第20話 臆病な僕と警察署
「なるほど、君達があのメールの差出人か」
渋谷警察署内の一室で、恩田はなるほど、なるほどと何度も頷いた。
ハチ公前から脱出した僕たちは、渋谷警察署に逃げ込んだ。自動ドアを慌しくくぐった僕たちの前にいたのは、奇遇にも駅の事件で事情聴取を担当したあの警察官だった。「また君か」と呆れられたので、すみませんと苦笑いを返すしかなかった。最初は突然なだれ込んできた僕達を不審者か何かと思って取り囲み警戒した様子だったが、中から夜明党の恩田が現れた事で、分かりやすいくらいに彼らの態度は一変した。どうぞどうぞと親切に案内され、署内の一室を開けてもらえた。虎の威を借りたわけじゃないが、何だか僕まで偉くなった気分がした。権力は人を変えるって本当だ。
その一室で、恩田にこれまでの事情を説明している。
「君のお兄さんが人を操って、私や、他の候補者を襲わせたというのか。何とも信じられない話だ」
「ですが、事実なんです」
説明と偉そうに言ったが、実際に恩田と話しているのは芦原と千鳥だ。千鳥はともかく、芦原が政治家相手に堂々と話せるとは思わなかった。緊張とかしないのか。巫女さんは、誰に対してもきちんと話を伝える訓練でもするのだろうか。
「ああ。もちろん、事実なのだろう。信じられないが、信じられない光景を目の当たりにしたばかりだ。信じないわけにはいかないだろう。それで、お兄さんを止めるために動いているのだな?」
「はい。今の所兄の居場所の手がかりがないので、恩田さんや他の候補の方を助けていれば、いずれ辿り着くのではないかと。それに、これ以上兄のせいで犠牲者を出したくはないんです」
恩田はじっと芦原を見ていた。彼女の長い髪に隠れた顔と、その奥にある彼女の本心を見極めているのか。静かに「そうか」と呟いた。
「由憲党の推薦候補者以外が狙われていて、もしかしたら、お兄さんは由憲党に雇われているのではないか、君たちはそう推測しているわけだな?」
「そうです」
「安直な考えかもしれないが、由憲党の本部にいる可能性はないだろうか。多くの党員を抱える由憲党の本部ビルは地上十階地下三階の巨大な施設だ。人一人隠す事くらいわけない。設備も充実しているしな」
うちの党とは違って、と苦笑混じりに恩田は言った。
「もしかしたら、というくらいの話だ。由憲党の力があれば高級ホテルのワンフロアを貸しきることだって簡単だ。そっちにお兄さんを隠していたら、ちょっと分からない。もちろん彼らが懇意にしているホテルや旅館をいくつかは知っているが」
「いや、もしかしたら、恩田議員の言う通りかもしれません」
スピーカーから千鳥の声が聞こえた。
「カプセルホテルや民宿、漫画喫茶等、昨今は防犯のために防犯カメラを設置している場所がほとんどです。以前より、潜伏先として考えられる場所の防犯カメラの画像を芦原弥太郎の画像と比較検索していますが、未だにヒットがありません」
「…聞かなかった事にしておいたほうが、良さそうだな。非常事態だ」
恩田が柔軟で合理的な人物で助かった。いや、政治家とは清濁合わせ飲むこういう人種なのかもしれない。違法であろうと、有用であれば積極的に使う。そして、聞かなかったのだから、知らなかったのだから、もしこれが明るみに出ても「知らなかった」で押し通す。そういう清濁併せ吞む豪胆さも持ち合わせているようだ。温和な表情からは想像出来ないが、やはり百戦錬磨の政治家ということか。
「厄介なのは、ほとんどの政党本部の監視カメラは、ネットに保存するタイプではなく、地下かどこかにサーバーを設置し、そこに保存しているようだ。そのサーバーもネットから隔絶されたスタンドアローンで、こちらから介入する事は出来ない。防犯上仕方ない事だろうな。内部構造を知られれば、テロなどで狙われやすくなるし」
行ってみる価値はある。千鳥がそう締めくくった。
「ええと、そんなところに僕達が行って、普通に入れてくれるもの、なんですかね?」
恩田に尋ねた。政府要人が出入りするような場所に、一般人が簡単に入れるものだろうか?
「入れるよ。受付で見学を申し出れば簡単だ。食堂も利用出来る」
防犯意識はしっかりしているのに、どうしてそんなに簡単に入れるのだ。矛盾していないか?
「国民の意見を取りいれて国政に反映するのが政治家だ。その政治家の勤める先が、国民をシャットアウトしていたら話にならんだろう?」
それはそうなんだろうが、何か納得行かない。
「もちろん、関係者以外立ち入り禁止区域はある。お兄さんが匿われているとすれば、禁止区域の可能性は高そうだが」
恩田の話が一区切りした時、外から悲鳴と、何かの破壊音が聞こえた。
「何だ?」
恩田が声を上げ、ドアの近くにいたS同盟の一人が顔を出し、すぐに引っ込めた。彼を押しのけるようにして、一人の警察官が飛び込んできた。何度もお会いした警察官だった。
「失礼します!」
「一体何があったんだね?」
落ち着いた恩田の声に、警察官は呼吸を整えて、恩田に向き直る。
「署内に暴徒が押し寄せ、現在一階で騒ぎが起こっています。警察官十数名も突然錯乱し、暴動に加わっている状況です」
「なんだと?」
全員の顔色が変わった。まさか、ハチ公前の暴動から追いつかれたのか? あれだけ閃光手榴弾をばら撒いて、完全に撒いたと思っていたが。
「現在、残りの署員が暴動を抑え込んでおります。また、近隣の警察署へ応援要請を行っております。騒ぎが落ち着くまで、しばらくこの部屋にて待機をお願いいたします」
「それは無理だ」
千鳥が応えた。警察官は一体誰が話したのかキョロキョロと視線を動かし、やがて江田のスマートフォンに目を向けた。
「君は、一体誰だ。無理というのはどういう意味なんだ」
「申し訳ないが時間がないので、用件だけ伝える。今すぐ、まともな人間を連れて警察署を出て逃げてくれ。先手を打たれた」
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