第25話 臆病な僕と破滅の未来
「結局の所、自分達のためじゃないですか」
芦原が、僕達の心の声を代弁した。
「人を危険に晒してまで取る方法とは思えません」
「自分の価値観、尺度で物を語るな」
弥太郎が妹を笑った。
「人の命を大切にするのは、人類が持つ共通の価値観だと思いますが?」
「焦点はそこではない。選択の問題だ。向こう十年、百年。その間に生まれ、存在する数多の人間の人生、数多の命と、今現代における数人の命、どちらを取る?」
「漫画でもアニメでも小説でも言っています。今の命すら救えない者が、未来の人間を救えるはずがない、と。私もそう思います」
彼女の言葉に激しく同意したい。だが、対する弥太郎は、大口を開けて爆発したように笑った。おかしいから笑ったんじゃない。怒っているからこその笑いだ。だって、目が何一つ笑っていない。
「お前が! お前がそれを言うのか! 国が滅ぶ未来を見た、お前が!」
国が、滅ぶ? どういう事だ?
「ん? なんだ結樹。お前、もしかして彼らに説明していないのか?」
きょとんとする僕達を見て、弥太郎が気づいた。その言葉で僕達も気づいた。彼女は、僕達に何か隠し事をしている。
「哀れな事だ」
蔑むように嘆く。
「なるほど、全てを明かさずに協力を求めたのは、自分を知られたくない、恐れられたくないがためか。そうだな。一度痛い目を見ているからな。それがトラウマになっているのか」
「違う!」
「長く伸ばしたその髪が証拠ではないか。自らの視線を覆い隠し、可能な限り情報を遮断しているのは、目の前の人間にどう思われているか知るのが怖いからだ。全てを明かさないのは、昔のように喋りすぎて、恐れられ、人に裏切られるのが怖いからだ」
図星だったのか、芦原は肩を振るわせつつも、反論できないでいた。弥太郎はそんな妹に見切りをつけて僕達の方を向いた。
「何も知らされず、愚妹に振り回されているお前らに、教えてやる。おそらく、こいつは俺の事を一族でも強力な能力を持つ危険な人間だと説明した事だろう。だが、それは間違いだ。一族で例のないほど強力な能力を持っているのは、結樹だ」
僕達の視線が、彼女の小さな背中に集まる。
「もちろん、得意不得意の差はある。俺は他人の意識や感情を操る事ができて、こいつには俺ほど人に干渉出来る能力はない。だが代わりに、俺を含めて、一族の誰も真似できないほどの能力がある。未来視の力、予知能力だ」
「…それは、君のように、芦原家の人間の能力の影響を受けた人間の未来に限るのでは?」
恐る恐る、といった風に、千鳥が尋ねた。
「その説明は、嘘ではないな。真実ではないが」
「どういう意味かな」
「確かに能力の影響を受けた人間の未来予測が可能だ。しかし、人間は一人で生きているわけではない。多くの人間と関わり合いながら生きている。その人間を軸に、他の人間の未来を見る事ももちろん可能だ」
思い出したのは、先程の警察署での事だ。彼女は捕らわれた元中が無事解放されると予知した。思わず上げた僕の声を、弥太郎は「心当たりがあるようだな」と耳聡く聞きつけた。
「そうなると、関わった人間のその後の行動なども知覚出来るようになる。芋づる式に、その人間の関わる人間、そのまた関わる人間と知覚範囲は累乗的に広がっていく。理論上、結樹は全世界の人間の行動を予知し、世界の趨勢すら見通す。もちろん、それを予知するためにはその人間を特定する必要があるのと、時間と範囲が拡大するにつれ、精度は落ちていくわけで、あくまで理論上になるがね」
そんな妹が確実に当てられる未来がある。弥太郎は話を続けた。
「予知という言葉を使うが、妹のそれは神託のような神懸り的なものではない。人間の心理、性格、行動などから導き出される、極めて精密で高度な行動学からの予測だ。情報が多ければ多いほど、導き出される予測は精度が上がるわけだ。さて、先ほど言った通り、妹は理論上全世界の人間の行動を予測する事が出来る。ということはつまり、全世界の人間の情報が、妹の頭の中に集まるということに他ならない」
「馬鹿な! それだけの情報量、人間の脳が耐え切れるはずがない! スーパーコンピュータ何台分だと思ってる!」
発狂したように千鳥が叫んだ。
「人間の脳が機械よりも優れている点は、不要な記憶が削除されるという点と、自分の意思で情報を選べるという点だ。機械は無造作に蓄積されていくばかりだが、妹は情報を取捨選択することが出来る。そしてそれが可能であるなら、人の脳には当然、本人の行動の全てが意識無意識に関わらず記憶されているのだから、そこから必要な分だけ拾えば良い。必要な情報を持つ人間の頭を覗き込む事が出来るわけだ」
「他人の脳を記憶のサーバー扱い出来ると言うのか」
それが真実なら、世界中の全ての秘密は、国家機密であろうが彼女にとってはネットに公開されている情報と同義だ。使い方次第で、第三次世界大戦を引き起こせる。そして、きっと真実なのだろう。確かに、使い方次第で最も危険なのは彼女の力、ということになる。
「こんな力を発現している時点で、常人の脳みそとは使っている領域が違う事を、まず理解した方がいい。重要なのは、そこで見えた、滅亡の未来の的中率だ」
フィクションでしか聞いた事ない単語が飛び出した。
「結樹はある条件に関する情報を無意識下で検索し収集している。国家の危機に繋がる情報だ。そういう風に親父達に教育させられたのだ。無意識で無作為の情報抽出であるが故か、時間やそれに至る過程までは分からないらしく、場面のみが切り取られる」
「芦原さんが、それで国が滅ぶ未来を見たと言うんだな?」
「そうだ。ちなみにその予知の的中率は、百パーセント。これまで多くの、国家を揺るがせた大事件を悉く的中させている。金融危機にテロなど、人災と言えるものは全て」
百パーセント、国が滅ぶ未来が待っている。絶望は、なかった。今の所。あまりに規模がダイナミックすぎて自分の未来と同じゴールとして捉えられないためだ。
「滅ぶって、冗談だろ」
S同盟から乾いた笑いと一緒に言葉が零れた。
「冗談で俺がこんな大それた事に加担すると思うのか。冗談なら良かったとも思うがな。このまま行けば、国は必ず滅ぶ。俺が起こした事件の何倍もの人間が傷つき、死に至る。俺はそれを防ぐ為に動いている」
だから不思議でならない。弥太郎は大きく首を傾げた。
「どうしてその未来を見たはずのお前が、俺の邪魔をする」
「…未来を変える方法は他にあるのに、最も強硬な手段を兄さんが取っているからです」
自責の念に押し潰された声だった。僕達の事を気にしているのだろうか。気にしていないはずがない。正直、僕の中にも彼女を信じたいという気持ちと、騙されているのではという気持ち、両方ある。S同盟の皆も、電話の向こうの千鳥も、僕と同じ気持ちだろう。そして、弥太郎の話が事実なら彼女はそれを理解してしまう。
「人の意識を統一することで、人の行動まで制限し、滅亡のファクターとなる因子を発現させないようにするのが、兄さん達の目的でしょう。けれど、何が因子か分からない状況で、それは危険です。下手すれば、国民総出で因子を刺激し、滅亡へのカウントダウンを早めるかもしれない」
「何が因子かは分からないが、どうなれば国家が危機に陥るかも歴史から学べる。ニュースで話題の景気対策や近隣諸国や欧米との関係など、国が抱える問題を今回の件で片付けられれば、カウントが延期こそすれ、早まる事など考えられない」
「そんな単純な話でしょうか?」
「金か人。人間が抱える問題は基本的にこの二つのどちらかだ。人間が住み、人間が運営する国も同じようなものだと俺は思っている。なら、俺を否定するお前は他にどんな手を思いついたんだ? 俺が取る手段よりも、効果的な手段があるのか? ないだろう。強硬という言葉は危険なイメージを持つが、即効性が高い利点もある」
「まだ、時間はあります。確実な時間までは推測出来ていないからです」
「そうだな。それは否定しない。国家の滅亡なんていう大規模な危機が今日、明日に突然発生する事は可能性としては低い。低いが、確実に起こる。お前のこれまでの人生がそれを証明し続けている。お前が泣きながら飛び起きた夜を俺は知っている。Xデイまでにお前は別の方法で解決出来るのか? 今俺達がとっている手段でさえ、間に合うかどうか分からないのに」
「それは」
それは、ともう一度呟くが、反論の呼び水にはならなかったようだ。
「ごちゃごちゃうるせえ」
項垂れる芦原の背後で、江田が言った。
「国の未来を背負っているあんたらみたいに、俺たちは頭が良い訳じゃねえ。ははあ、なるほど? あんたらはこの国を背負っているわけだ。結構結構大変結構。だけどな。落とし前はつけさせてもらう。国のためだからとか未来のためだからとか、そんな大義名分知った事か。俺らの仲間を傷つけて、ただで済むと思うなよ」
「ただで済むとは思ってない。いずれ俺も報いを受ける。だが、今は」
弥太郎は松原を庇うように前に出た。反対に松原は一歩下がる。
「未来の為に、押し通させてもらう。立ち塞がるなら、叩き潰すのみ」
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