第23話 臆病な僕と由憲党本部
表参道から永田町へ向かい、長いエスカレーターを昇って、国会図書館前出口から外に出る。右手方向に見覚えのあるデカイ建物が見えた。あれが国会議事堂か。教科書とかニュースでは見た事あるけど、実物を見るのは初めてだ。東京に住む人間あるあるかも知れないが、東京在住の人間は意外と東京の観光名所や有名なスポットって行くことがない。いつでも行けると思うと、いつでもいいやと優先順位が後回しになるのかもしれない。
由憲党本部は、出口のすぐ裏手にあった。駅から徒歩一分の好立地だ。通勤楽々だ。今更ながら、本当にこの中に入っていいのかと尻込みしてしまう。恩田は誰でも入れるよ、とか簡単に言ってくれたが、やはり権力者のいる場所は独特のオーラを建築物まで放っているように見受けられる。気分は魔王城突入前だ。物影から建物を覗き込む。
「何か、誰もいないように見えないか?」
江田が額に手でひさしを作りながら言った。彼の言う通り、自動ドアの向こう側に人気は見受けられない。
「少し見てくる。お前らはここでちょっと待っててくれ。…姐さん。モニターは大丈夫ですか?」
「ああ。君のスマートフォンからの映像と音声で状況を確認している。気をつけてくれ。何かあったらすぐに逃げるんだ」
「分かってますよ」
僕らを残し、江田が周囲に目をやりながら入り口を目指す。彼が入り口の自動ドアに近付くにつれ、心臓の音が大きく、早くなるのがわかった。江田が自動ドアをくぐる瞬間なんかは爆発するんじゃないかと思うほどだ。
そんな僕の様子とはうってかわって、江田は入り口のエントランスを抜け、奥に進んでいく。そのうち、自動ドアが閉まり、光の加減で見えなくなった。江田は無事だろうか。入った瞬間取り押さえられたりしてないだろうか。いや、流石にそれなら千鳥が警告しているはず。そんな危険な目に遭っている筈がない。大丈夫だ。しかしこの、胃の中に重油でも流し込まれたかのような臓腑の重さ、胸の息苦しさはなんだろうか。
僕達の視線が自動ドアに釘付けにされて、何分経ったころだろうか。再び開き、江田が軽やかな足取りで出てきた。特に負傷した様子も、何か遭った様子も見受けられない。代わりに、どこか戸惑った様子だった。
「一階には誰もいない」
「「「誰も?」」」
その場にいた全員の声が綺麗に重なる。
「ああ。ざっと見て回ったが、受付にも、トイレにも、さっきの話にあった食堂にも人の気配がなかったから一旦戻ってきた。そっちはどうだ。誰か近付いてくるとか、俺以外の出入りみたいなのあったか?」
僕たちは顔を見合わせ、揃って首を横に振った。少なくない時間が経過していたが、僕たち以外誰も来なかった。確かに、夕方を過ぎたとはいえ首都の中心がこんなに人気がなくなるものだろうか。
「そんで、受付にはこいつが置いてあった」
多分、あんた宛だと江田が芦原に一枚のコピー紙を手渡した。僕達も彼女の手元を覗き込む。
『十階、大会議室まで』
全員がコピー紙の内容を理解して、見解が一致する。
「罠だろ、これ。どう考えても」
僕も同意見だ。こんなあからさまな罠初めて見た。まあ、罠にかけられた事なんかないんだけれども。
「それでも、行く必要があります。兄がここにいるのが、これで証明されました。兄は、ここに私が辿り着く事を予期していたんです」
「お兄さんも、もしかして能力で未来を予測できたり?」
以前、彼女は能力の影響を受けた人の行動をある程度予測出来ると言ってた。弥太郎氏も同じような事が出来るのではないのか。そうなると、勝ち目がないんだが。未来を予測する人間に追いつく事なんか出来るわけがない。
「いえ、ありえません。もしあったとしたら私たちに尻尾を掴ませることはなかったでしょう」
確かに自分でも考えていた事だ。居場所を特定できたのが、未来予測の能力がない事の証左になる。
「よし、じゃあ行くか」
江田の号令にて、自動ドアをくぐる。徐々に暗くなっていく外とは対称的に、内部はLEDによって明るく保たれている。足音を吸収するようなカーペットが敷かれているわけでもないし、豪奢な調度品がおいてあるわけでもない。飾り気のないシンプルな廊下は、学校の校舎内に似ている。入ってすぐの正面に受付があった。確かに誰もいない。けれど、ついさっきまでそこに誰かいたんじゃないだろうか。開きっぱなしのパソコンに、スマートフォンが正面からは見え難い受付テーブルの段差の影に置かれている。ちょっと席を外してましたと受付の人が奥から現れてもおかしくない状況だ。明るいだけに、余計に人がいないことが不気味に思える。
「エレベーターは向こうだ」
先導する江田の背を追いながら、周囲に視線を向ける。こんな事でもなければ、一生入る事はなかった建物を、こんな事がなければ一生知りあう事のなかった人たちと一緒に歩いている。非現実的だ。
エレベーターはかなり大型で、十名越えの大所帯を安々と飲み込んだ。重量制限は二千キロ、二トンまで大丈夫なのか。軽自動車くらいなら問題なく乗れそうだ。
エレベーターのドア上部にある階層ランプが切り替わる。エレベーターの上昇と共に僕の緊張度も上がりっぱなしだ。いよいよ事件の黒幕と御対面ってわけだ。ドラマとかなら盛り上がっていく場面なんだろうけど、現実に盛り上がりとかいらない。平穏無事に終わって欲しい。
軽いベル音と共に、エレベーターが開く。正面に張られた案内図では、左手方向の最奥に大会議室がある。視線を向けると、かなり歩いた先に観音開きの重厚な木製のドアがあった。ただの木製のドアの癖に、異様な雰囲気を放っている。あのドアの向こうに、芦原弥太郎氏がいる。そう思うだけで緊張が更に増した。それは、僕だけではないようで、S同盟の皆、江田でさえも唾を飲み込み、緊張した面持ちでしばしドアを見つめていた。
すっと、そんな男連中の間をすり抜けて、小柄な体が前を行く。慌てて僕もその後を追う。おっかなびっくりがこれほど似合う追いかけ方もないだろう。追いつき、追い抜く方が男らしいのではないかと思うのだが、どうしても彼女を追い抜く事が出来ず、そのままドアに到着してしまった。彼女の小さな手がドアノブに触れる。さほど力を入れずとも、ドアは微かな軋み音を立てて開いた。
大会議室は、僕の想像よりも大きかった。平均的な学校の教室二つ分は優に超えている。木製のテーブルが楕円状に並べられていて、一つ一つに黒い革張りの椅子が備え付けられている。
「兄さん」
芦原が小さく呟いた。
彼女の視線の先には二人の男性がいた。一人は楕円の頂点、所謂お誕生日席に座り、両手を組んでこちらを笑顔で眺めている五十から六十代くらいの男性だった。後ろに撫で付けた髪は白い物が混じっているが艶があり、ハリのある顔やビシッと伸びた背筋から、精力が漲っている感じがする。オーダーメイドらしい体に合ったダブルスーツは、彼の迫力を更に引き立てていた。テレビで見た事がある。由憲党、松原長政幹事長だ。
その松原の背後に立つ男性は、写真で確認した姿よりも少し年経ていた。僕と同年代か、少し上の世代だろうか。機能性を重視した服装の、落ち着いた雰囲気の男だった。
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