第32話 臆病な僕と継続中の成り行き
恩田と松原が舌戦を繰り広げる少し前。スカイツリー五階にて、芦原弥太郎は足止めを食らっていた。事前に松原から受け取っていたQRコードが通らないのだ。何度試しても結果は同じだった。
「問題発生ですか?」
隣にいる妹の結樹が皮肉げに言った。
「どうもそのようだ」
一旦受付から離れ、スマートフォンを取り出す。その後ろを結樹がついて行く。互いに人目を引く容姿をしている兄妹だが、二人揃っている事に違和感を覚える者はいない。互いが敵対しているということを知らないからだ。弥太郎は、別段結樹を拘束しているわけではない。結樹は自分から兄について回っているのだ。自分がいれば、兄の力を少しは中和出来る。そのため、兄は操れず、正攻法でしか受付を通れない。兄もまた、結樹が離れられないのを理解しているため、拘束する必要が無い。
「放送に間に合わなければ、兄さんたちの計画は破綻するんじゃないですか? 最後の最後に、変なところでケチがついたものです。私も党本部に監禁していた方が良かったんじゃないですか?」
「そんなお願いしなくても、放送時間直前になれば監禁してやるさ。そっちこそ逃げて、さっきの連中を解放しに行っても構わないぞ? 往復するだけで時間がかかるだろうがな。別にその辺にいる連中を操っても良い。出来るものならな」
出来ないのを知っていて、弥太郎は鼻を鳴らす。
「余裕はまだある。今日のゲストである松原の口利きがあれば、チケット無しでも入れるだろうし、放送時間終了ぎりぎりでも間に合えば問題ない。むしろその方が良いかもな。放送の後の方が視聴率や視聴者数が多いだろうしな」
「そんなこと、絶対させません」
「させません? どうやって俺を止める。頼れる味方も無く、能力で俺を止める事は出来ないのにか?」
「わかりません。でも、その時が来たら、兄さんに噛みついて、しがみついて、死んでも止めます」
「死んでも、だと?」
弥太郎が牙を向いた。
「軽々しく、死んでもなどと口にするなよ。夢に怯え、未来に怯えていたお前が、どの程度の覚悟で死を口にしている」
「もう、兄さんの後ろに隠れてた頃の私じゃない。私だって、出来る」
妹の決意に、兄は不快そうに眉をしかめた。
「…妹だと思って、自由にしすぎたな。面倒になりそうだからあまりやりたくなかったんだが、少々眠っていて」
ぴくんと弥太郎が周囲に視線を巡らせ、結樹から意識を逸らした。人の可聴域外の音を聞いた犬のようだ。つられて結樹も辺りを見渡す。フロアは、受付のスタッフ以外に作業員が頻繁に機材の運搬などを行っていた。業務用エレベーターを使わないのだろうか。今も二人組の作業員がエレベーターから降りてきて弥太郎の背後を通り…
ふいに、弥太郎が体を逸らした。一拍遅れて、弥太郎の体があった場所を、青白い閃光を弾けさせながら作業員の腕が通過する。その腕を弥太郎は掴み、同時、作業員の脚を払った。バランスを崩した作業員は、つんのめってフロアに倒れる。弥太郎は作業員を制圧する為に押さえ込もうと彼の背に圧し掛かろうとして、飛び離れる。もう一人の作業員が弥太郎の背後から迫っていたのだ。第二波から逃れ、弥太郎が飛び退り警戒する。弥太郎から離れ、彼の様子を呆然と見ていた結樹は、ぐいと腕を引かれる。驚き、振り返ると、同じ制服の作業員が彼女を抱き止めていた。深くかぶった帽子から、プラチナブロンドが覗いている。結樹の目が見開かれた。
「来て、くれたんですか」
見上げる彼女と目線を合わせない作業服の男は、苦しげに答える。
「成り行きが継続中なだけだよ」
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