第10話 憶病な僕と問われる資質

 お互いに黙りこくって、一分が経過しようとしていた。かちゃかちゃと、皿の上の料理を片付ける音だけが響く。

 訊きたかった事は概ね訊けたと思う。正直、まだ半信半疑な部分もあるが、彼女の言っている事の真偽は問わず、尋常ならざる事態が起こっていたのは事実だ。僕が黙りこくっているのは、その事態の大きさ、深刻さゆえじゃない。

 話す内容が、無くなったのだ。

 自慢じゃないが、僕は話術が得意な方じゃない。むしろ不得意だ。なのに、沈黙に耐えられない。相手が退屈してしまうんじゃないかとか、不機嫌なんじゃないかとか、色々考えてしまう。今はまだ、料理を食べている事に集中している、という体裁をとれるが、食べ終わったらいよいよ切羽詰った事態になる。

 カチャン、と、ナイフとフォークを皿の上に並べて置いた。

「山形、出身なんですよね」

 沈黙と自分の心の内側からの圧力が、僕の口から言葉を絞り出す。

「え、あ、はい」

 同じく食事を終え、口元を紙ナプキンで拭っていた芦原が顔を上げる。

「実は、僕も昔山形に居た事があるんですよ。親の仕事の都合で」

 小学校三年生から卒業までの間、僕は山形の鶴岡市に住んでいた。そこでもやっぱり髪や目、姿かたちのせいでいじめられたが、良い思い出も少ないがある。スキーや登山、川や池での釣りは楽しかったし、今回役に立った古武術の道場にも通う事が出来た。そう言えば山形にいた時、一人だけ僕と仲良くしてくれた子がいた。あの子は元気だろうか。元気だと嬉しいな。

「僕が居たのは、鶴岡市の青柳ってとこなんだけど。芦原さんは?」

「私は田麦俣です」

「田麦俣って、確か結構山の方だよね。湯殿山神社とかスキー場とかある」

 と、知った顔でいうものの、実際には行った事がない。随分過去に聞きかじった、埃まみれの知識を、少しずつ小出しにして相手に埃を払ってもらいながらの確認作業とも呼べる会話が弾むわけもなく、早々に会話は途切れてしまった。ドリンクバーの飲み物を入れに一旦席を離れる。ウーロン茶のボタンを押しながら頭を抱えた。どうしよう。どうしたらいい? 何気に僕、年頃女性と二人きりなんて初体験だ。何か話題を、しかし、お兄さんを止めるとか、そういう重たい使命を抱えた人相手に気軽なナンパ感覚で適当な話を振るなんて、それこそ迷惑じゃないのか。いっそ、解散? 解散した方が良い? 彼女も疲れているだろうし、ホテルに戻ってもらう方が良いのではないかここまでひっぱってきておいてなんだけど。今更ながら迷惑だったんじゃないか。だから黙っているのか。どうしたら、どうしたらいい?

 ウーロン茶を表面張力ぎりぎりまでコップに注ぐまで、あれこれ頭が熱くなるほど考えたが、解決方法はサッパリ思いつかない。やはり解散が一番無難か。でも今、時間は夜中の三時。じゃあさよならと、無責任に女性を一人で放り出すのもどうかと思う。かといって送るとなれば、送る場所はそう、ホテルだ。ホテルに送るなんて、何となくアダルティだと思うのは、僕の精神がまだまだガキだからだろうか。申し出た時に送り狼みたいに見られるのは嫌なんだ。もちろん、考え過ぎな気もする。紳士なら女性を送るくらい普通だ。

 やはり、ここで解散して彼女をホテルに送ることに、脳内会議は全会一致で決まった。後は、彼女にかけるセリフを、いかにいやらしくなく、スマートにするかという問題だ。座席に戻り、そう切りだそうとした時。こんな時間にも拘らず、誰かが入店してきた。音に釣られて、ついそちらの方に視線を向ける。

 赤に黄色、カラフルで特徴的な髪型と服装をした、いかにもヤンチャそうなお兄さん方が多数入店された。僕の苦手なタイプの方々だ。視界に入るだけで何となく萎縮してしまう。うん、早く出た方がいい。解散は正しい選択だった。

 お兄さん方は店員の案内を待たず、店内にずかずかと踏み入る。それも、同じ方向にではなく、バラバラにだ。違う団体さんなのか? まるで誰かを探しているように各々店内に広がって、座るでもなくうろついている。そのうちの一人が、ぼうっとつっ立っていた僕に気づいた。慌てて目を逸らす。ああいう人は、目があっただけで絡んでくるのだ。身を屈めて、素早く座席に座る。台風が行き過ぎるのを待つのと同じだ。

 俯きながらウーロン茶をちょびちょび舐める。さっきのお兄さんが行き過ぎたら、芦原を伴いレジへ直行。伝票は既に手の中にある。素早く支払いを済ませ、外へ出る。シミュレーションは完璧だ。後は、お兄さんが遠ざかるのを待つのみ。

 がた、とテーブルが少し揺れた。ぶつかったのだ。誰かなど、考えるまでもない。やんちゃなお兄さんだ。

「おい」

 太い声が落ちてきて、机に跳ね返る。流石に、これは想定外だったな。恐る恐る、顔を上げる。なぜか、ヤンチャなお兄さんたちは僕たちのいる座席を取り囲んでいた。ふと、師の教えを思い出す。どれほど鍛錬を重ね、シミュレーションを行おうと、それを上回る事態に直面することは往々にしてある。その時こそ、本人の資質が問われるのだ、と。どうやら僕は、これから資質を問われるらしい。

 煌びやかで強面な方々の集団に囲まれ、逃げ場のない状況で、一体どんな資質が必要だと言うのだろうか。土下座の才能とかか? 謝ることなんか、何一つないのだけれど。

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