第14話 憶病な僕と徹夜明け解散
「ああ。そうだ、連絡先を交換してくれないか。また何かあったら私の方から連絡を入れたいし、お兄さんの情報を掴んだら伝えよう」
「助かります。ありがとうございます」
「溝口君も、良かったら」
「え、僕?」
突然話しかけれられてびっくりした。
「良いんですか?」
「良いも何も、私が君達と情報共有したいのだから、良いに決まっている。ああ、こんな正体の分からない者と連絡先を交換するのは不安かな?」
からかうような口調だが、周りのS同盟の方々が物凄い目でこちらを見ている。俺らの姐さんに文句あんのかと言わんばかりだ。言葉のチョイスを間違えたらそれこそ集団リンチを喰らう。
「そういう意味ではなく。その、僕、そんなこと言われたの初めてでして」
「連絡先を交換するのがか? 嘘だろう?」
「いえ、本当です。僕のスマホ、登録された連絡先は家族とごく僅かな親しい友人だけです」
「家族は当然知っているとして、その友人とはどうやって?」
「あいつは、勝手に僕のスマホを使い、自分の番号を登録していきました。なので、今のようなシチュエーションは初めてです」
「確か、君は学生だろう。大学で、知人はいないのか?」
「恥ずかしながら、ぼっちでして。僕は、自分から話かけたりするのが苦手で、また、自分の姿があまり人に好かれないのも知ってるから。嫌がられないかなとか、怖がられないかなとか、考えたらどうしても一歩踏み出せなくて。それが一層人を遠ざけている原因になっているのも、分かってるんですけどね」
苦笑し、銀髪を掻く。何度か、この髪を全て抜こうとした。けれど、父に見つかり怒られ、母に泣かれてからは思いとどまっている。この髪は、二人の子である証明だから。後、やっぱりハゲたくはなかった。
「そうか。君は自分の性格や姿にコンプレックスを抱いているのか」
「はは、随分と直球ですね。でも、そうです。生んでくれた両親には、申し訳ないですけど。この髪や目のせいで、子どもの時はいじめられてましたし、今は怖がって誰も僕に近寄りませんから」
出来るだけ軽い感じで言う。どうしようもないことだから、笑って濁せ。自分の感情など。
「でも仕方ないですよね。僕が向こうの立場なら、こんな奴に近付きたくないですもん。こんな見た目で、性格は弱気で根暗で、面白い話が出来るわけでもないし、誇れるような何かを持ってるわけでもない。つまらない人間ですから。友達になっても、何の得もありませんし」
バンと大きな音がして、びくっと両肩が跳ねた。音源は、S同盟の江田さんが机を叩いた為だ。そして、テーブル上にある自分のスマートフォンを僕の方に滑らせた。すると、彼に続いて周りのS同盟の皆さんが、次々と机に自分のスマートフォンを叩きつけていく。そんな荒々しく扱うと、幾ら衝撃吸収用のケースつけても危ないんじゃ。
「教えろよ」
積み上げられたスマートフォンの前で、腕組みした江田さんが僕に向かって言う。心なしか、怒ったような顔をしている。
「え、え?」
「お前の番号だよ。俺のも教えてやる」
「俺とも」「交換しようや」「教えろよ」「俺のも登録しとけ」とS同盟の皆が口々にコールする。
「わ、私も、お願いします」
そっと芦原も自分のスマートフォンをこちらに差し出した。何だこれ、どういう状況だ? 金じゃなくて番号のカツアゲなんて聞いた事ないぞ。
「私たちは、鵜木君を救ってくれた君達に感謝している」
千鳥がS同盟の声を代弁する。
「勇気ある行為に敬意を表している。だが、その対象である君が、自分を卑下するようなことを言うからだ。君を蔑んできたこれまでの連中と、君を蔑む君に対し、怒りを感じているのだ。私も、君の今の発言は気持ちの良いものではないと思っている。二度と口にしない事をお勧めする。我々は、我々が尊敬する溝口要を貶す人間を許さない。それが君本人であってもだ」
「は、はあ。自重します。その、それと、この、番号を教える云々は、どう繋がってくるのか…」
「難しく考える必要はない」
スピーカーの向こうで、千鳥が笑っている。
「この時より、君のスマートフォンに登録される仲間の番号が増える、それだけの話だ」
S同盟の皆さんが「よろしくな」と大きく頷いた。こっそり、芦原も真似して頷いていた。
S同盟全員と電話番号を交換したり、今後のことについて方針などを話しあって、気づけば四時半を越えた。間もなく、始発が動き出す。そろそろ解散時だ。
「私の方でも、網を広げて情報を集めよう。何かわかったら連絡する」
「ありがとうございます。私もすぐに皆さんに知らせますので」
よろしく頼む、そこで千鳥の電話は切れた。
「皆さんも、お付き合い頂いてありがとうございます」
「こっちこそな。俺らもあんたのお兄さんの情報を集めてみるわ。時間だけはあるからな」
江田が言い、他の面々も笑顔で頷く。顔は怖いが、話すと皆気さくな人たちだった。ありがとうございますと頭を下げる芦原に手を振って、順にファミリーレストランを出ていく。後には僕と芦原が残った。
「僕らも帰りましょうか」
「そうですね」
「あ、ホテルまで送ってくよ」
「いえ、そんな。気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ。すぐそこなんで」
彼女が窓の外を指差す。駅周辺の土地再開発で最近完成した、駅直通の巨大商業施設だ。確か、九階から上がホテルだったはず。
「兄を見つけるまで、あそこを拠点にしています」
「え…連泊してるの? あそこに?」
「? はい。とりあえず一週間」
「…高くない? 宿泊費とか」
「値段よりも、利便性を取りました。駅から近いですし、多くの人を観察できますので。それに、そんなに高くなかったですよ? 一泊二万くらいです」
気が遠くなりそうになった。一泊二万もするようなホテルに一週間…。これが格差社会なのか。改めて、彼女に畏敬の念を抱く。とりあえずエレベーター前まで送る。ぴかぴかの箱に飲み込まれていく彼女を見送ってから、何とも言えない敗北感を胸に踵を返す。
朝日が、まぶしかった。
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