第29話 臆病な僕と意思表示

「どうする?」

 どうする? どうするって、何を?

「松原や弥太郎を止めるかどうかだよ。奴ら言ってたろ。今日の夜中に特別放送するって。多分、そいつが最後の駄目押しだ。あいつら、放送が終わる頃には俺達が善良な市民になってるとか言ってた。その放送、土壌の無い俺達にも影響が出るんじゃねえかな」

 全く同意見だ。

「正直な話、俺には政治とかよくわからねえ。馬鹿だからな。松原が言ったように、国民全員が一致団結したら、もしかしたら皆にとって良いことなんかもしれん。ただ、さっき俺が言った事に繋がるんだが、それが俺は気に入らない。助けて欲しい、協力して欲しい、それでならまだ手を伸ばせるが、人の意思を無視して協力を強いるようなやり口にどうしても反発しちまう。一生反抗期、なんて同盟の仲間からはからかわれたりするがな。嫌いなもんは嫌いなんだ。だから、俺は俺が協力する、助けると手を取った芦原結樹の方を助けに行く。そんで、どうにかして弥太郎たちに落とし前をつけさせる」

「どうして」

 どうして、この状況でまだそんな事が言えるんだ。

「どうして、って。別段変わった事をするわけじゃない。芦原弥太郎を止める。それが、俺達がやろうとしていた事だ」

「危険です! 松原のまわりには、さっき僕らを捕まえた連中が大勢いるだろうし、操られている連中だっている。恩田議員の時みたいに、まわり全員が敵かもしれないんです。それに」

 目を瞑れば思い出し、総毛立つ。よくもまあ、臆病な僕があの男の前に立てたと思う。

「芦原弥太郎がいるな。当然」

「…はい。放送は、おそらくヤタにいがキーです。彼を止めなければ、放送は止められない。けれど、僕らじゃ」

 弥太郎には敵わない。最も止めるべき人間を止められない。そこに辿り着けるかどうかも分からない。そもそもどこに行けば良いのかも分からなければ、どうやってここから脱出すればいいかも不明だ。

「は。確かに。普通の人間があいつと戦うなら、銃とかが必要になりそうだな。そういうのが得意なのは鵜木のやつだが」

「鵜木さんですか?」

「ああ、あいつライフル射撃競技をやってんだ。俺が五輪に出たら応援してくれ、とか本人は冗談で言ってたが、どんどん実力がついて、本気で狙える位置にまで昇って来てる」

 五輪狙える人だったのか。人は見かけによらないな。

「だからよ、そういう意味では、お前らは未来の五輪候補を助けたって事になるな」

「…でも、それは、あの時の僕は」

 感情を操作されていた。けれど、それを口に出したら、僕は。

「あ、そういや言い忘れてた!」

 突如、江田が話を変えた。

「芦原さんが操ってないっていう理由だよ。三つとか言いながら、まだ二つしか伝えてなかったなと」

 今更、という気がするが、江田は気にせず続けた。

「お前が選ばれたからだよ」

「…僕が?」

 僕が選ばれたのが、どうして操っていない理由になるのだろうか。

「溝口。お前自身が言ってたんじゃないか。自分は臆病者だって。その自己評価、今でも変わってないか?」

「変わってるわけ、ないじゃないですか」

 変わってたら、こんなところでめそめそしてない。

「だからだよ」

 確信を得たように、江田は頷いた。

「彼女は人のそういう性格とかが分かるんだろ? もし自由に操れるのなら、味方にするなら初めからメンタルもフィジカルもタフな奴を選ぶんじゃないか?」

 何気に馬鹿にされてる気がしないでもないが、確かにその通りだ。

「あ、でも、もしかしたら、そういう人間の方が操り易い、とか?」

「お前、操られていたくなかったのか、操られていたかったのかどっちだよ」

 苦笑する江田。

「その仮定でいくと、言葉一つで簡単に操られた状態から開放されるんじゃね? さっきのお前みたいに。そんなんじゃ、いつ逃げ出されるか分かったもんじゃないと思うぞ」

 それもそうだ。考えれば考えるほど、彼女が僕を味方に引き込むメリットが見当たらない。操ってまで味方にする価値がない僕を、どうして。

「それでも、お前でないと駄目だったんだよ」

「何で僕」

 どんな理由で僕を選ぶっていうんだ。

「お前らが電車の中で喋ってたじゃねえか」

 僕達が、電車の中で話していたこと? なんだっけ、結界を張るとか能力の影響とか、そういう話だったか。

「その後だよ。科学とオカルトの違いだ。オカルトでは、ごく稀に、通説、常識を覆す事象や人がいる。奇蹟としか言いようのない事象が存在する、とかなんとか」

 確かに、言っていた。そして、その後僕は彼女に尋ねたんだ。ヒーローが存在するのか、と。

「彼女達が能力によってそれまで培ってきた常識とか通説とか理屈とか全部すっ飛ばして、彼女は臆病者を自称する男を選んだんだ」

 何故か。理由を江田は断言した。

「ヒーローなんだよ。きっと。お前は、彼女にとって」



「ありえない」

 臆病で、自信がなくて、いつもびくびくしているこの僕がか?

「溝口の主観じゃなくて、重要なのは彼女の主観だ。つっても、俺も彼女の選考基準を知ってるわけじゃねえから、彼女の主観がこうであって欲しいっていう俺の主観だけども。でもな、そう考えると納得出来ちゃうわけだ。これが」

 自分の主観、好きか嫌いかで選ぶ江田にとっては、こうあってほしいという願望が優先された結果だろう。

「お前の内面を、彼女はお前以上に理解できたはずだ。臆病で、意気地がなくて、ディスったらすぐに凹んでしまうような性格の持ち主だって」

 そうずけずけと正直に言われたら凹む人間だと分かっていないのだろうか。今まさに言葉にしていると思うんだが。

「けれど」

 それだけじゃない。江田は言った。そして彼女も言ってくれた。

「胸の中に、熱いもんを持ってる。だから、駅でリンチされてた鵜木を助けてくれた」

「でも、それは」

「は、分かってる分かってる。感情を操られてたからって言いてえんだろ? でもよ、テンション上がってる時って、自分でも思い切ったこと出来ると思わね? んで、冷静になって恥ずかしくて死にたくなる事なくないか? ちなみに俺は結構多いんだけど。それと似たようなもんじゃねえの?」

 人の悩みを誰もが胸に抱えるであろう黒歴史みたいにまとめられてしまった。

「だいたいな。あんなもん誰だって、操られてたって二の足踏むわ。無表情の連中が自分に向かって押し寄せて来るって、無茶苦茶怖えじゃねえか」

 江田が肩を震わせた。

「とりあえず今の俺に言える事は、操られてたとしても、誰もお前の事を軽蔑する事なんかないし、仲間を助けてくれた感謝を忘れることはないって事だ。これで一つ、心配事は消えたか?」

 気にしていた事を言い当てられて、言葉に詰まった。そもそも返す言葉もないわけで、詰まりようもないのだけれど。

 抱える悩みを心配することないと励まされようと、すぐに『良かった』と安心出来るほど僕は気持ちの切り替えが上手い人間ではない。なのに、江田はすぐに次の問題を僕に投げてくる。ある意味、これも彼の作戦なのだろうか。次々と問題を畳み掛けるように提起して、思考能力を鈍らせる、的な。

「さて。今までの事は全て一旦置いておいて、これからの話をしようや。俺達は松原たちの目的を知っている。松原たちがこれから行うであろう放送を見ると、日本中の人間が意識を変えられてしまう。その放送まで、後二時間くらいか。お前は、これからどうしたい?」

「どうしたい、って言われても」

 この状況で何が出来ると言うのか。手足を縛られ、椅子にくくりつけられて、部屋に閉じ込められている。

「僕の願望を聞いても何も変わりませんよ」

「かもな。だが、意思表示は大事だ。意思を決めてから、自分の現実は転がり始めるもんだ」

 僕の意思、思考が電気と一緒にシナプスの通路を駆け巡る。けれど、現実的という障壁が、所々で立ち塞がる。あれは駄目、これは無理と再考を要求する。

「勘違いするなよ」

 黙ったままの僕に江田は言う。

「どうする、ではなく、どうしたい、だからな。現実も一旦置いとけ。お前の願望を聞きたいんだ。俺は、さっきも言ったが、やっぱり気に入らないので奴らを止めたい。まあ、こんな体たらくで、脱出出来るかどうかも怪しいわけだが」

 たはは、と苦笑する。

「お前は、どうしたいんだ? 急かすつもりはないし、どんな答えを聞こうと責めるつもりもない。なんなら言わなくても良い。自分の中で答えを決めてくれ。出来れば早い方が良い」

 ドアの向こう側で、物音がした。顔をそちらに向ける。鍵が開き、こちら側に向かってドアが開く。

「事態は大概、本人の心の準備や意思を無視して勝手に進むもんだからな」

 ドアの隙間から顔を覗かせたのは、渋谷警察署でお世話になった、私服姿の大倉巡査だった。

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