした? 怪我でもしたか?」


 何故か彼女の右腕は包帯でぐるぐる巻きになっていた。昨日まではそんなのなかったのに。


「別に……なんでもないわよ」


「ああ、中二病か? 腕に封印された何かが暴れちゃうやつか?」


「なに意味の分からないこと言ってるわけ? いいから放しなさいよ!」


 おかしい。人類史にはそういうカルチャーがあると資料に書いてあったのに。もう使われてないのだろうか。


 日頃の恨みがあるので、簡単に放してやるつもりはない。


 何をして辱めてやろうかと考えていると、唐突に玄関の扉が開いた。


「やっほー、少し早いけど来たよー」


 足を踏み入れたのは金色の髪で右目を隠したショートカットの女性。左側の髪を耳にかける仕草は色気を感じさせ、街一番と言われる美貌も相まって視線が釘付けになる。かなり発育のよい身体をしている彼女は、僕の二歳年上。


 まさに僕の好みドストライクのエマさんの来訪に、いつもなら胸が高鳴るのだけれど、今は別の意味で心臓が爆速で脈打っていた。


 意中の女性の目の前で、幼女を逆さ吊りにしているという地獄絵図。それも、見方によってはセルシスのパンツを無理矢理見ようとしているように映る。


 最初は笑みを浮かべて入ってきたエマさんも、それを見るなり表情が凍りつき、頬が痙攣を始まる。ついには真顔になった。針のような視線が僕の胸に突き刺さる。


「シャルくんって、そういう趣味だったんだ……」


「ち、違います! こ、これは――」


「うん。分かってる。お姉さん、分かってるから。ちょっと、用事を思い出したから帰るね」


 その瞳からは光が失われ、さっと僕から視線を外す。駄目だ。これは通報する人の目だ。


 僕はセルシスを放り捨て、踵を返すエマさんの腰にすがりついた。


「エマさん、信じてください! 幼女のパンツなんて興味ないんです! 僕の目を見てください!」


 僕の目を覗き込むエマさん。彼女の甘い息が頬を撫で、視線を逸らした先には大きな胸。まな板に囲まれた生活を送っていると、その凄まじいインパクトに圧倒される。


 彼女の表情はすぐに笑顔に変わった。ようやく信じてくれた。そう安堵するも束の間、彼女は僕の肩に手を添えた。


「自首、しようか」


「エマさん……」


 こうして、僕の幼女ライフは幕を閉じた。

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