第24話 臆病な僕と敵の目的
「結樹、やはり追ってきてたのか」
男性、芦原弥太郎が口を開いた。眉間の皺が更に深まる。
「どうして、こんな馬鹿な事をしているんですか。私たちの能力は、こんな酷い事を起こすためのものじゃない。それを防ぐためのもののはずです」
「酷いだと?」
器用に片眉だけを吊り上げて弥太郎が言った。
「ああ、確かに、現状だけに目を向ければ酷いかもな。だが、これは全て、必要な事だ」
「人を操って、襲わせる事がですか!?」
芦原が声を荒げた。しかし弥太郎は涼しい顔をしている。
「襲わせる事は主目的じゃない。副産物だ」
「副産物だと?」
反応したのは江田たちS同盟だ。
「その副産物のせいで鵜木が大怪我を負ったんだぞ」
弥太郎が怒りを露わにするS同盟を見た。内面を見通すような、と良く表現されるが、彼の場合は見通して突き貫くような、それほど鋭く、力のこもった視線だった。
「鵜木?」
「はっ、敵対する政治家以外に用はねえってか? てめえの操る連中に駅でリンチにされた、俺達の仲間の事だよ」
それで思い至ったか「ああ、そうか」と弥太郎は強く目を瞑った。
「渋谷駅の件は、俺の下準備がきちんと出来ているかを証明するために必要な事だった。だが、それで鵜木氏に迷惑をかけたのなら、申し訳なく思う」
「申し訳ねえと思うなら、さっさと東京中の人間を元通りにして、鵜木に詫びに行くんだな」
「それは出来ない。ここからが本番なのだから」
「本番だぁ?」
「そこからは、私が説明を代わろう」
松原が椅子から立ち上がる。
「君達も既に気づいているからこそ、ここまで来たんだろうが、一応順序立てて私たちの関係と目的について説明しよう。まずは関係からだが、そもそも、芦原家の人間は古来より、彼らが持つ能力故に時の権力者と深いパイプを築いている。と、偉そうに言う私も、恥ずかしながらこの地位につくまで知らなかったわけだが」
当然と言えば当然か、と松原は苦笑を漏らした。
「人間は自分と違う者を排斥する習性がある。しかも、心や考えを読むなんて、自分にとって不都合しかないような能力を持つ相手など、存在してもらっては困るからな。だから、芦原家は権力者と取引をした。自分達の存在を秘匿し、守ってもらう代わりに、権力者のために力を振るう、というような。それが、繋がったパイプの始まりだ。以来、限られた人間にのみ、芦原家の存在が知らされる。秘密が守られる確率は、秘密を知る人間が少なければ少ないほど高まる。次に私たちの目的だが」
松原は舞台俳優のように、大きく両手を開いて、ゆっくりと合わせ、指を組んだ。
「国と国民を、一つにまとめる為だ」
「一つに?」
全員が首を傾げてしまった。言っている意味はわかる。だが、そこに含まれる内容が理解出来ない。
「おいおい、そんな不思議がる事はないだろう。日本の歴史を勉強した事ないのか? 何度も同じ事が行われてきたんだぞ?」
小馬鹿にしたように松原は笑った。
「今は日本という単一の国家として成り立っているが、戦国時代、それよりもっと昔から、多くの小さな国家が小競り合いを繰り返し、他国を併呑したり、滅ぼしたりして自国を大きくしていった。そこで問題だ。滅ぼされた国の人間は、素直に滅ぼした国の人間に従うものだろうか。戦国時代では、生き残るために主君を変えるのは良くある話と聞くが、感情の面ではどうだろう。どこかにしこりが残るものではないかな? その問題を解決し、主君に忠実に、従順になるように協力していたのが芦原家だ」
歴史の授業を思い出す。現代を生きる僕達にとって、明らかにこれはおかしいと思う事は多々ある。けれど、当時は疑問すら浮かばない。誰もが唯々諾々と、時には嬉々として従い、命さえ投げ出した。その理由が芦原家の力による情報操作と意識の改変だというのか。
「今の政治や国会を、君たちはどう思う? 与党も野党も、相手の揚げ足ばかりを取り合って、まともな議会が開かれる事がない。議会とは、一つの問題に対して全員で協力し、解決案を出すための会だ。そうであるべきだ。反対意見とは、相手の案の不備やリスクを指摘し、かつその不備を補う、もしくは上回る案であるべきだ。だが、今のままでは時間と金だけを浪費するばかり。ゆえに、私は芦原弥太郎君に接触した。彼もまた、国の未来を憂う一人だった。私に賛同し、国民の意識を統一するために協力してくれている」
「意識を統一する事が、どれほどの危険性を秘めているかも、歴史が証明しているはずだぞ」
江田のスマートフォンから、千鳥が口を出した。間違った方向に進んでいても、誰も疑問に思わない場合、気づいたときには手遅れになっている。
「同じ轍を踏まないための歴史だ。それに、きちんと民主主義には従うつもりだ。私がまず解決したいのは、今の無駄が多い議会だ。一つの法案を通すのに時間をかけ過ぎているところから解決していく。そもそも、法案は私たち政治家が考えているのではなく、優秀な官僚たちだ。どの政権が与党になろうと、そこは変わらない。なら、出てくる法案など似たり寄ったりだ。同じようなものを出すくせに、相手が出した途端無理だの無茶だのなんだのと言っていたら、話が全く進まない。それだけ長い時間議論して通った法案が失敗に終わる事なんてざらだ。穴のない法案など存在しない。だが通さなければ効果など分からない。官僚も政治家も神ではないからだ。なら、もっと早く実施し、駄目なら駄目と切り捨て、変更するスピーディさ、柔軟さが必要だ」
「その為に、議席の大半を由憲党で占めるつもりか」
「そうだ。もちろん、失敗続きであれば、国民が我々にノーを突き付けるだろう。それは甘んじて受け入れる。私が恐れるのは、何も成せない事だ。政治家を志す者は、誰しもが今の国を変えたいと願っている。しかしいつからか利権に絡め取られ、相手の脚を引っ張るための粗探しばかりが得意になり、保身の為にリスクを避ける。政治家であり続けるのは何のためなのか、その本分を忘れる。恥ずかしながら告白するが、最近までの私自身がそうだった。いつの間にか理想を忘れていた。だが、それでは駄目だと気づいた。だから取り返す。政治家人生を賭けて」
なぜ僕達が、芦原弥太郎を目の前にしながら、大人しく松原の話を聞いていたか。ひとえに政治家、松原長政の迫力のせいだ。大物政治家の堂々とした振る舞いや弁舌に聞き入ってしまったのだ。どれだけテレビ画面越しで彼らのような政治家をぼろくそにこき下ろしても、いざ対面するとその迫力に呑まれる。長年由憲党の重鎮であり続けた人間のカリスマは、話一つで人を丸め込み、彼は正しいと思わせる。それこそ洗脳に近い。僕も「なるほど」と心が動いたほどだ。しかし、引き寄せられかけた心は、最後の一線を越えなかった。
「ノーを突き付けられる、本気でそう思っているのか? 松原幹事長。あなた方が意識を改変し、あなた方に従うようになった国民が、あなた方にノーを突き付けるとは、私は思えないのだが?」
そしてやっぱり、そういう自分に都合の悪い真実を隠していたようだ。政治家って怖い。
「芦原君、ああ、ここには二人いるか。お兄さんの弥太郎君が言うには、意識改変を全国民に浸透させるには、まだ時間と準備が足りないとの事だ。色々と我々も協力して手を打ったが、我々に心酔するように仕向けるには時間がかかる。君の心配する事は、そうは起きないよ」
「そうは、だろう? 何らかの条件で急激に変化させられるのではないのか? それこそ、今回行った、立候補者の襲撃などはどうだ?」
「そうだな。もしかしたら、あれを見て、その後に我々が支援する候補者の演説を聞くと、国民の気持ちは一気に我々に傾くかもしれないな。もしかしたら、の可能性ではあるが」
我関せずという顔で、がっつり関与しているはずの行為をのたまう。これが政治家という生き物なのだろうか。得体のしれないものを見ているようで、背筋がぞっとする。
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