第17話 憶病な僕と決起集会

「赤羽の被害者が鷺沼孝一、銀座の被害者が長原康代。共に、今回の選挙戦の立候補者だ。これは偶然か?」

 偶然とは思えないと言外に含めて千鳥が言った。僕も、他の皆も同じ思いだ。

「千鳥さん、この二人の映像は入手できますか?」

「もちろんだ。今送る」

 芦原のスマートフォンが震える。

「一件目が赤羽、二件目が銀座だ」

 千鳥が説明する中、赤羽の動画が再生される。

 同じだ。さっきの中野部氏の事件と展開が全く同じ。街頭演説中に聴衆やスタッフに襲いかかられている。映像が切り替わり、場所は変わっても、起こる事は同じだった。

「鷺沼は演説していた場所がロータリー内なのが幸いした。ロータリーの中までは聴衆は入れないよう規制されており、襲われる前に逃げ伸びることに成功している。つい先ほど、警察に保護されたそうだ。ただ、長原は中野部と同じく潰され、意識不明の重態だ。病院からのデータを見たが、おそらく…」

 テーブルが揺れた。誰かの拳が叩きつけられたせいだ。結構な音が響いたはずだが、気にもならなかった。それ以上の衝撃を受けていた。とうとう死者が出てしまった。僕たちは、何か起きる事を知りながらも防ぐ事が出来なかった。

 きっとどうにも出来なかった。何かが起こるのは分かっていても、時期も場所も分からないんじゃどうしようもない。けれど、やはり、胸には重油がつめられたみたいになっている。

「…千鳥さん」

「なんだい?」

「演説内容を文にして、共通する言葉を探そうと思います。そうすれば、きっかけが絞り込めるかもしれません」

 芦原はこの場でただ一人、全てが終わったかのように嘆くでも、ここにはいない弥太郎氏に憤りの感情をぶつけるでもなく、自分の成すべきを成そうとしていた。

「その点については問題ない。今、私の方で音声データから文章を起こしている。もうすぐ結果が出るだろう」

 そして千鳥もまた、僕達に説明しながら自分に出来る事を並行作業していた。まだ事件は終わっていないのだと僕達に訴えている。

「出力が終わった。メモを送る」

 届いたメモには、数種類の単語が記載されていた。

「挨拶や接続詞などは省き、また選挙の候補者しか言わないような単語をリストアップした」

 記載されているのは『当選』『改革』『政権』『国民』『議会』『打倒』等だ。結構多いな。話していた内容を思い出すと、確かに三人とも使っていた記憶がある。特に強調していたのは『当選』とか現『政権』とか…

「あ…」

 もしかして、共通点は言葉だけじゃなくて。

「千鳥さん」

「溝口君か。どうした?」

「もしかして襲われた候補って全員、今の与党が推薦してない人ばっかりですか?」

「…そうだ。そうか。それは確かに共通点の一つだな。となると」

 キーボードの打音が響く。

「うん、溝口君の言う通りかもしれない。今回被害にあったのは、無所属や野党推薦の候補者だ。全員、現政権を批判するような発言をしている」

「選挙活動って、全員同時期に行いますよね。今日演説して、被害に遭わなかった人って、ちなみにいますか?」

「…いるな。由憲党推薦の候補者が二名」

 由憲党、今の与党だ。

「当然彼らは、現政権に対する批判なんか言うわけない、ですよね?」

「おいおい、随分と匂うじゃないか。つまり、こういう事か? 芦原弥太郎の裏には、政権を牛耳る由憲党がいるというのか?」

 事件の枠組みが見えてきた。

 ニュースでは、今回の選挙戦は混戦を極めると予想されている。所属議員の不適切な発言や行動が続出し、由憲党の信用は地に落ちた。これまで多くの議席を確保してきた由憲党も、今回の選挙ばかりは半数を割ると見られている。

「今回被害を受けたのは、特に有力な候補者たちだ。多くの投票数を稼ぐ彼らが政治活動どころか生命活動すら難しい状況に追い込まれ、入るはずだった票が浮く。この票がどう動くかも簡単に推測できる。きっと、無事だった由憲党の推薦候補者たちは言うだろう。暴力は決して許される事ではないし、被害に遭われた方々には、この際十分にご養生に励まれ、一日も早く全快されますようお祈り申しあげます、なんて殊勝な顔して涙も流すかもしれない。けれど、きっと言葉を変えて言うだろう。これが民意だと。多くの人が、有力な候補者を潰した。何故か? 我々を選んだからだ、とね」

 そして票は動く。千鳥が締めくくった。

「させません」

 黙っていた芦原が、ポツリと溢した。

「政権とか、政治とか、正直良く分かりません。けれど、兄の力を、こんなくだらないことに使わせたくありません」

 そうだ。その通りだ。どうして弥太郎氏の力を由憲党の人間が知ったのかとか、どうして協力しているのかとか、残る疑問は多い。が、それも全て、弥太郎氏に会えば分かる事だ。

「改めて、お願いします。どうか、兄を止めるために、力を貸してください」

「任せとけ」

 頭を下げる彼女の肩に、江田の無骨な手が置かれた。他のS同盟の面々も、各々彼女を元気付けるように声をかける。そして、僕は、まだ声をかけられずにいる。僕に一体何が出来るというのか。大口叩いて、何も出来なかったらどうしよう。そんな不安が胸中に渦巻く。だって、基本僕は臆病者なんだから。僕の気も知らず、彼らは決起式のように円陣を組み、手を重ねている。

 けれど、けれどもだ。ああ、また良く分からないが、不安の暗雲立ち込める胸中の、奥の方で何かが熱く滾っている。

「正直、何が出来るかわからないけど」

 芦原たちが僕の方を向いた。

「頑張るよ」

 恐る恐る、右手を重ねる。ウェイ、と軽く重ねた手が沈み込んだ。

「では、これからの事を話し合おうか」

 千鳥の声で、僕たちは切り替える。狙いは分かった。となれば、後は阻止するだけだ。

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