第31話 臆病な僕と生討論
「私が放送に乗り込もう」
僕達の会話に割り込んできたのは、恩田翔平議員だった。
「無茶言わないでください。無謀に過ぎます」
千鳥が反対する。僕達も同じだ。さっきまで自分の命を狙っていた集団の中に議員自身を送り込むなんて。
「スカイツリー周辺には、間違いなく松原の信奉者がいます。土壌が形成された一般人も多くいることでしょう。貴方を捕えろという指示の動画は既に停止されておりますが、貴方の姿を松原たちが確認した瞬間、弥太郎による操作が行われ、貴方に殺到するかもしれないんです。そんな危険を冒させるわけには」
「しかしだ。この放送を止めなければ、私は選挙に負ける。政治家が選挙に負けるということは、自分の使命が果たせないということは、死んだも同じなのだ」
彼の姿が見えるわけではない。しかしきっと、戦いに赴く戦士のような顔をしているのだろうと僕達に想起させた。彼の言葉にはやはり、力がある。どうにかして協力したいと思わせるような力だ。
「どうせ死ぬなら、私は最後まで抗って死ぬ」
恩田が言いきり、誰も口を開けないでいた。それをどう受け取ったか、恩田は急に軽い調子で話を再開した。
「私は、負ける戦いはしない主義だ。無茶を言っているつもりはない。最も勝率が高い方法を述べているまでだ。松原は既に準備が整っていると言ったのだろう? ならば、わざわざ私を見つけ出してまで捕えようとは思わない。放送が流れれば彼の勝ちだ。私を捕まえる必要が無い」
「何か、具体的な案があるのですか?」
「彼が行う放送の内容は分かるだろうか。芦原弥太郎の力のことではない。動画用に申請した放送内容の概要があるはずだ」
しばらくして、千鳥が口を開いた。
「『選挙間近、由憲党松原長政が一般ゲストと生討論』という題で、放送枠があります。内容は題名の通り、事前に応募で選ばれた一般人をゲストに向かえて、松原が質疑応答を行うスタンスでしょう」
「そこに、私を捻じ込めないか?」
「恩田先生を?」
「ああ。本当は褒めてはいけないのだろうが、千鳥君。君は素晴らしい能力を持っているね。コンピュータなどの機器に詳しくない私でも、君が行っている技術が優れている事がわかる。その技術で、放送局のデータを改ざんし、私をゲストとして招いてくれ」
「そんなの、無理じゃねえんで?」
口を開いたのは江田だ。
「事前に応募しているんなら参加者には、多分チケットみたいなのが配られてるもんじゃないか? 放送局のデータは改ざんできたとしても、現物が無けりゃ入れてもらえないんじゃ…」
「いや、待った。待ってくれ江田君」
「姐さん?」
「もしかしたら、出来るかもしれない」
「本当か?」
色めき立ったのは恩田だった。適当に言ってみたらできた、という感じだ。発言するって大事。意思を表示しなきゃ周囲の誰も気づかないが、表示すると、思わぬところから話が転がるものなのだ。
「はい。確かに江田君の言う通り、チケットは既に配られています。しかしそれは、ハガキのような形式ではなく、メールにQRコードを添付する形式です。受付でそのコードを読み取ってゲストとして登録されます」
「なら、松原幹事長との対談を楽しみしている、その中の一人には悪いが、譲ってもらう事になるな」
「罪悪感を覚える必要もなさそうです。松原…油断したな。まあ、予期しろというのが無理な相談か」
「どういう事ですか姐さん」
「参加者の中に、見覚えのある名前を見つけたよ。偽名も使わないとは。もしかしたら、本人確認が必要だからかもしれないな」
千鳥の含み笑いが聞こえる。
「姐さん。一体誰の名前が入ってたんですか? 焦らしてないで教えてくださいよ」
「すまん。リストに乗っているのは、弥太郎だよ。芦原弥太郎。都合の良い事に、まだゲスト登録されていない。おそらく、無関係を装うため、一旦松原と別れたのだろう。今のうちに切り替えてしまえば、ゲストとしては、奴は入る事が出来ない」
とはいえ、最終的に操られれば何も変わらない。また、放送を止める算段はついたが、中に入る算段はついていない。さっきも千鳥が言った通り、向こうは恩田の敵だらけだ。どうやって彼を中に入れる?
「バイト…」
思い出したのは昔の映画だ。泥棒が、清掃員に扮してセキュリティの高いビルに潜入し、情報を盗み出す。
「どうした溝口。今、何か言わなかったか?」
江田が僕の言葉を拾っていた。
「いや、その」
「頼む、教えてくれ。さっきも言ったが、お前に無理はさせねえ。案をくれりゃあ、後は俺がやる」
頭を下げられては、僕はもう話すしかない。
「その、多分こういうイベント事って、沢山のバイトを雇ってると思うんですよね。実際僕も、イベントの撤収作業とかのバイトしたことあるんですけど。色んな所の会社から派遣されるんで、全く知らない人がいても不思議じゃないし、バイトだから出入りも自由じゃないかな、って」
「…ほう、なるほど、いいぞ。溝口君。それだ。確かに設営、撤収作業として幾つかの会社からアルバイトが派遣されている。そこに紛れられれば、恩田議員を中に無事入れる事が出来るかもしれない」
千鳥が何故か絶賛した。
「江田君。君達はスカイツリーへ向かってくれ。君達が到着するまでの間に、架空の派遣会社とそこから出向したアルバイトとして君たちを登録しておく。これで、見咎められる可能性は低くなるだろう。恩田議員。今いる隠れ家の棚の一つに、同じ作業着が入ったダンボールがあります。確か、入り口から三番目、上から二段目です」
「三番目、二段目…、ああ、あった。これだな? すずかけ株式会社とロゴが入っている」
「それです。ダンボールには作業着の他、同じロゴの入ったバンのキーが入っています。それに乗って向かって頂けますか。バンはそこから出てすぐの駐車場にあります」
「OKだ。すぐ動く」
「…恩田議員。本気、なんですね? 確かに確率は高まったとは思いますが、それでも不利な状況は変わらない。時間を稼いだとしても、弥太郎が放送に間に合ってしまえば元の木阿弥だ。失敗すればどんな目にあうかわからない。また今日防いだとしても、別日に放送されてしまうかもしれない。そもそも選挙に負けるとも決まってない。それでも、恩田議員。貴方はこの方法を選ぶのですか? もしかしたら意味などまるでない、無意味な行動になるかもしれないのに」
「無意味な行動など無い」
恩田はきっぱりと言い切った。
「私が、無意味になどさせないからだ。それにね、千鳥君。不謹慎かもしれないが、私は心のどこかで、わくわくしている自分がいるんだよ。男は誰しもが憧れるんだ。邪悪な野望を砕き、強大な敵を倒す、正義のヒーローに」
今の私の武器は、拳ではなく弁舌だがねと恩田はおどけた。
「何をしているんですか。恩田先生」
苦笑を浮かべながら松原は額に手を当てた。ポーズだ、と恩田は微笑を湛える。相手は政敵でありながらも同じく国のために働く同士の悪ふざけに呆れながらも受け入れている、というポーズをとって、自分の度量の広さをアピールしている。
好都合だ。恩田は唇を湿らせる。こちらの存在を受け入れさせた事で、ここから放り出される事はなくなった。しかも、松原をこの番組放送中は縫い止めておける。最悪の展開は、松原が形振り構わなくなることだった。
「いやあ、応募したら受かったんで。これまで、応募はがきとかテレビプレゼントとか、全く当たったこと無かったんで、今凄く嬉しいです」
「応募しなくても、恩田先生なら簡単に入り込めたでしょうに」
「いえいえ、それだと応募で選ばれた方々の反感を買いますよ。こういうのは公平であるべきです。私たちの仕事のようにね」
「確かに、公平性は大事ですね。公平だからこそ、貴方にも受かる可能性があったわけだ」
言葉の鞘当は互いに笑顔で行われる。
「私は常々、松原先生と腹を割って議論を交わしたかったんですよ。お互いの理想、国家の目指す方向について。こんな機会、中々得られるものじゃないですから」
「私と?」
「ええ。私は、この国は岐路に立たされていると思っています。誰もが俯いて過ごし、未来に希望を見出せなくなっている。人々の活力が衰えれば、国が疲弊していくのは当然の摂理です。私は、そんな人々に活力が戻る支援をしたい。そのための考えがある。何が何でも成そうと思っています。そして、松原先生。貴方も、そういう考えをお持ちだ。自分の理想を掲げ、実行する為に、何が何でも、ありとあらゆる手を尽くして成そうとしている」
違いますか? 恩田が松原に微笑みかける。余裕のある笑みで言葉を受けながら、松原は脳をフル回転させていた。
恩田は気づいている。芦原弥太郎を使って、彼の能力を放送の電波に乗せて拡散させようとしている事を。
恩田が操られた民衆に襲撃された事は聞いている。そして、そこから逃げおおせた事も。彼を助けたのは弥太郎の妹、結樹だ。彼女から情報を得ていたのか。いやしかし、あの時点で、この放送のことは恩田には気づかれていないはずだ。一体いつ情報が漏れた。
まさか。ゆっくりと瞬きし、その間に発すべき言葉を組み立てて、探るように言葉を発する。
「私は先ほど、通路でお会いした若い男性と少し話をする機会を得ました。彼も国の未来について憂いていました。私は嬉しかった。恩田先生。確かに、貴方のおっしゃるように、今の国民は未来に希望をもてないでいるのかもしれない。けれど、その若者のように、未来について悩んでいる人がいる。悩むという事は、より良い未来を目指したいという気持ちの現れでもあります。私たち政治家は、そんな彼らの道標となること、彼らの未来のために、何が出来るかを考え、実行する。それが、私の成そうとしていることの一つです。そんな若者が一人、二人と増えれば、この国は変わる。私はそう確信しています」
しかし、自発的に国の未来を考えるようになってくれるとは限らない。だから、そう考えるように促す。そのための計画だ。
「貴方は、そんな彼らを導く。そういうわけですね。ちなみに、その男性は今こちらにいらっしゃるんですか? 私もぜひ『話してみたかった』のですが」
過去形を恩田は使った。会ってもいないのに。言い間違いじゃない。わざとだ。松原は確信した。
「…いいえ。残念ながら、今回の一般ゲストでは無かったようです」
「それは残念だ」
「あ、もしかして恩田先生。貴方が受かっちゃったから、あの若者の席が無くなったんじゃ」
「やだなあ松原先生。それじゃあ僕が彼の席を無理やり奪ったみたいじゃないですか」
会場が笑いに包まれる。しかし、二人の政治家の目は全く笑っていない。
「松原先生。私も若い人たちの力を信じています。彼らなら、どんな局面だろうときっと乗り超えられる。私はね。そんな頑張ってる若者たちを応援したいんです」
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